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知取気亭主人の四方山話
 

『秋は夕暮れ』

 

2016年10月26日

今から凡そ1,000年前に清少納言によって書かれたという「枕草子」、詳しい内容は知らなくても、「春はあけぼの。ようよう白くなりゆく…」と、テスト向けに有名なフレーズを暗唱した御仁も多かったのではないだろうか。現代語に訳せば、「春は、夜がほのぼのと明けようとする頃が、趣があって良い」と言っているわけだが、その後の夏や秋、そして冬については何と言っているのか、皆さんは覚えているだろうか。

偉そうなことを言う私だが、日頃「枕草子」など古典に親しむこととは程遠い生活を送っていることもあって、半世紀近く前の付け焼刃では、出だし以外のフレーズが咄嗟に出る筈もない。恐らく、皆さんも似たり寄ったりだろう。ところが、先日たまたま聴いていたNHKラジオから偶然枕草子の話題が聞こえてきて、錆び付いていた引出しから、懐かしいフレーズが軋みながらも顔を出してくれた。恐らく、このきっかけがなければ、記憶の引き出しは開かずじまいだったと思う。ラジオが呼び水になってくれたのだ。

さて、思い出したところで、テスト勉強よろしくおさらいをしてみよう。残りの夏、秋、冬はこう書かれている。夏は「夏は夜。月のころはさらなり…」、丁度今頃の季節である秋は「秋は夕暮れ。夕日の差して…」と表し、これから訪れる冬については「冬はつとめて(「朝早く」の意)。雪の降りたるは言ふべきにもあらず…」と、いずれの季節も風情豊かに表している。私の様に、“そうそう”と相槌を打った人も多かった事と思う。周りの景色は書かれた当時と随分変わっている筈なのに、どの季節も、「そう言われれば確かにそうだな」と思わせる表現になっている。

特に、夏の“夜”は、皆さん異存のないところだろう。1000年前に比べれば気温はかなり高くなったと思われるが、それでも、夏の一日の中で少しでも気温が下がった夜が一番過ごしやすいのは、今も昔も変わらない。昼間の気温が30度を超えるのが当たり前になってきた現代では、尚更、夜以外に風情を楽しむ余裕などない。これは、日本に住む人なら誰でも納得だろう。加えて、下駄の音を響かせながら浴衣を着ての花火見物や、蛍を愛でる事が出来るのも、暗くなった夜しかない。そんな夜が、一日の中で一番趣があるというのは、1000年以上経った現代でも通じる思いだ。では秋はどうだろう。

「秋の日はつるべ落とし」と言われるように、秋は日が沈むのが速い。金沢辺りでは、夏至の頃だと、下手をすると20時近くになってもまだ無燈で現場作業ができていたのに、今頃の季節になると、17時を過ぎるとあっと言う間に暗くなってしまう。たった3〜4ヶ月でこうも違う。仕事を終わっても多少明るければこれから遊びにでも行こうかとも思わせるのだが、明るい事務所の中から外に出た途端にその暗さに気付き、まだこんな時間なのにとビックリしてしまう。だから余計に速く感じてしまうのだろう。

清少納言は「その夕暮れが、趣があってよい」というのだが、会社にいる間に暗くなってしまうことの多い現代のサラリーマンにとって、短い夕暮れの時間帯に風情を感じ取るのはなかなか難しい。特に、都会の喧騒の中に身を置いていると、よほど感性が豊かでないと趣を感じ取るのは至難の業だ。就業中故に外の景色に注意を向ける事がほとんど無いことに加え、便利さと拙速な西洋化を追い求めた結果、風情のあった日本の原風景がどんどん失われていったからだ。比較的自然が残る北陸の金沢辺りでも、街中や団地の中では大都市とそう変わらない。心に余裕がないこともあってか、夕暮れに趣を感じる事はめっきり少なくなってきている。

精々休みの時に、孫相手に外で遊んでいて、美味しそうな夕飯の匂いが漂ってきた時だとか、薄暗くなった空をふと見上げるとねぐらに帰る鳥が目に入ってきた時だとか、車を運転していて薄暗くなった山裾の民家にポツリポツリと明かりが灯っていく時だとかに、何となく懐かしさを感じるぐらいだ。それもたまにしかない。

薄暗くなった空
薄暗くなった空_2

清少納言は、「…カラスが寝床へ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいる様子さえしみじみと心打たれる」と書いているが、我が家から垣間見る朝夕のカラスは数十羽の集団で移動していて、その姿や鳴き声には、嫌悪感は覚えても、とても“しみじみ心打たれる”風情はない。童謡の「七つの子」(1921年発表)に可愛らしく歌いこまれたように、ほんの100年ほど前には、清少納言の時代と同じようにカラスも愛らしい鳥として見られていたのに、である。

いずれにしても、春や夏、そして冬に比べると、清少納言の言う「秋は夕暮れ…」を実感する機会は本当に少ない。一番の原因は、恐らく、その時間帯にも働いているからなのだろう。ただ、改めて上の写真などを見ると、何となく“もののあわれ”は感じるのだが…。


【文責:知取気亭主人】
 

嫌われ者のカラスですが…
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