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知取気亭主人の四方山話
 

「『忘れることも必要だ』とは言うけれど…」

 

2015年8月12日

誰に教わったのか、またどこから仕入れた情報なのか全く記憶にはないが、元来人間の脳は、辛いことや悲しいことを自然と忘れるように出来ているらしい。そうしないと過去の失敗や恐怖に縛られて前に進めなくなることが多いからだ、と言われている。そういう意味では、時には忘れ去ることも、人間の体にとって必要なことなのだろう。だからなのか、過ぎ行く時間という妙薬が記憶の風化を進め、記憶は徐々に薄らいでいく。また、そうしたことが人間の基本的な仕組みだと理解しているからこそなのか、我々は、薄らいでいく記憶に抗うために、「○○記念日」とかの目印を設け、直ぐに引き出せる“記憶の引き出し”に何とかとどめようと努力している。

その一方で、終戦直後に大人気を博したラジオドラマ「君の名は」の中での有名なナレーション、「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の貧しさよ」でも言われている様に、忘れようとしても忘れられない強烈な体験もある。それが国民全体を巻き込んだ国家の一大事となれば、殆どの国民はその悲しみや喜びを共有している筈であり、決して忘れない様に、「記念日」を制定して体験者に寄り添っていくことが、国として当然の責務である。また、その体験が過酷であればあるほど、どれほど時が経ったとしても、子々孫々にまで伝えていくのが、その後を生きる人々の義務だとも思う。

丁度、この旧のお盆月には、そんな国家をあげての記念日が三日もある。NHKの表現を借りると、言わずと知れた、8月6日の「広島原爆の日」と8月9日の「長崎原爆の日」、そして玉音放送が流れ「終戦の日」とされている8月15日である。これら三つの辛く悲しい出来事は、何れも今から70年も前に起こった事で、記憶の風化が進むには十分な時間が経ってしまった。加えて、当時の悲惨で過酷な体験をした人々は、誰もが70歳以上の高齢者となった。言い換えれば、日本国民の半数以上は実体験の無い人々になっているのだ。だからこそ、この三つの記念日は、せめて年に一度は全国民の記憶の最前線に引っ張り出し、後世に伝える努力をしていかなければならない。そうしなければ、あの惨禍を再び味わうことになりかねないからだ。ところが、9日(日曜日)のテレビ番組を見ていて、唖然としてしまった。風化が予想以上に深刻なのだ。

繰り返しになるが、9日は「長崎原爆の日」である。原子爆弾炸裂の時間(11時02分)に合わせ、テレビでは特集番組が組まれ放映されていた、そのうちのひとつに、街頭で道行く人達にインタビューをしている番組があった。「8月9日は何の日かご存知ですか」との質問をしていたのだが、その回答に驚いた。イヤ、驚いたと言うよりもむしろ悲しくなってしまった。まさか“やらせ”ではないと思うが、とにかくひどい。風化への危機感をあおるために、同じような回答者だけを集めて編集した可能性も否定できないが、「長崎原爆の日」と正確に答えられたのは、ほんの僅かだったのだ。

しかも、若者が「知らない」と言うのならまだしも、私と同年配と思しき高齢者まで、「分かりません」と答えているのだから信じられない。極め付きは、「分かりません。終戦記念日?」と逆質問していた50代〜60代と思しき男性までいたことだ。8月15日との区別さえできないとは…、同じ日本国民としてホトホト情けなくなってしまった。「平和ボケ」と言うには、余りにお粗末だ。今の平和がどうしてもたらされたのか、学んでこなかったのだろうか。9日に合わせて行われている長崎市内の平和祈念行事を、新聞やテレビで見聞きしていないのだろうか。

そんな筈はない。戦後教育を受けた日本人なら、誰しも小中学校や高校の時に学んだ筈である。多分、街頭インタビューに正解を言えなかった人達も、“知らなかった”のではなく、“忘れた”のだと思う。あれだけの惨禍に見舞われた原爆の事を、日本で育った日本人なら学んでいない筈はないからだ。映像には流れなかったが、正解を言われて、「アッ、そうだった」と地団太を踏んでいたのに違いない。そうでなければ、「戦争終結のための犠牲になった」とも言える、7万人を超す犠牲者が浮かばれない。

それにしても、街頭インタビューが今の日本人の平均的な姿だとすれば、先の大戦に関する記憶の風化は、余りに深刻だ。この様子では、真珠湾攻撃により太平洋戦争が始まった12月8日も、多くの国民の記憶から既に消えているのかもしれない。こんな思いを抱くとは嘆かわしいことだが、最近の安保法制に関わる政治家の放言を聞いていると、そう思えてくるからやりきれない。

鉄血宰相と呼ばれたビスマルク(1815年―1898年)は、「愚者は(自分の)経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」との名言を吐いたが、果たして日本人は何に学ぼうとしているのだろうか。何時まで経っても争い事が絶えない、世界に向けても同じ質問を投げかけてみたい。世界の為政者からはどんな答えが返ってくるのだろうか。無理と分かっていても、是非本音を聞いてみたいところである。

これまで述べてきたように、「忘れることも必要だ」とは言うけれど、忘れてはいけない記憶も必ずある。それが教訓として後世に伝えていくべき、意義のあるものであれば尚更だ。8月6日と8月9日、歴史上唯一市民に対して原子爆弾が使用されたこの両日を、我々地球人は決して忘れてはいけない。また、その悲惨な惨劇から目をそらしてはいけない。被爆者や被爆地に寄り添うべき日本国民は、言うまでもない。  


【文責:知取気亭主人】


平和を守るためにも、記憶にとどめることが大事

  
 

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