いさぼうネット
賛助会員一覧
こんにちはゲストさん

登録情報変更(パスワード再発行)

  • rss配信いさぼうネット更新情報はこちら
知取気亭主人の四方山話
 

『性善説と性悪説』

 

2018年1月17日

2020年の東京オリンピックまでもう3年を切ったというこの時期に、オリンピック代表入りを目指すトップ選手の思わぬ醜聞が発覚し、スポーツ界に波紋を広げている。新聞やテレビを賑わしている、例のカヌー競技の前代未聞の事件だ。報じられているのは、昨年9月に石川県小松市であったカヌー・スプリントの日本選手権で、シングルカヤックに出場した男子選手が、ライバル選手の飲み物に禁止薬物を入れ、陥れようとした事件だ。2人とも、昨年8月に開催されたスプリント世界選手権の日本代表選手で、東京オリンピックでも日本代表入りを争う選手だったという。

オリンピック出場を狙うトップアスリートが犯した破廉恥な行為、しかも日本人選手が犯したことに、多くのスポーツ愛好者が耳を疑った。スポーツ振興を旗印に、2015年に設置されたばかりのスポーツ庁にも激震が走ったに違いない。しかも、昨年11から世間を騒がしている大相撲の不祥事が未だに格好の話題提供になっていて、「スポーツマンシップに則り…」の掛け声も空虚に聞こえていただけに、スポーツ界全体に与えた衝撃も大きかったことだろう。もっとも、スポーツマンシップを教える筈の中学や高校のクラブ活動での暴力沙汰が絶えない現状からすれば、予想の範囲内ということなのかもしれない。

ただ、今回の場合は禁止薬物を飲み物に入れた当の本人が、自らの行為を認めたから良かったものの、もしそうでなかったら、出場停止処分は勿論のこと、被害者はいわれなきドーピング違反の汚名を一生背負っていかなければならないところだった。被害者にとっては、それまで懸命に積み重ねてきた苦労や名誉が、一瞬にしてふいになってしまう恐れさえあったのだ。今回のニュースを聴いて思い出したのが、今から20年ほど前にあった、陸上短距離のトップ級選手によるドーピング疑惑だ。

1998年タイ・バンコクで開かれたアジア大会100m準決勝で、伊東浩司氏が10秒00の当時の日本新記録を出した数年前、米国合宿中に行われた世界陸連の抜き打ちドーピング検査で陽性反応が出て、4年間の出場停止処分(後に罰則規則変更により2年間に短縮)を受けたトップアスリートがいた。アトランタオリンピック(1996年)短距離選手の有力な代表候補であった伊藤喜剛氏だ。

伊東浩司氏が10秒00の記録を出した時にテレビを見ていて、「出場停止処分を受けていた筈なのに凄い記録を出したな」とビックリしたことを覚えている。その後何年か経って、とんだ“伊東違い”だったことが分かったのだが、伊藤喜剛氏はずっと無罪を訴えている、と処分された当時から報じられていた。その後どうなったか知らなかったのだが、ネットでの情報によれば、睾丸の細胞を手術で摘出するなどあらゆる手を尽くして無罪を訴えたものの、結局受け入れられなかったとある。

陥れられたのか、はたまたそうではないのか、真実は知る由もないが、確か伊藤氏の場合も飲み物への薬物混入が取り沙汰されていたように記憶している。結局、ドーピングの汚名だけが消えずに残った訳だが、当時のスポーツ関係者が伊藤氏の必死な訴えに真摯に耳を傾けていれば、今回の様な事件は起こらなかったのではないか、と思っている。トップアスリートは、競技以外の場所でも常に競争に曝されていて、隙を見せれば忽ち蹴落とされるリスクの中にいる。そうした環境の中に身を置いていることを、本人もコーチやスタッフも認識しておく必要があると思う。

今回のこの事件を受け、ハンマー投げの室伏浩二氏も同じようなことを言っていた。日本人特有の「のど元過ぎれば…」ではないが、どうも我々日本人はリスクマネジメントが苦手だ。リスクそのものの洗い出しに無頓着すぎると言うか、危険性を察知する能力に欠けているのではないか、とさえ思えてしまう。凡そ2000年の歴史の中で、陸地で外国と接していた時代が明治から昭和20年までのほんの僅かしかなかったことによって、侵略される緊張感が醸成されずにここに至ってしまったのが、リスクマネジメントが苦手な大きな理由なのかもしれない。

そうした地政学的な理由もあってか、どうも日本人には「性善説(中国、戦国時代の思想家孟子の性説)」を良しとする風潮があるのではないか、とさえ思えてしまう。ところが、日本人も実際にはそんな聖人君子ばかりではない。昨今の凄惨な事件や陰湿ないじめの報道を聞く度に、日本人にも性悪な人がたくさんいるな、と改めて気づかされるのだ。

恐らく、室伏浩二氏が言う様に、目の届かないところに置いた飲料物にはいつ何時禁止薬物を混入されるか分からないと考え、危機意識を持って自己管理することが肝要だ。こうした考えは、トップアスリートばかりでなく、スポーツ界全体が共有する必要がある。「性善説」を良しとする人にとっては嘆かわしいことではあるが、荀子(中国、戦国時代の思想家)の性説である「性悪説」を基本に据えるのだ。そうした雰囲気がスポーツ界全体に行き渡れば、ライバルを陥れようとする誘惑も生じなくなるのではなかろうか。

人間はとかく誘惑に弱い動物だ。管理・監視の強化は好きではないが、誘惑に駆られても諦めざるを得ない様な状況を作っておくことが、我が身を守る最大のリスク管理だろう。自分の身は自分で守る、何時の時代もこれが鉄則なのかもしれない。

【文責:知取気亭主人】

大雪もリスクと言えばリスクかな?
大雪もリスクと言えばリスクかな?

Copyright(C) 2002- ISABOU.NET All rights reserved.