いさぼうネット
賛助会員一覧
こんにちはゲストさん

登録情報変更(パスワード再発行)

  • rss配信いさぼうネット更新情報はこちら
知取気亭主人の四方山話
 

『病は異なもの縁なもの』

 

2017年7月26日

日本には、「縁は異なもの」という洒落た諺がある。若い人にはあまり馴染みがないかもしれないが、私が若かった頃はよく使われていた諺だ。手元にある三省堂の「三省堂 故事ことわざ・慣用句辞典」では、「男女の縁は不思議なもので、常識では判断できない微妙な結びつきがあるものだ」と説明されている。一般的には、これに「味なもの」を続けて、「縁は異なもの味なもの」として使っていた。そして、それが諺とばかり思っていた。ところが、同辞典によると、この「味なもの」が続く言い方は“いろはがるた”の一つだったらしい。分からないものである。

今回のタイトルは、その“いろはがるた”をもじり、「病は異なもの縁なもの」としたのだが、内容は残念ながら諺が意味する男女の仲ほど色っぽい話ではない。病がきっかけで始まった、とある医師との縁(えにし)の回想録だ。そうすることによって、大変お世話になったその医師を偲んでみたい。故人を偲ぶには不謹慎なタイトルかもしれないが、ユーモアセンスの有る先生だったからきっと許してくれるだろう。

我が家の掛かり付け医として40年近く通っていた先生が、今月の18日亡くなった。享年89歳だった。我が家の主治医と勝手に決め、何かある度に先生のもとに走った。時には総合病院への紹介状を書いてもらったこともあるし、この四方山話にも時々登場して頂いたT先生だ。本名を土谷保先生という。1979年(昭和54年)に結婚して先生の医院近くに引っ越して以来、38年の長きに亘りお世話になった。私たち夫婦と四人の子供に加え、短い期間だったが母も診療してもらったことがある。更に、直近の6年間は長男の嫁や孫3人も加わって、まさに大家族である我が家の主治医としてお世話頂いた。

長男が生後11ヶ月だった頃、ポットをひっくり返し足にやけどを負ったことがある。先生に電話をすると、応急手当を教わり、「皮膚科へすぐ行きなさい」との指示をもらった。皮膚科で治療はしてもらったのだが、その日の夜から水分を取らなくなり、翌日には大学病院に入院することになってしまった。入院は1ヶ月余に及んだが、初期の適切な指示で野口英世のように指がくっ付かずに済んだのは先生のお蔭だ、と今でも感謝している。

また、4人の乳幼児を抱え家内の体調が思わしくなかった時には、ムリな時間帯にも拘らず、往診にも来て頂いた。家内が今でも元気でいられるのは先生のお蔭。ただただ感謝である。自分でお腹を押さえたら何か硬いものが当たる、とビックリして受診した家内に、痩せ過ぎで背骨が当たっているのだと安心させてくれたのも、土谷先生だった。そんな笑い話のような思い出もある。

笑い話と言えば、次女の盲腸をズバリ見立ててくれたのは、本当に驚きだった。小学校5年生だった次女は、ある日、お腹が痛いと仮病を使いズル休みを決め込んでいた。家内は仮病とは知らず、「お腹が痛い」と言われて、当然のように土谷先生のところに連れて行った。診察をしてもらうまでは、きっと「しめしめ上手くいった」と思っていたのだろう。ところが、触診をした先生の診断は、「盲腸だろう。明日には血液検査の結果が出ているからまた来てください」との思いもよらないものだった。翌日、先生から「○○病院に直ぐに向かうように」と聞いた次女は、今更仮病とも言えず本当に怖かった、とその話題が出る度に当時を振り返っている。

○○病院で手術を受けたのだが、執刀医の先生から「丁度切り頃でした」と言われたのには、手術が終わるのを待っていた家内も驚いたらしい。後から聞かされた次女は、もっと驚いていたに違いない。今でも我が家では、あの時の土谷先生は凄かった、と感心しきりである。

子供達が成長し、家内や子供達の通院が減ったのと交代する様に、私が足繁く通うようになった。かれこれ20年ほど前から、高血圧症の診療を受ける為に、2週間に1度定期的に通うようになったのだ。土曜日の午前中が私の指定通院日だった。通い始めて間もなく、この通院日が、先生と私の雑談に花を咲かせる“憩いの時間”になった。診察は数分、診察以外の話が20〜30分という日もざらだったから、恐らく、先生も“憩いの時間”と決めていたに違いない。若かりし頃の経験談から超常現象まで話題が豊富、そして趣味も陶芸から中国語会話までと幅広く、いつも話に引き込まれてばかりだった。

山崎豊子原作の「白い巨塔」のモデルが実は先生が務めていた頃の金沢大学医学部だったとか、夏山の臨時診療所に具合が悪くなって駆け込んでくるのは盲腸や歯痛の患者が多かったとか、猫の話とか、その多くが私にとって目から鱗の話だった。そうして伺った話の中から、第548話の「猫は“猫まんま”を食べるか?」や第633話「山登りと病」、第694話の「便秘改善の秘策?」などを書かせていただいた。伺った話は数限りなくある。今思うと、私のつたない筆力故、伺った話の多くを記述できなかったことが、返す返すも残念だ。

先生が60年近く続けて来られた医院は、亡くなる3日前の7月15日に閉院となった。その3週間前に診察して頂いた時が最後の“憩いの時間”となった。1週間前に通院した時には診察室に顔を見せる元気もなかったようだが、直前までかくしゃくとしておられただけに、とても90歳に手が届く年齢とは思えなかった。最後まで診療することに強い思いがあったとスタッフの方に伺ったが、我々患者ももう少し先生に診てもらいたかった。そして、もう少し先生との不思議な縁を愉しみたかったのだが…。(合掌)

【文責:知取気亭主人】

地域の人は随分お世話になった

Copyright(C) 2002- ISABOU.NET All rights reserved.