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知取気亭主人の四方山話
 

『その呼び名、本当?』

 

2017年1月11日

世の中には、時代とともに呼び名が変わるものがある。例えば、大学の先生たちの呼び名がそうだ。私が大学生だった頃の先生方の階層は、確か、助手から始まって講師、助教授、教授と上り詰めていく呼称になっていた。それが今では、2007年の「学校教育法」の変革に伴って、講師と教授の呼び名は変わらずそのままだが、助手は助手と助教の二階層に別れ、助教授は准教授と呼ばれるようになっている。世の中にはこのように時代とともに変化する呼称がある。もっと身近なところにもある。私が子供のころにはなかったのに、最近になって新たに名付けられ、頻繁に登場している気象や防災に関する言葉もそうだ。中でも、「猛暑日」がその筆頭だろう。

昔は30度以上を記録する日を一括して「真夏日」と言っていたのが、近年になって35度以上を度々記録するようになり、今では35度以上を「猛暑日」と分けて呼ぶようになっている。ところが、その猛暑日と同じように、以前に比べて状況が変わって来たことで、一括していたものを細分化する新たな呼称がニュースになって、世間を騒がしている。もっとも、騒いでいるのは、高齢者ばかりだと思われるのだが…。

そのニュースとは、高齢者の呼称に関するものだ。現在は65歳以上を「高齢者」とし、それをさらに細分して74歳までを「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と定義しているのだが、高齢者問題の研究者らでつくる「日本老齢学会」は、10年前に比べて身体能力や知的能力が5〜10歳は若返っていると判断して、高齢者の定義変更を提言したのだ。その内容は、6日の新聞記事によれば、私もその範疇に入る65〜75歳を准教授ならぬ「準高齢者」に、今の後期高齢者を90歳で分けて、75〜90歳を「高齢者」に、そしてこれまで特に定義していなかった90歳以上を「超高齢者」と定義する、というものだ。

今使われている「後期高齢者」は、発表した当初も今も、決して評判が良くない。今回の提言は、それ以上に突拍子もない呼称に感じられ、何やら無機質なものを扱っているようで、私は好きではない。私だけなのかもしれないが、「準…」や「超…」は、物に対する言い回しの様に感じるのだ。と言うのも、この新聞記事を読んだときすぐに頭に浮かんだのが、ユニクロ商品の一つである「極暖」と「超極暖」だからだ。

ただ、昔に比べて若返っているのは、その通りだと思う。この四方山話でも、「今の日本人は8掛け人生だ」ということを書いた。例えば、今70歳の人は昔(何年前かは定かでないが)の(70×0.8=)56歳程度に相当するほど若い、というものだ。その年齢差は14歳だから、日本老齢学会の言う、「5〜10歳は若返っている」というのも大筋納得できる。しかし、だからと言って、「準」やら「超」を付けてわざわざ分ける必要性を全く感じないのだ。その思いは、高齢者と呼ばれるようになってからどれ位生きるか、を考えるとより一層強くなる。

「10年前と比べて若返った」とは言うものの、平均寿命は5歳も10歳も伸びていないのだ。厚生労働省の発表によれば、2005年の平均寿命は男性が78.56歳で女性が85.52歳、そして10年後の2015年になるとそれぞれ80.79歳と87. 05歳となって、どちらも僅か2歳前後しか伸びていない。だとすると、後期高齢者の仲間入りをしてからの余命は、10年ほど前とさして変わらないことになる。余命が大きく伸びていないのに呼称だけを変える、というのは如何なものだろう。

穿った見方をすると、この提言、将来の社会保障制度と雇用の見直しを意識してのものではないだろうか。例えば、高齢者(この場合は65歳以上)を何人の生産年齢者(15歳〜64歳)で支えているかを考えると、見直しがどうしても必要なことは理解できる。今から半世紀前の1965年だと、高齢者1人に対して9.1人の生産年齢者が支えていて、「胴上げ型」と呼ばれる状態になっていたという。ところが、2012年になると2.4人が支える「騎馬戦型」になり、更に少子高齢化がこのまま進むと、2050年にはたった1.0人が支える「肩車型」社会になってしまう、という末恐ろしい予測がある。

そうした状況を防ぐには、支える側の生産年齢人口を増やすしかない。つまり、少子化を防ぎ人口増へ反転させるか、生産年齢の幅を広げるかだ。その中で、確実に実行できるのは、生産年齢の幅を広げることだ。つまり、64歳までのところを70歳まで、あるいは75歳まで広げることだ。それは納得もできるし、そんな方法しか取れないのだろうとも思う。私も賛成だ。理由は、生涯現役が高齢者にとっても健康寿命を維持する上で有効だ、と思っているからだ。

しかし、しかしである。そうしたことと、呼称を変えることとは違う。また、最近増えている高齢者による悲惨な自動車事故のニュースを聞くと、「5〜10歳は若返っている」とは言え、それはまだ高齢者全体に言えることではないのだと思う。やはり、若い時と同じように体は動かないし、反応も鈍くなる。そんなことを考えると、呼称を変えるというのは、何だか小手先の対応でしかないと思ってしまう。

ただ、70歳以上を高齢者というのは、何となく分からないでもないのだが…。

【文責:知取気亭主人】

  
薄くても富士山は富士山
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