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知取気亭主人の四方山話
 

『月とスッポン』

 

2018年4月25日

つい先日、とうとう70の大台に王手を掛ける年齢になってしまった。アルバイトをし始めた学生の頃には、そんなに生きるとは思いも寄らなかった年齢だ。遥か昔、中国は唐時代の詩人・社甫が詩「曲江」の中で「人生七十古來稀」と吟じた年齢、古希になった訳である(正確に言えば今年の1月から)。古希と言われると何だかすごく歳を取った感じがするのだが、50歳ほどが寿命だった時代であればいざ知らず、男性でも80歳を超える平均寿命の現代では、それほど爺ちゃんになった実感はない。平均寿命から言えば、今は“90歳を古希”と言っても良いぐらいなのだ。

まあ、そんな寿命談義は置いておくとして、物心ついてからもう65年、親元を離れ勝手なことをし始めてからでも、もう50年も経つ。気が付けば、金沢に来て早いもので半世紀が過ぎたことになる。しかし、半世紀もの間いっぱしのつもりで生きて来たのに、自分は一体何をしていたのだろう。これと言って他人に自慢できることが浮かんでこない。失敗は嫌というほど思い出せるのに。ただ、多少胸を張れるものがあるとすれば、精々この四方山話を14年余り続けていることぐらいである。それも「内容が素晴らしい」と言うことではなく、「ただ続けている」だけと言うのが私らしい。

「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」と言われるが、私の人生を振り返ってみても、名を残すなど程遠い。まあ、言い訳をさせてもらうならば、大概の人たちは私と似たり寄ったりだと思う。日本人の多くは、「大過なく」がモットーではないかと思っている。ところが、古希と呼ばれる歳になり、私もそろそろそんな人生を振り返る頃になって来たなと感じていた今年の1月、ひょんなことから私と同時代を生きた人生の先輩にお会いして、私の甘い言い訳人生は見事に粉砕された。後日贈られた本で、青春時代の過ごし方が、私とは月とスッポンであることを思い知らされたのだ。勿論、スッポンは私である。

名前を中陣隆夫さんと言う。東京で「丸源書店」という出版社の店主をやっている。ある方の本の出版打ち合わせで初めてお会いしたのだが、後日その中陣さんから、初回打ち合わせで話題となった本(大久保雅弘著『或る地質屋の記』)と一緒に、自らの青春時代を描いた『地球の体温をはかる サイラス・ベント号の太平洋航海記』というタイトルの本を頂いた。東京大学名誉教授の上田誠也氏は、その本に「本書は中陣隆夫さんの青春賦である」との推薦の辞を寄せているが、私の読後感想もそのとおりであった。

「地球の体温をはかる」と壮大なタイトルが付けられているが、それもそのはず、実際に海洋観測船に乗り込み、都合50日間に及ぶ太平洋の海底地殻熱流量測定調査航海を経験されているのだ。中陣さんが調査航海に参加されたのは、東海大学海洋学部の4年生の時だ。バイトに明け暮れ学業は全くそっちのけであった自分とは、なんと違うことか。本書は、そうした調査のために乗船したサイラス・ベント号やハント号などの航海記を中心に、大学受験や浪人生活、その後の学生生活を赤裸々に語った、青春時代の日記である。

著者の浪人・予備校時代は、昭和38年(1963年)から昭和40年(1965年)である。それは、私の中学から高校時代と重なる。また、大学生時代は昭和41年(1966年)〜昭和44年(1969年)だと言い、私は昭和43年に入学している。中陣さんは富山県泊町から神奈川・静岡へと移動し、私は逆に静岡県森町から石川に来た違いはあるが、ほぼ同じ時代を生きてきたのだ。また、当時の学生の多くがそうだったように、本に書かれている貧乏学生ぶりも良く似ている。所々に出てくる世の中の大きな出来事は、「三八豪雪」以外は走馬灯のようによみがえる。同じ青春時代を生きていただけに、社会情勢は手に取るようにわかるのだ。

本書が出版されたのは、2007年である。実に、大学を卒業してから38年も経ってから出版された本なのだ。執筆されたのはその前だとしても、恐らく30年以上前のことを書いている。「30年以上の前のことを書けるか」と問われれば、「私は無理だ」としか答えられない。理由は簡単だ。日記を書くという習慣を持ち合わせていないため、昔のことを書こうとすれば記憶に頼るしかないからだ。それでなくても記憶力が怪しくなってきているのに…。

本書を読むと、中陣さんが30年以上も前のことを、それも数値まで正確に執筆できた理由を垣間見ることができる。本書のメインテーマであるハント号とベント号の太平洋航海日誌が、きれいに残されているのだ。それは、本書に掲載された写真で確認することができる。航海日誌を書くこと自体は、個人のものだとしても何となく理解できるのだが、それを保存していることがすばらしい。きっと、学んだことや経験したこと、言い換えれば獲得した知識への思い入れが強いのだろう。それは、圧倒的な参考文献にも表れている。

本書は五部に分けて書かれているのだが、各部の最後には参考文献の一覧表が書かれている。その量が半端ではないのだ。如何に勉学に励んでいたか、良く分かる。私も本は多少読んできたつもりだが、足元にも及ばない。本書にはそうした豊富な読書量に裏打ちされた知識が随所に散りばめられていて、読む者を楽しませてくれる。また、著者のバイタリティーも良く伝わってくる。今でも衰えを知らないそのバイタリティーは、月とスッポンの違いの源泉なのかも知れない。

若い時を振り返ってみたいと思われた貴方、青春時代の熱き血潮を懐かしんでいる貴方、この本を片手に学生時代に戻ってみませんか?

【文責:知取気亭主人】

地球の体温を測る 「地球の体温をはかる
 サイラス・ベント号の太平洋航海記」


【著者】中陣隆夫
【出版社】 地方・小出版流通センター
【発行年月】 2007年4月
【ISBN】 978-4902251746
【頁】 226ページ
【定価】 1800円 + 税

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