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知取気亭主人の四方山話
 

『新幹線がやって来た!』

 

2015年3月25日

3月14日、金沢に新幹線がやって来た。心待ちにしていた北陸新幹線が、とうとうこの日、正式運行を開始したのだ。「北陸新幹線開業」は、経済効果が期待される沿線地域で大きな盛り上がりを見せているのは当然のこととして、久し振りの新幹線開業からなのか、開業前から度々全国ニュースでも扱われていた。地元での盛り上がりも、開業日の賑わいぶりも、大々的に報じられている。したがって、鉄道ファンならずとも、ほとんどの日本人が知るところとなっている。

また、東日本大震災以降、日本国内では一般市民参加型のイベントが少なかっただけに、久し振りに訪れた明るい話題だと言って良い。中でも、金沢を始めとする高岡、富山など、北陸或いは裏日本と言われてきた雪深い地域にとっては、画期的な出来事だ。これまで日が当たることが少なかっただけに、新しく新幹線駅のできた地域は、開業したばかりということもあって、新幹線フィーバーに沸いている。このままずっと日が当たり続けてくれればいいのだが、北海道新幹線が開業する1年後にはどうなっていることやら。取り越し苦労かも知れないが、このフィーバー、一過性で終わらなければ、と願っているのだが…。

突然話は飛ぶが、今年を昭和で言うと何年に当たるか分かるだろうか。昭和90年だ。今は平成の世だが、昭和24年生まれの私にとって、生きてきた年数から言えば、圧倒的に昭和の方が長い。しかも、昭和は青春時代を過ごした時代だけに、懐かしい記憶も多く、西暦で表すより和暦、しかも昭和で表した方が時代背景を思い出し易い。また、時代経過も良く分かる。その上、新幹線の歴史を紐解くには昭和がなんとなくマッチしている様な感じがしている。そこで、今回は全て昭和に換算して表記したい。昭和を知らない平成生まれの人や、昭和生まれでも昭和の記憶がほとんど無い60年代生まれには分かり難いかもしれないが、平にご容赦願いたい。

さて、皆さん知っての通り、その昭和の時代に、世界に誇る新幹線の歴史が始まった。私が坊主頭の中学生だった昭和39年、東京オリンピックの開会式(10月10日)直前の10月1日に、最初の新幹線となる東海道新幹線(東京〜大阪)が開業した。翌年、列車で高校に通う様になって、当時まだ新幹線の駅が無かった掛川駅で見たもの凄いスピードと轟音、そしてパンタグラフと架線から発せられる稲妻に、それは驚いたものだった。

何せ、通学には二俣線(掛川〜新所原、今の天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線)と東海道線を乗り継いで通っていたのだが、二俣線にはまだ時折蒸気機関車が貨物列車を引いていた時代だ。電化されていない二俣線で、我々が日頃目にしていたのは、のんびり運行のディーゼル車しか無かったのだから仕方がない。「目にも止まらぬ…」とは、ああいう事を言うのだろう。とにかく、「夢の超特急」とも呼ばれるほど、圧倒的な速さであった。

その後、次々と新たな新幹線が開業していくことになる。東海道新幹線に接続している山陽新幹線が岡山まで開業したのが昭和47年、そして博多まで伸びたのが3年後の昭和50年だ。その更に7年後の昭和57年6月に大宮〜盛岡間の東北新幹線が開業し、同じ年の11月には大宮〜新潟間を走る上越新幹線が開業した。その後開業した山形新幹線や秋田新幹線、また今回北陸新幹線の一部となった長野新幹線、さらに九州新幹線などは、平成に入ってからの開業となっているが、計画はどれもが昭和の時代だ。

石川県が情報発信しているウェブサイト「北陸新幹線 これまでの歩み」に依れば、建設促進同盟会の結成は昭和42年12月とある。東海道新幹線が開業したわずか3年後だ。それから6年後の昭和48年に整備計画の決定と建設の指示があった、とされている。そして、北陸新幹線最初の工事区間となる高崎〜軽井沢間が着工になったのが、昭和64年(平成元年)である(http://www.pref.ishikawa.jp/shink/hokuriku-shinkansen/ayumi.html)。

前述したように、今年は昭和90年に当たる。数えてみれば、「北陸に新幹線を引っ張って来たい」と声を上げてから凡そ48年、整備計画の決定から42年、そして区間最初の着工から約26年もの歳月が流れている。経済的にも技術的にも多くの課題があったとはいえ、構想から凡そ半世紀だ。最初の建設促進同盟会発足に携わった方々が生きておられたら、今回の開業は、万感胸に迫るものがあったに違いない。

ただ、今は開業効果もあって、地元の経済も大分潤っているらしいのだが、果たしていつまで続くのか、甚だ不透明だ。よく言われるストロー現象によって、良い目を見たのは東京ばかり、という事にならなければよいのだが…。今は新幹線フィーバーによって“光の部分”だけがクローズアップされているが、何れ“影の部分” が顕在化してくるのではないか、と心配しているのだ。

北陸新幹線には、南海トラフ地震など、“もしや”の時の東海道新幹線の代替機能も期待されている。確かに、日本全体にとって、その機能は極めて重要だ。しかし、“もしや”の時だけでなく、また輸送の代替機能ばかりでなく、北陸地方が平時の経済活動の代替地として活性化することも、地元の者としては期待したいものである。  


【文責:知取気亭主人】


 開業記念の切手シート

  
 

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