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 速報!2011全国調査-ブラケットの溶接長

最終更新日:2011/03/29

 昨年から今年にかけて、アンカー付杭のブラケットの溶接長について会計検査で問題となりました。
 現在各都道府県に特別調書の提出が依頼されており、いろいろな情報が錯綜しています。その情報を整理してみました。

 まず会計検査での指摘事項は以下の通りです。

■擁壁の設計が適切でなかったもの 不当と認める国庫補助金 約140,000,000

■事業主体 K県 平成17,18年河川災害復旧工事

■工事の概要

 この補助事業は、K県が、○○地内において、台風により被災した一般国道○○○号の車道部等及び一級河川○○川の護岸を復旧するため、土工、山留工等を実施した工事
 このうち山留工は、21本のアンカー付の鋼管杭(外径508.0mm、杭長20.5m〜26.0m)を建て込 んだ山留壁(延長計80.0m)で、アンカー頭部には鋼製台座、 腹起し材、ブラケット等が設置されている。

 このうち腹起し材は、鋼製台座プラス2段に設置されたH形鋼で構成され、H形鋼を支えるため三角形に組み立てた等辺山形鋼 のブラケットを上下2段に鋼管杭に溶接して固定している

 同県は、本件擁壁の設計を「グラウンドアンカー設計・施工基準,同解説」(社団法人地盤工学会編等(以下「基準等」という)に基づいて行ってい た

 そして、ブラケットのうち、下段ブラケットについては基準等に基づき設計計算を行い、下段ブラケットと鋼管杭との溶接部には、腹起し材を介してアンカーの張力により最小77kN〜最大106kNのせん断力が作用するとしていた。そして、このせん断カに対して安全となる必要溶接長を、溶接部の許容せん断応力度72N/mm2に基づき135mm〜185mmと算定して、下段ブラケットと鋼管杭との接合部分(長さ350mm)の全長を溶接すれば、溶接長が必要溶接長を上回ることから、応力計算上安全であるとして、これにより施工していた。

 しかし、下段ブラケットと鋼管杭との溶接部には、アンカーの張力による鉛直力と腹起し材の自重により、せん断力と曲げモーメントが同時に作用することとなる。そして、基準等によると、このような場合には、せん断力と曲げモーメントを合成した応力度に対して安全となるよう設計する必要があるとされているのに、同県では、せん断力のみが作用することとして設計していた。

 そこで、本件下段ブラケットについて、基準等に基づき改めて設計計算を行ったところ、鋼管杭との溶接部(長さ350mm)に作用する応力度は195N/mm2〜266N/mm2となり、前記の許容応力度72N/mm2を大幅に上回っていて、応力計算上安全ときれる範囲に収まっていなかった。

 したがって、本件擁壁(工事費相当額約217,000,000円、うち国庫補助対象額 約208,000,000円)は、設計が適切でなかったため、所要の安全度が確保されていない状態になっており、これに係る国庫補助金相当額約140,000,000円が不当と認められる。

 このような事態が生じていたのは、同県において、委託した設計業務の成果品に誤りがあったのに、これに対する検査が十分でなかったことなどによると認められる。

 これに伴い、平成23210日国土交通省から、「国土交通省道路局の会計検査における特別調書の提出について」が通達されました。その概要は、以下の通りです。 

1.調査内容 平成20〜22年度アンカー付鋼管杭(H型鋼製杭も含む) 施工実績調(補助)

2.提出期限 平成232 22 ()

 今回発注者から各技術者のところに問い合わせがあるのは、以上の経緯からです。
 理解され、着実に対応していただければと思います。


  上記指摘ではブラケットはせん断力と曲げモーメントを合成した応力度で計算するのが正解としています。一方土木の世界ではどのように取り扱われてきたのでしょうか。

 昔は『せん断力のみ』を受ける構造として設計されていました(ただし、参考書籍はない)。一方最近では安全側に曲げとせん断を同時に受けることを想定して『曲げ +せん断の合成応力』で設計されることが多くなってきたようです。この考え方は、以下の参考書(A〜D)に書かれています。

A.「グラウンドアンカー工法の調査・設計から施工まで」 (社)地盤工学会(H9年3月)p.186
B.「グラウンドアンカー工法設計施工指針」 グラウンドアンカー技術協会(1996年6月)p.152
C.「建築地盤アンカー設計施工指針・同解説」 (社)日本建築学会(2001年1月)p.108
D.「山留め設計施工指針」 (社)日本建築学会(2002年2月)p.193

 今回の会計検査員の結論は、上記参考書籍(A〜D)がすべて『曲げ+せん断の合成応力』で設計していることや、逆に『せん断のみ』で検討している参考書が無かったせいかもしれません。
 

