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知取気亭主人の四方山話
 

『衣替え』

 

2015年4月30日

4月中旬までの天候不順から一転、先週の中頃から、日本列島全体で一挙に晴天に恵まれる日が続いている。気温もぐんぐん上昇して週明けには日本各地で夏日を観測し、中には、まだ4月だというのに早くも30度を超すところもでてきた。ここ金沢でも夏日を記録し、余りの気温変化に体もビックリしている。月曜日には、短時間ではあったが堪らず今年初めてクーラーを使った。2週間ほど前にはコートが欲しいほどだったのに、今は半袖で丁度良いくらいだというから驚いてしまう。

これだけ気温の変化が激しいと、体調管理もそうだが、着る物の対応も大変だ。つい1週間前までは朝晩それなりに冷えていたこともあって、我が家には、まだ炬燵が出ていて、夜になると今も時々お世話になっている家人がいる。そんな炬燵の活躍状況からも分かるように、我が家には布団も着る物もまだまだ冬物が溢れている。暑がりの私でさえ、愛用の綿入れはベッドの脇に置いたままだ。タンスの中の肌着も、勿論まだ秋冬用だ。ところが、先にも書いたように、先週の中頃からの好天気で、秋冬用の肌着は勿論、厚手の上着も暑くて堪らない。もうこうなれば、まだ早いなどとは言っておれない、衣替えだ。

我が家の春の衣替え時期と言えば、いつもは5月の連休頃だったと記憶している。夏物の肌着や上着を着始めるのは、近年早まって来てはいるものの、大体その頃だ。ところが、今年はゴールデンウィークの1週間以上も前だというのに、このところの急激な気温上昇に、冬物では汗をかくようになってきた。まだ朝晩には時々寒いと言っている家内ではあるが、堪らず衣替えをお願いした。結果、炬燵と夏物の服が同居というおかしな状況に相成ってしまったのだ。もっとも、いつものことではあるのだが…。

しかし、「衣替え」は、衣服を出し入れしてくれる家内は大変だが、季節の移ろいを肌身で感じられて私は好きだ。野山の彩りの変化に加え、この衣替えが終わると、春の場合は「やっと冬が終わった」、また秋の場合には「これからまたいやな冬がやって来る」と実感できる。特に春は、厚手の衣服や着膨れから解放されることに加え、華やかな衣服の人が増え、気分も晴れやかになっていい。また、「いよいよ蒸し暑い夏の到来だ」との気構えも芽生えてくる。要するに、「衣替え」は季節が変わる際の儀式の様なものである。それを裏付けるかのように、日本のしきたりをまとめた本、その名も「日本人のしきたり」(飯倉晴武著、青春出版社)に依れば、平安時代の宮中や江戸時代には「衣替え」の月日が取り決められていたと書かれていて、一種の儀式となっていたことがうかがえる。多くの小中学校や高校などでは、その風習が残されているのだろう。

静岡で過ごした私の中学・高校時代は、6月1日が「衣替え」の日だった。今はクールビズの定着で、時期を早めて実施している企業もたくさんあるようだが、金沢市内の学校に通う生徒達を見ていると、いまだに6月1日を「衣替え」の時期としているところが多そうである。通勤途中に出会う学生や生徒の制服が一斉に黒からまぶしい白に替わるのは、今も大体6月1日頃なのだ。しかし、温暖化がこのまま進むと、5月1日に衣替えをする学校もきっと出て来るに違いない。そうなってもおかしくないほど、夏の訪れが早まって来た。少なくとも、今年の気温であれば、5月末まで冬服のままでは生徒が可哀そうである。企業並みに柔軟に対応するのも必要だと思うのだが…。

ところで、「日本人のしきたり」に依れば、「衣替え」は、和服が日本人の普段着だったころの風習だったとある。(恐らく新暦になってからの)6月1日になると、裏地を付けた「袷(あわせ)」と呼ばれる着物から、裏地の無い「単衣(ひとえ)」と呼ばれる着物に着替えたのが春の「衣替え」の始まりとある。時代的には平安時代から始まったものらしく、結構歴史のある風習だ。

宮中では「更衣(こうい)」ともいい、4月1日と10月1日の年2回行われ、中でも4月1日の更衣を、綿入りの服から綿を抜いたことから「綿貫(わたぬき)」といったらしい。ここから来たのだろう、まだお会いしたことは無いのだが、「四月一日」と書いて「わたぬき」と読ませる珍しい名字があると聞く。この名字の方は、恐らく先祖が宮中に努めておられたのだろう。珍しい名字でもあるが、由緒ある苗字である。

苗字のことはさて置いて、再び「日本人のしきたり」からの情報を紹介しよう。江戸幕府は、(恐らく幕府に努める役人用に)年2回ではなく年4回の「衣替え」を取り決めたというから面白い。4月1日〜5月4日までの約1ヶ月間と、9月1日〜9月8日までの僅か1週間ほどは、「袷(あわせ)」を着ること、5月5日〜8月末日までの暑い時期は裏地の無い「帷子(かたびら)」を、9月9日〜3月末日までの冬の時期は防寒用の「綿入れ」を着るという、何とも細かな取り決めだ。今の時代で言えば、「袷(あわせ)」の時期は短い春と秋、といった感じだろうか。しかし、いくら温暖化の前だと言っても年によって気温の変化は有ったはずであるから、「衣替え」の時期が決められていたとは、役人も大変だったに違いない。しかも、それだけの衣服を揃えなければいけないのだから、下級役人にとっては懐具合も大変だったことだろう。

それに比べると町人は、恐らく、もっと自由に時期を選んで衣服を替えていたに違いない。もっとも、落語や映画に出て来る長屋暮らしの多くの町人は、“とっかえひっかえ”できるほどの着物を持っていたようには思えない。そう考えると、今の時代だからこそ、「衣替え」が好きだ、などと呑気なことを言っていられるのかも知れない。その上、服の出し入れを手伝わないのだから…。ゴメンね、奥さん!  


【文責:知取気亭主人】


ヤマブキ

  
 

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