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知取気亭主人の四方山話
 

『鈴虫さま』

 

2017年9月13日

台風15号が小笠原諸島付近で停滞していた先々週以来、ここ金沢では、朝晩めっきり秋めいてきた。夕方ともなると、我が家の周りでは秋の虫が気持ちよさそうに鳴いている。いろいろな虫が共演しているようにも聞こえるのだが、良く耳を澄まして聴くと、どうやら我が家一帯はコオロギ一族の縄張りらしく、耳に届くのは殆どコオロギの声ばかりだ。たまに、本当にたまに鈴虫の声も聞こえるのだが、多勢に無勢なのだろう、随分控えめだ。我々の知らない草むらの中では、きれいな音色の陰で、日夜陣地争奪戦が行われているのかもしれない。哀れ鈴虫、とならなければ良いのだが。

その鈴虫が、ある日突然我が家にやって来た。忘れもしない7月26日のことだ。その日は久し振りに家内と出かける約束をしていた日で、デートなど滅多に無いことだからよく覚えている。会社から帰り急いで家に入ろうとする私を、お向かいで菊を育てているSさんが呼び止めた。「知り合いから鈴虫を貰ったのだが、菊の世話が忙しくてとても鈴虫まで手が回らない。ついては、貰ってもらえないか?」と言うのだ。手に持っている小ぶりの水槽をのぞくと、飼育に必要なものは全て揃っているように見える。鈴虫など一度も育てたことはなかったのだが、いたって簡単そうに見えたことと、飼育することへの興味もあって、二つ返事で引き受けることにした。ところが、その日から予想もしなかった鈴虫中心の生活が始まってしまった。

翌日の夕方、餌を替えようと蓋を開けると、いるわいるわ、羽も生えていない小さな鈴虫がうじゃうじゃいる。小さな水槽にこんなに沢山いれて大丈夫なのだろうか、と不安になる位だ。数えてはいないが、恐らく20〜30匹はいるだろう。隠れ家用の炭も入っていて、私の見立て通り、後は餌を替えるだけだ。ところが、我が家では誰一人飼育したことがない。何を餌として与えていいのか良く知らない。「飼育方法をネットで調べなければ」と思っていた矢先に、Sさんがプリントアウトして持ってきてくれたという。ありがたい。

飼い始めて約3週間後  

もらったその飼育指南書に従い、時々霧吹きで湿らせ、キュウリ、ナスをメインに、共食いをしないようにとペットボトルのキャップに鰹節も入れて世話をした。時々、スイカの皮や食べ残したリンゴの芯の部分なども与えてみたのだが、どれも喰いつきは良い。雑食だと教えてもらってはいたが、どの餌にも群がっている姿を見ると、その食欲は大したものである。そんな観察も楽しみながら、餌は毎日、私が会社から帰ると何はともあれ真っ先に替えた。風呂は勿論、自分の食事の前に、である。その献身ぶりから、我が家では、いつしか「鈴虫さま」と呼ぶようになった。家人の誰より早く夕食にありつけるのだから、着替えもそこそこに世話をしている私の様は、まさに下僕だ。「さま」を付けて呼んでも様になる、という訳である。その上、我々と一緒に旅行までしたのだから、さすが「鈴虫さま」である。しかも2回も!

最初は、お盆の帰省に合わせた掛川への2泊3日の小旅行だ。次は、その数日後に行った、松本への1泊2日の強行旅だ。どちらも、家に置いていくと世話をする者がいない、ということで連れて行くことにした。自身で言うのも変だが、まるでペット並みの扱いだ。当然行く先でも話題になる。その結果、松本では、婿殿の母上に野菜の表面に砂糖を塗り込むと食いつきが良いことを教えてもらった。その日以来、ナスとキュウリの場合には、毎回砂糖を塗り込んだ。餌を替えてから暫く眺めていると、確かに砂糖を塗り込んだ餌には喰いつきが早い。人間の子供と一緒で大の甘党らしい。

ところが、そんな涙ぐましい我が家族の献身を無視するかのように、8月の末ごろには既にコオロギが鳴き始めたというのに、我が家の「鈴虫さま」は9月に入っても一向に鳴く気配がない。羽も生え、もうすっかり成虫らしく見える個体が数匹はいるのに、うんともすんとも言わないのだ。数が多すぎるのかな、と少し不安になってきていた。しかし、野生の本能はやっぱり失われてはいなかった。

9月9日の鈴虫さま  

9月4日の夜、「鈴虫さまが鳴いたよ」と娘からメールが入った。初鳴きを聴けなかったことは多少残念だったが、ついに待ちに待った時が来た。あの涼しげで、小さくて可愛らしい鈴を鳴らしたような、リーン、リーンの澄んだ鳴き声が聴けるのだ。そんな期待をして、7日の未明に帰宅した。帰宅した時は鳴いていなかったのだが、その日の夕方、私にとっての初鳴きを披露してくれた。ところが、どうもリズミカルに鳴いてくれない。リーン、リーンの最後がどうしても濁るのだ。鶯の初鳴きの頃と同じように、鳴き始めたばかりでまだ上手く鳴けないのかもしれない。

でも、餌替えの状況に慣れてしまったのか、蓋を開け、顔を近づけて観察していても、気にする様子もなく鳴いてくれる個体がいる。本当に慣れたのか、それとも図々しいだけなのかは知らないが、お蔭で鳴いている様子を写真に収めることもできた。今のところ、鳴いているのは4、5匹だと思うが、全部が鳴いたらどんなことになるのだろう。鈴虫の声を子守歌代わりに、などと風流なことは言っておれないかもしれない。都会では味わえない贅沢な話ではあるのだが…。

いずれにしても、「鈴虫さま」のお蔭で、思わぬ楽しみを味わっている。ただ、これからどうしたら来年も楽しめるのか、次のステップにチャレンジをするためには、新たな指南書を手に入れる必要がありそうだ。そうして、来年の今頃は次の世代の「鈴虫さま」を迎えていたいものである。とは言うものの、このまま下僕を続けられるかな…。

【文責:知取気亭主人】

目の前で鳴いてくれる、サービス精神旺盛な鈴虫さま
(9月11日夜)

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