 では、『曲げ+せん断の合成応力』と『せん断のみ』では、設計結果にどのくらいの開きが出てくるのでしょうか。

 今回いさぼうネットでは、『曲げ+せん断の合成応力で計算する』と『せん断のみで計算する』ではどのくらい差が出るのか、簡単な模擬計算を行いました。結果は以下の通りです。

 ○計算条件

鋼管杭ピッチ1.5m、鋼管杭2本に対して1本のアンカーを設置

アンカー位置の必要水平力 250kN/本、アンカー角度を20、30、40、45°で計算

溶接はすみ肉溶接9mm(のど厚6mm)、現場溶接として80%応力度

 ○計算結果(必要溶接長の計算)

アンカー角度 Td
kN/本
腹起こし 必要溶接長
合成応力で計算 せん断力のみ
で計算する
1枚で計算 2枚で計算 1枚で計算 2枚で計算
20° 266.1 2-H250 383.6mm 271.4mm 80.0mm 40.5mm
30° 288.7 2-H300 523.4mm 369.1mm 126.6mm 63.9mm
40° 326.4 2-H300 634.2mm 445.1mm 183.4mm 92.3mm
45° 353.6 2-H350 741.3mm 520.4mm 218.8mm 110.3mm

 この検討結果を見ると、次のことが言えます。

『せん断力のみで計算する』と『せん断力と曲げモーメントを合成した応力度で計算する』のでは3.3〜6.7倍の計算結果の開きが出る。
アンカー角度に着目すると、20°と45°では合成応力で計算の場合約1.9倍、せん断力のみで計算する場合約2.7倍の開きがある。
安全側に1枚で計算する場合と2枚で計算する場合では、合成応力で計算の場合約1.4倍、せん断力のみで計算する場合約2倍の開きがある。

 この結果の差(バラつき)は予想以上に大きいものでした。もしこの結果が無作為に世間に氾濫していたのであればかなりの事故やトラブルがおきそうです。 あるいはかなり過大な施工がなされていそうです。そのようなトラブルが起きていないのは技術者の現場での判断と適用がうまくいっていたと も言えるのでしょう。


 さて、この問題で多くの設計・施工に関わる技術者が右往左往されたのではないでしょうか。
いさぼうネットに対しても多くの問い合わせ、意見などが寄せられました。それらをご紹介します。

皆様の意見



A

もう少し柔軟に考えてもよいのではないでしょうか。基本的にブラケット溶接部には、アンカー垂直分力による曲げ応力は発生しません。基準書では、要するに「アンカー垂直分力の載荷位置が腹起こし中心だから(載荷点がブラケット溶接位置より谷側に偏心する)、回転中心がどこなのかということもあるが、転倒モーメントがブラケット溶接面に発生する」ということなのでしょうが、この考え方にはアンカー水平分力による抵抗モーメントが考慮されていません。例えば、アンカーは打設角30°の場合は水平分力のほうが圧倒的に大きい上、回転中心がどこでもモーメントの腕長も抵抗モーメントのほうが大きくなります。
従って、溶接面に曲げモーメントが働くと考えることはかなり過大となります。


B
2008年3月に愛媛県で、橋脚の耐震補強のために水中で仮締切の工事をしていた作業員が、腹起こしの落下で死亡し、その時もブラケットの溶接については話題となっています。それ以来せん断力と曲げモーメントを合成した応力度で計算している現場が増えたと思います。


C
土木研究所の意見はどうなのでしょうか?ブラケットの溶接に対して土木に基準がなかったのはそれだけ事故例がないからで、現場の考えで安全は保たれてきている領域 という解釈ではないでしょうか。土木研究所のコメントが見たいです。


D
基本的にせん断力と曲げモーメントを合成した応力度で計算していますが、せん断のみの場合と比べ、ブラケットが巨大となり過ぎ る違和感があります。掘削側のフランジに自重+アンカー分力がかかるのが過大であると思います。例えばH形鋼のセンターに作用させたら差ほど違和感のないレベルの構造物となります。また日本アンカー協会では、「安全を見て2枚ではなく1枚のブラケットで計算する」との記載がありますが、 これにより構造物が倍違うのにあいまいです。ここまで会計検査の指摘を受けるならば、日本アンカー協会が中心となって基準を作っていただ けないでしょうか。


E
アンカーの試験では設計荷重の1.1〜1.4倍の荷重をかけていますよね。それで溶接は短期的にも壊れなかったのであれば、補強する必要はないのでは。その後コンクリートで巻きたてたなら、長期荷重ももはやかからないはずですよ。



