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知取気亭主人の四方山話
 

『神代の昔も今と同じ…』

 

2017年7月12日

停滞していた梅雨前線の影響で、先週から福岡県と大分県を中心とする九州北部が記録的な豪雨に見舞われ、大きな被害が出ている。12日(水曜日)朝のNHKテレビによれば、両県で死者25人、行方不明は発災から1週間が過ぎた今でも20人を超えている.という。建物や道路・鉄道といった被害も甚大だ。まだ被害の詳細は詳らかになっていないが、まずもって、被災された皆さんに衷心よりお見舞いを申し上げたい。

ところで、被災地のニュース映像には、これまでの大雨災害ではあまり見られない大量の流木が映し出されている。どうやら、これが被害を拡大したようだ。流木の原因は、無数に発生した斜面崩壊だ。被災地に分布している花崗岩の風化した真砂土が悪さをした、とみられている。2014年8月に発生した広島の土砂災害も、この真砂土が土石流化して被害を拡大させたものだ。こうした雨に弱い地質の分布や河床勾配が急で流れが速い河川は、土砂災害の大きな要因の一つになっている。

日本列島は、梅雨の季節から秋の台風シーズンにかけて降る大雨に、毎年の様に悩まされてきた。河川の氾濫や土砂災害などは、日本の歴史そのものだ。脆弱な地質に急峻な地形、そこに毎年の様に大雨が降るのだから堪ったものではない。加えて、地震による災害もある。正に、「災害列島日本」である。こうした災害は、まだ日本人が文字を持たない遥か昔から繰り返されてきた。現代のように科学技術が発達していなかった神代の時代の人たちにとって、猛威を振るう自然災害は、さぞかし恐ろしいものだったに違いない。原因も分からないまま、恐らくは、「神様が機嫌を悪くしている」と考えたのではないだろうか。なす術の無い自然の猛威に対して抱く感情としては、ごく自然なことだ。

ひと月ほど前、そんな時代の人たちに思いを馳せる大変興味深い話を、聴くことができた。(一般社団法人)砂防フロンティア整備推進機構にお邪魔した時に、亀江幸二理事長から伺った話だ。「実は、あの八つの頭と尾を持つヤマタノオロチ伝説は大雨による災害への畏怖だったのではないか」という自説を、熱っぽく語ってくれたのだ。また、貴重な資料も頂いた。資料に挿入されている目から鱗の写真や図が目を引く。

亀江理事長の説は、「古事記や日本書紀に登場するヤマタノオロチ伝説は、実は斐伊川の洪水・土砂災害だった」というものだ。話を伺えば、すんなりと腑に落ちる。大変興味深い話で、「いつかこの四方山話で書きます」と約束をしたものの、内容に合う梅雨の季節到来が遅れ、やっと今回紹介できる段取りとなった。以下に、亀江理事長が挙げている根拠を、頂いた資料を基に紹介する。どうぞ、このロマン溢れる説を満喫していただきたい。

説明を始める前に、皆さんご存知だとは思うが、念のためヤマタノオロチ伝説のおさらいをしておく。

・  スサノオノミコト(素戔嗚尊)は、天を追放されて、出雲の国に降り立ち、斐伊川沿いに遡って歩いていたところ、老夫婦に、ヤマタノオロチ(八岐大蛇)を退治し八人目の最後の娘「奇稲田姫」を守ってほしい、と懇願された
・  ヤマタノオロチは、頭と尾はそれぞれ八つずつあり、松や柏が背中に生えていて、八つの丘、八つの谷に延びる大きさで、毎年決まった時期に現れる
・  スサノオノミコトは、老夫婦に強い酒を八つ作らせて、八か所に分けて置かせた。ヤマタノオロチが現れると、それぞれ八つの頭で八つの酒を飲み、酔って眠ったところを切り刻んで退治した。

それでは、以上の伝説概要を念頭に置いて頂いて、話を進めよう。
◎ヤマタノオロチを斐伊川とする理由

@スサノウノミコトが助けた姫の名“奇稲田姫”は「希にみる良い稲ができる田」の意味があり、姫が食べられるとは、手塩にかけて育てた稲が被害を受けるという意味ではないか。揖斐川の下流には、水田が広がっている。

