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知取気亭主人の四方山話
 

『思い出として残す』

 

2016年7月27日

先日来、家内が、古い写真やネガフィルム(以下、ネガ)が入った段ボール箱を引っ張り出し、時間を見つけては写真捜しに没頭している。整理しないままになっていた、今から20年以上も前の写真を相手に格闘しているのだ。探し物は、養子に出した次男の子供の頃の写真だ。結婚式に使用したいから、と“子供の頃の俺探し”を頼まれたらしい。

我々夫婦が結婚した昭和の頃はそんな洒落た演出はなかったのだが、最近の結婚式では新郎新婦の子供の頃の写真を映像として流すことが流行っていて、彼の結婚式でもやるのだという。親としては懐かしい思い出がよみがえり、嬉しい限りであはるのだが、一方で、如何に整理整頓ができていないか白日の下に曝されることにもなり、恥ずかしさと共に、子供に対しなんとも表現し難い後ろめたい気持ちにもなる。今日できる事は明日に延ばさない、を身につまされている次第である。

ところが、そんな殊勝な反省とは裏腹に、段ボール箱を捜索している家内の様子をそれとなく見ていると、ネガまでは現像してあるもののプリントされていないフィルムもあれば、プリントまではしてあるものの、写真屋の袋に入ったまま整理されていない写真がなんと多い事か。“我が家の専属カメラマン”を任じている私としては、何日になるかを明言はできないところが心苦しいばかりだが、時間ができるまで今しばらくそっとして置くつもりだった写真でもある。

ただ、そうした私の不作為はさて置いて、段ボール箱に詰まっているのは、今に比べれば格段に白髪も少なく、多すぎるほどフサフサの髪の毛の若々しい私にも会える、楽しい思い出の数々だ。勿論、若い家内にも会えるし、幼い、可愛らしい子供たちも会える。中には、頭も体型も今とは比べものにならないくらい若々しい、会社の仲間の写真も大量にあって、あまりのギャップに驚かされる。どうしたらこんなに変われるのだ、と思わず見入ってしまう程だ。でも、そんな写真を見ると、何十年であろうと一気にタイムスリップすることができるから不思議だ。外見は何の変哲もない段ボール箱ではあるが、私や家内にとっては、思い出がいっぱい詰まった玉手箱でもある。

写真と言えば、今は懐かしいフィルムカメラは、デジタルカメラと違ってプリントされていないと何が写っているか分かり難いだけに、ネガだけの場合には透かしての確認作業が必要となる。この作業が結構手間暇がかかる。1コマ、1コマ確認していくからだ。確認した後は、必要なものだけプリントに出すことになるのだが、出来上がったプリントを手に取って愕然とすることが良くある。全てのコマを確認したはずなのに、思ってもみなかったものが写っていたり、写ってはいるのだが見るも無残な失敗作だったり、挙句の果ては何が写っているのかさっぱりわからない有様の写真もある。

その点、今のデジタルカメラは、撮って直ぐに写り具合を確認できるから、後から愕然とすることは殆どない。その上、フィルムカメラが24枚撮りとか36枚撮りのように撮影できる枚数が極限られていたのに比べ、デジタルカメラは、容量の大きな記録媒体を使えば1,000枚を超える撮影も可能で、残りの撮影可能枚数を気にする必要が殆ど無いところがとても気に入っている。加えて、動画撮影も可能になっているデジタルカメラも多く、思い出を記録するにはもってこいの道具だ。機能が多過ぎて使いこなせてはいないのだが、私も重宝して使っている。これまでこの四方山話に添付してきた写真の殆どは、私の拙作だ。23日の土曜日も、愛用のカメラ片手に孫たちの思い出撮りに行ってきた。行先は、孫たちが通っている保育園の夏祭りだ。

お目当ては、一番上の孫娘の盆踊りである。年長さんで、彼女にとって保育園最後の夏祭り、しかも櫓の上で踊るというのだから、爺・婆が見たくなるのも分かってもらえると思う。しかも、家内お手製の、可愛い絵柄の浴衣を着て踊るというのだから、孫もウキウキだ。

そのウキウキ気分が踊りにも出ていて、元気良く踊っている姿は、やっぱり可愛い。脳裏にも、勿論カメラのSDカードにも、バッチリ焼き付けて来た。これで、いずれ脳裏から引っ張り出せなくなっても、何時でも思い出は蘇ってくる。デジタルデータとして残してさえおけば、パソコンでもテレビでも、何度でも楽しむことができるのだ。次男の“子供の頃の俺探し”ではないが、後々編集することさえできるようになった。便利な時代になったものである。その分、整理されない写真が、以前にも増して溜まってきてはいるのだが…。

便利になる前はどうかと言えば、カメラが発明される前の思い出を残す方法は、写真に代わるものとして、似顔絵、少し芸術風に表現すれば自画像などが、記憶に留める方法のひとつであった。記憶に留めるために描いたという意味で思い浮かぶのは、徳川家康が三方ケ原の戦いで武田信玄に敗れた時描かせたという、今にも泣きだしそうな「しかみ像」と呼ばれる自画像だ。自らを戒めるために描いたと言われていて、「嫌な思い出だが、確実に記憶に残す」という意図がこれほど明確な自画像はないだろう(昨年の8月、「家康が自ら描かせたものではない」という新説が発表されている)。似顔絵が明確に思い出作りに使われた典型例だろう。

いずれにしても、カメラが登場するまで、“思い出を残す”ためには、一部の銅像や胸像を除けば、絵にするか文章にして残すしか方法がなかった。では、絵としては最も古いと思われる、有史以前に描かれたとされる洞窟壁画も、“思い出を残す”という明確な意図があったのだろうか。もしあったとすれば、かなり高度な精神文化を持っていたと考えられ、歴史へのロマンも膨らむ。私は、その意図があった、と思っているのだが…。


【文責:知取気亭主人】


アカバナツユクサ

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