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知取気亭主人の四方山話
 

『警鐘か、それとも皮肉?』

 

2016年10月19日

今年も、世界の耳目を集めるノーベル賞シーズンがやって来た。今年のノーベル賞は、発表と同時に日本中が喜びに沸き、そして最後に世界中が驚かされる結果となった。まず10月3日の初日に発表されたノーベル医学生理学賞では、東京工業大学栄誉教授の大隅良典博士が受賞し、日本中が歓喜に包まれた。初めて聞く「細胞のリサイクル」に関する研究が評価されたもだという。新聞記事の受け売りをすれば、細胞が自らの内部にあるタンパク質を分解して再利用する「オートファジー(自食作用)」を解明したのが受賞理由、とある。難しくて良く分からないが、最近では次々と世界の研究者がこの分野に参入して、難病治療の端緒を見つけようとしているという。凄い発見をしたものである。

これで、日本人のノーベル賞受賞は、青色発光ダイオードの発明で赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏の三人が物理学賞を受賞した2014年、そして医学生理学賞の大村智氏と物理学賞の梶田隆章の二人が受賞した2015年に続き、三年連続の快挙だ。日本人として本当に誇らしく思う、と同時に、幸先よく医学生理学賞で受賞できたから今年も複数の分野での受賞が期待できる、とその後の発表を心待ちにしていたのだが…。

ところが、翌日(4日)に発表された物理学賞と翌々日に発表された化学賞は、日本人の受賞が大いに期待されていたものの、残念ながら受賞は逃してしまった。また、7日にはこれまで日本人では佐藤栄作氏しか受賞していない平和賞が発表されたのだが、これも日本人の名前はなく、内戦終結に尽力したコロンビアのフアン・マヌエル・サントス大統領が受賞した。10日に発表された経済学賞も日本人研究者には縁遠い分野で、果せるかな、今年も受賞はアメリカ人の二人となった。

そして、最後の13日に発表されたのが文学賞だ。近年、毎年有力候補として名前の挙がる村上春樹氏に期待していたのだが、受賞したのは何と歌手のボブ・ディラン氏だった。「文学賞の対象は小説家だけ」と思い込んでいた私のような輩にとっては、「またも村上氏の受賞ならず!」よりも、ずっと衝撃的だった。テレビのテロップで「ノーベル文学賞はボブ・ディラン氏」と流れたときは、一瞬ではあったが、同姓同名の別人かと思ってしまった。これまで文学賞の候補として何度も名前が挙がっていたとは全く知らなかったこともあり、作家以外が受賞するとは思ってもみなかったのだ。

しかし、翌日の新聞に載っていた1960年代〜1970年代に活躍した日本人のフォークシンガーにとって、また私と同じように彼の歌を口ずさんだ団塊の世代にとっては、「ノーベル文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーよ、良くやった」と拍手喝采の心境だ。反戦歌として流行った「風に吹かれて」など、良く口ずさんだものだった。そんなボブ・ディラン氏の功績についてはメディアにお任せするとして、ここでは、彼を選んだアカデミーの意図を斜め読みしてみたい。

ボブ・ディラン氏は、先にも述べたように、毎年の様にノーベル文学賞の受賞予想者に挙がっていたのだという。ただ、14日の北陸中日新聞によれば、何でも賭けにしてしまうことで知られているイギリスのブックメーカーの直近の予想では9番目だったというから、実際の受賞は難しいとみられていたらしい。ところがこの快挙である。アカデミーのサラ・ダニウス事務局長は、発表時の「本当に賞に値するのか」との質問に対し、「もちろんだ」と答えたという(14日、北陸中日新聞)。その断言、胸がすく。

実は、代表作である「風に吹かれて」に見られるように、彼の歌には、反戦や人種差別への抵抗など、社会に対する抗議のメッセージソングが多い。その多くが当時の世相を反映して大ヒットしたわけだが、悲しいことに、それは、半世紀近く経った今なお立派に通用するメッセージでもある。もしかしたら、今の世の中、当時以上に歪を抱えた世界になっているのかもしれない。

現代は、イスラム過激派による非情なテロ行為の他、シリア問題やウクライナ問題、あるいは南シナ海や東シナ海問題など、世界各地で今までにない緊張感が漂い始めている。考えてみれば、この地球上では、第二次大戦が終わっても紛争は絶えたことがないのだ。まずいことに、各地で惹き起こされるテロに呼応するかのように、右傾化の波がヒタヒタと押し寄せ、世界の各地から軍靴の音が不気味に聞こえてくるような気がしてならない。

そんな危機感をスウェーデン・アカデミーも感じ、世界の為政者に警鐘を鳴らす目的で、反戦歌手として絶大な支持を得ているボブ・ディラン氏をノーベル文学賞に選んだのではないだろうか。「風に吹かれて」にはそんな反戦のメッセージがしっかりと語られていて、ノーベル賞受賞となれば、世界中の人たちが彼の作品を読み、そして考えると思ったのに違いない。

それとも、「史上最低の争い」と揶揄されている、アメリカ大統領候補のヒラリー・クリントン前国務長官とトランプ氏の批判合戦に、「あなたの国にはこんな素晴らしい歌を歌う歌手がいるのに、何を下品な言い争いをしているのだ。仮にも、あなた方は大統領候補なのだろう。それとも相手への批判をディラン氏ばりに歌にするかい?」と皮肉を込めたのだろうか。恐らく、前者の意図があっての選定だと思うが、粋な決断であった。

ところで、15日の日経新聞によれば、アカデミーはディラン氏と話ができていないという。友人の話として、「彼はノーベル賞を認めたくないのでは」と語ったとあるが、「戦争で使われたダイナマイトで莫大な富を築いた結果創設されたノーベル賞」が彼の反戦魂に火をつけたのかもしれない。


【文責:知取気亭主人】
 

イヌタデ
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