A「今年も大蛇が来る時期になった」とは、季節のできごと(梅雨期、台風期)であることを示している。季節のできごとで水田に被害を及ぼすとすれば、大蛇(ヤマタノオロチ)は洪水や土砂災害である、と考えるのが順当である。

B奇稲田姫家族は斐伊川沿いに住んでおり、ここを襲うヤマタノオロチは、「8つの谷、8つの峰にまたがるほど巨大」であることから、斐伊川そのものである可能性が高い。斐伊川が大雨によって暴れるのを、まるで大蛇だと見立てたのではないだろうか。  

図-1(島根半島上空から斐伊川を中心に内陸を俯瞰した図)

図-1(島根半島上空から斐伊川を中心に内陸を俯瞰した図)
(この画像は、仮想土木空間GONDWANA(http://gondwana-land.jp/)で利
用できる地図画像を一部加工したもの。作成にあたり国土地理院長の承認を
得て同院発行の基盤地図情報をもとに作成した。)

C斐伊川の「うろこ状砂れん」(URLには網状砂州)は大蛇の鱗に似ている?

国土交通省出雲河川事務所ホームページに掲載されている斐伊川の網状砂州は、写真-1に示したようにヘビの鱗に似ていて、当時の人々が大蛇の鱗と見立てても不思議はない。斐伊川扇状地を見渡せる、島根半島の鼻高山(図-1参照)などから見れば、まるで大蛇が身をくねらせているように見えたに違いない。

写真-1(出典:国土交通省出雲河川事務所ホームページ )

写真-1(出典:国土交通省出雲河川事務所ホームページ )
http://www.cgr.mlit.go.jp/izumokasen/jimusho/jigyo/hikawa-tokucho/index.html


◎ヤマタノオロチを斐伊川の土砂災害とする理由

@「頭が八つ」は、扇状地の首振り現象(土砂流出によって起きる現象)により川の流向が出水中に変化し、頭が八つあるように思えたのではないか?

・  富山県の立山カルデラ砂防博物館で「扇状地を作る実験」が見られる。砂で作った斜面に水を流し続けると、水によって削られた土砂が下流に流れて勾配が緩い所に堆積し始める。やがて、水の流れは何度も自然に向きを変え、首を振りながら扇状に土砂が堆積する結果、扇状地が形成される。
・  ここでのポイントの一つは、上流から流れが土砂を含んでいなければ、首振り現象は起きないこと。逆に土砂を含まない流れであれば、首を振らず、同じ川筋でどんどん深掘れしていく。
・  もう一つのポイントは、大雨が降っている最中に、首を振る(流向を変える)こと。大雨が止んだ後に被害を受けた場所を聞けば、扇状地のいたるところで洪水が押し寄せたことが分かり、頭が八つある怪物ということになると想像できる。

A斐伊川流域は花崗岩地帯であり、風化した真砂土が分布していて、今回の九州北部の豪雨災害と同じように、出水時に流出していた。それを助長していたのが、砂鉄の採取ではなかったか?

・  この地方には鉄文化があったことが知られており、斐伊川で砂鉄を取るために、土砂を崩していた可能性が考えられる。
・  砂鉄を集めて、タタラ製鉄により鉄を製造していたと考えられ、タタラ製鉄に用いられた木炭を作るために樹木を伐採していたことは、容易に想像できる。このため山が荒れて土砂が流出しやすくなっていた、と考えられる

如何だろう。「成程!」と膝を叩いて頂けたと思う。今となっては真偽の確かめようもないが、可能性はかなり高いと思う。しかし、こうしたロマン溢れる古代史に、砂防という側面からアプローチするとは、その柔軟な発想に脱帽である。高校の時に苦手だった日本史も、自然災害と絡めて教えてもらえれば、もう少し興味が持てたかもしれないのだが…。

最後に、貴重な資料を提供して頂いた亀江幸二理事長に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

【文責:知取気亭主人】

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