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知取気亭主人の四方山話
 

『慮る、斟酌、忖度』

 

2018年6月6日

我が家の本棚に、第457話「空気は読めない方が良い」で紹介した、『空気の研究』(文春文庫)という珍しいタイトルの本がある。 今から30年以上前の1983年に第1刷が出版された、比較的古い本である。著者の山本七平(1921年 - 1991年)は、イザヤ・ベン ダサンのペンネームで、我々の年代では良く知られた「日本人とユダヤ人」を著したとされる人物でもある。30年以上も前に出版されたこの本が、 今再びメディアで取り上げられる様になってきた。森友学園問題や加計学園問題、更には日本大学アメリカンフットボール(以下、日大アメフト) 部問題など一連の騒動で、引き合いに出されているのだ。

「そんなに古い本が何故今更?」と思われるかもしれない。しかし、手に取って読んでみると、「成る程!」と膝を打つに違いない。 山本が言うところの「空気」とは、暫く前に流行った「KY」、つまり「空気が読めない」の「空気」である。そんな「空気」を扱った本が再び 表舞台に登場してきた理由は、今回の一連の騒動が“空気が読めない”こととは真逆ではあるものの、読み過ぎてしまった結果 大騒動に発展した典型的な事例、と思われているからである。

因みに、前述した第457話では、3.11東日本大震災でもろくも崩れ去った原発の安全神話に関して、民間の調査委員会がその 調査報告書「福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書」(一般財団法人 日本再建イニシアティブ、ディスカヴァー・トゥ エンティワン)の中で、安全神話に縛られて「『安全をより高める』といった言葉を使ってはならない雰囲気が醸成されていました」 と述べられていたことを書いた。この“雰囲気”こそが、まさに山本が言うところの「空気」である。

日下公人は本書の解説の中で、「空気は驚くべき力を発揮して、あらゆる論理や主張を超え、人々を拘束する」と述べている。 「忖度(そんたく)」というあまり馴染みのない言葉を一躍表舞台に引きずり出した今回の一連の騒動は、繰り返しになるがまさに その典型だ。立場の強い人たちは口を揃えて、「直接ルール違反をする様に指示してはいない」と述べているが、指示される 立場からすると、その人たちが醸し出す空気は無言の圧力となっていると感じるのだろう。

その結果、日下が言う様に、空気は“驚くべき力”を発揮することになる。組織の中にそうした空気が充満すると、「長い物には巻かれろ」 ではないが、無言の圧力に屈し、空気に漂う期待に無理をしてでも応え様としてしまうのだろう。ごく普通の組織の中でも良く見聞きする話である。

日本の社会で重宝がられることの多いこの「空気」は、今回の一連の騒動に見られる様に平常心を奪い、時にルール違反さえ容易に 犯させてしまうほどの魔力がある。ただ、そんな「空気」といえども、いつも悪い意味で使われている訳ではない。特に接客の時などは、 組織を挙げて醸成する様に努めることが求められ、それこそKYな人は敬遠される。

そうした背景があってか、日本の接客には「おもてなしの心」がある、と東京オリンピックの 招致活動以来何かにつけ喧伝されている。また、それを表す言葉が多いのも事実である。 例えば今では悪い意味で登場することの方が多い「忖度」も、実は「おもてなしの心」を表す言葉のひとつであり、本来は良い意味で 使われることの方が多かった様に思う。日本語には、「阿吽の呼吸」に代表される様にハッキリと言葉に出さない方が良いとする考え方もあって、 「忖度」と似た様な使われ方をする言葉が多い。例えば、「慮る(おもんばかる)」や「斟酌(しんしゃく)」もそうだ。

因みに、広辞苑で「忖度」を含めたこの3つの言葉の意味を調べてみると、次の様に説明されている。

  慮る:よくよく考える。考えはかる。思いめぐらす。
   斟酌:その時の事情や相手の心情などを十分に考慮して、程よくとりはからうこと。
   忖度:他人の心中をおしはかること。推察。

見てもわかるとおり、どれも似た様な説明がされていて、しかも明らかに悪意が感じられる説明はない。 良く言えば、まさに「おもてなしの心」=「心配り」の言葉である。もっと言えば、山本が言うところの「空気」を醸成させるのに好都合な表現とも言える。 そして、その「空気」を醸成させるのは、権力者が“暗に要求する「心配り」”なのではないだろうか。一連の騒動で次々と明るみに出る膿に、そうした思いを強くしている。

最後に本書の裏表紙に書かれている文章の一部を紹介するが、皆さんはどう感じられるだろうか。

『昭和期以前の人びとには「その場の空気に左右される」ことを「恥」と考える一面があった。しかし、現代の日本では空気≠ヘある種の絶対権威≠フ様に驚くべき力をふるっている。』

【文責:知取気亭主人】

空気の研究 『空気の研究』

【著者】山本 七平
【出版社】 文藝春秋
【発行年月】 1983/10
【ISBN 10】 4167306034
【ISBN 13】 978-4167306038
【頁】 文庫: 237ページ
【定価】 490 円

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