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知取気亭主人の四方山話
 

『多様性』

 

2016年3月23日

母が亡くなって早70日余りが過ぎ、先月20日には四十九日の法要も滞りなく済ませることができた。ただ、お墓が静岡県の掛川市にあるため、通夜・葬儀は金沢で済ませ、四十九日の法要は掛川のお寺でやるという変則な方法を取らざるを得なかった。その変則のお蔭で明らかになったのが、掛川と金沢の違いである。同じ仏教でも宗派が異なれば、葬儀の時に読むお経や焼香のやり方に違いがあることは承知していたのだが、まさか同じ宗派でも地域によって違いがあるとは思ってもみなかった。

我が家の宗派は曹洞宗だが、一番の違いは、通夜・葬儀の時に用意した白木の位牌の取り扱いだ。掛川のお寺では、初盆まで自宅に置いて、この位牌を拝むのが習わしなのだそうだ。それに対して、金沢では四十九日の時にお寺に納めてしまうらしい。両地域のどんな特殊事情がそうさせたのか、同じ宗派でもこれだけ違う。ヒトが決めたこのような決まり事でも、動植物と同じように、実に多様性に富んでいる。ヒトが決めた事だからこそ地域性が出てくるのかもしれない。

狭い日本の国の、同じ宗教の、同じ宗派でもこうなのだから、国や地域が違えばいろいろな価値観の違い、言い換えれば多様性があっても不思議はない。気候も風土も、その上経験してきた歴史も違うからだ。しかも、それがその国や地域にとって、文化として根付いていれば、尚更だ。ところが、そんな伝統的な文化も画一的に、しかも恣意的に、「世の中の流れと違うからおかしい」と決めつける国際機関があるからビックリだ。その国際機関とは、国際連合(以下、国連)である。

ネット上に、「国連の女子差別撤廃委員会が、『皇位継承権が男系男子の皇族だけにあるのは女性への差別だ』として、日本に対し皇室典範の改正を求める勧告を盛り込んでいた」というニュースが流れていた。「エッ、国連てそんなことまで口出すの!」と、ビックリ仰天だ。私がビックリするくらいだから、日本政府もさぞかし驚いたことだろう。強く抗議して削除を要請した結果、7日に発表された日本に対する最終見解から“皇室典範に関する記述”は消えていた、というから多少は安堵したのだが、でも驚いた。しかし、この意見が日本人の意見としてならいざ知らず、多様な歴史や文化を重んじるはずの国連から出された、というから心配になってしまう。エッ、何が心配だって?勿論、国連の中立性だ。

日本国内でも、「皇位継承権は女子の皇族にも与えるべきだし、歴史上何人もの女性天皇が誕生しているのだから」との意見があることも承知している。もっと言えば、天皇制そのものを批判している意見が国内外にあることも知っているし、こうした問題を議論することは、大いに賛成だ。しかし、そういった議論は、基本的人権がないがしろにされている状況が無い限り、国内問題として扱われるべきだ。

また、日本の天皇制そのものが良いか悪いかは別にして、宮廷文化として万葉集や古今和歌集、あるいは源氏物語など世界に冠たる文学が見事に花開き、加えて、天皇制と結びついた神社文化が日本に古くから根付き、庶民の生活に今も色濃く残っているのも現実だ。そういった伝統文化は、日本だけに限らず、その国や地域の住民・風土が営々と築き上げて来たもので、文化の多様性という意味でも尊重されるべきだろう。

だとすれば、伝統文化について意見を言う場合には、地域住民の生活の中に取り入れて来た歴史や事実を理解した上で議論されるべきで、国際問題として扱われるものとは異質だと思う。各国、あるいは各地域個別の問題だ。そんな問題を国連が取扱い、その上世界に向け発表しようとするのは余りに恣意的ではないか、と思うのだが、私の考え方はおかしいのだろうか。

例えば、映画「ダ・ヴィンチ・コード」で知った方も多いと思うが、ローマカトリック教会で新たな教皇を選出する「コンクラーベ」、あれも男女平等にはなっておらず、男性しか出席できないのだという。ローマカトリック教会では、「コンクラーベ」に出席出来る上位の聖職者は男性に限られているためらしい。それもあって、2013年の「コンクラーベ」の時には、バチカンのシスティーナ礼拝堂の近くでピンクの煙を上げ、教会内での女性の権利向上を求める抗議活動を行った人達もいるという。カトリック教徒自身のこういった活動は、よく理解できるし、納得もできる。否定もしない。

さすれば、先の「国連の女子差別撤廃委員会」は、ローマカトリック教会にも遺憾の意を表したのだろうか。私の調べ方が下手なのか、ネットを幾ら探しても、そんなニュースにはお目に掛かれない。日本の人口の約10倍、12億人とも言われる信者の数故なのか、それともカトリックの信者が多い欧米に異を唱えるのをためらったのか、いずれにしても、この件に関しては“だんまり”を決めているらしい。こんな所が恣意的だと思う所以だ。

また、イスラム教の「一夫多妻」は、どうなのだろう。逆の「一妻多夫」が認められているとは聞いたことがない。この教えは女性差別にならないのだろうか。一夫多妻の夫には妻を養う責任があるから女性を差別している訳ではない、という論理をネットで読んだが、納得できないでいる。妻が働き者で複数の夫を養うだけの甲斐性があれば、「一妻多夫」も認められるのだろうか。世界にはそんな地域もあるらしいが、逆が認められていなければ逆差別として国連は異を唱えるのだろうか。

いずれにしても、伝統文化のこれからについては、その国や地域に任せるべきで、それこそが文化の多様性を守る基本姿勢だと思うのだが…。  


【文責:知取気亭主人】


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