F

いきなり”不当”判定が出て驚いています。これまでは同様の問題があった時、土木研究所や国総研などの意見を聞き、各県での実施状況や事故例などを調べ、1年間くらいかけて判断していたと思います。なぜこんなに早い決着となったのでしょうか。



G

都市土木の世界では、昔からせん断力と曲げモーメントを合成した応力度で計算しています。それが当たり前と思っていました。いまさら何を・・・という 概念でいます。



H

グランドアンカーについてはいろいろ議論が出ていますが、仮設土留め腹起こし等のブラケットでは、溶接長まで検討せずに、施工を行っているのでは・・・
本来は、計算結果まで提出すべきでしょうが、仮設なのでという発想で省略されているのか、ブラケットを設置する位置まで考えに入れていないのか、発注者は最近特にバカになっていると思いますが水平展開はされないのでしょうか?いつも業者任せではこの先業務が出来ていかないのでは?



I

 貴重な情報ありがとうございます。
@そもそも、アンカーから腹起こしを通じてブラケットに伝達される力は、アンカーの鉛直分力は摩擦力=水平分力×摩擦係数μを差し引いたものです。主動土圧と同じようなものです。μの値は、摩擦接合では使われるブラストされた鋼材面で0.4としています。実際にはさびなどでざらついた鋼材面ではもっとあります(たぶん1近くくらい)。つまり、つるつるでもαが22度、通常は45度ぐらいまでは、自重以外は下向きの力は作用しないと思われます。
A台座と2本のH鋼のシステムにアンカー力が入った場合に、各部材間の摩擦力により形状が壊れなければ、Aさんのおっしゃられるように、曲げはかからないと思います。しかし、台座のキーが効き下のH鋼にほとんどの負担がかかったとすれば、下のH鋼からブラケットに荷重が流れてくるとの考え方は妥当かと思います。
この場合でも、H鋼のブラケットの剛度や形状がどう保持されるかにより違いますが、荷重の作用中心点をH鋼の中心と考えることは妥当かとおもいます。
B従って、「簡単な理論」的に考えるのであれば、曲げとセン断を考えるが妥当と思われます。ただし摩擦力(無難な値はμ=0.4〜0.5)を差し引いてよいとすべきでしょう。
Cしかし、そもそも地中部においては、鉛直方向には変位することが出来ないで軸方向に縮もうとするアンカーであるのに(鉛直方向には拘束された棒部材であり、タコ糸で引っ張っているわけではないのに)、例えブラケットが壊れたとしても落下するのでしょうか。つまり、ブラケットは、緊張力をかける前にH鋼などの重量のみ支えればよい構造物ではないのでしょうか。
Dこれらの関係から、せん断力のみで設計したブラケットの取り付けが緊張によって「壊れた例が無い」のだと思います。
 土木は、対象にする荷重や材料・地盤といったものの物性がばらつきが多いこともあり経験工学が占める割合が大きい分野です。よく用いられる計算式は当らずしも遠からずで安全側のレベルであり、簡単にするために、これらを非常にシンプルにモデル化します(活荷重や土圧など)。この際、このモデル化の精度を忘れて、いたずらに考えられる組み合わせの最大値を採用すると、このような結果になります。せん断力だけでの照査で十分だったんでしょうが、規準類で曲げも考慮しているとなるとBのような考えで着地点を探ることが妥当なのではないでしょうか。



J

そもそも、アンカーブラケットの溶接部に曲げモーメントは働かないので、そのような損傷事例がないのだと思います。ブラケットが落ちる場合は、むしろ現場溶接の確実性の問題であって、施工者の立場からすると溶接長を少しでも長くしたい側面があったからではないでしょうか。



K

施工を担当しているものです。これを読むと設計の考え方によって何倍も溶接長が変わるようですが、よく施工をしていれば感覚的に持つか持たないかわかります。また緊張をかける場合も壊れる前にわかるので補強をし、緊張を続けます。特に現場で深刻な問題を感じたことはありません。
それよりは鋼管杭なのに等辺山形鋼のブラケットを設計に計上してある場合、現場は大変です。現場で所定の強度を出すのが大変です。この会計検査のケースもそれが問題なのではないですか?



L

現在、土留めアンカーおよび腹起しの一連の設計については、多くの技術者が日本アンカー協会の手引書(巻末の計算例)を参考にされていると思いますが、溶接長の検討については、その記載が無いためにA〜Dの書籍を参考に『曲げ+せん断の合成応力』で検討せざるを得ないと思います。
しかし、A〜Dの書籍では、仮にアンカー1本に下部ブラケット2枚の例だと、アンカー荷重はそのまま2枚が受持つとして検討していますが、アンカー協会の手引書では、溶接長の記載は無いにしても下部ブラケット本体の設計は”安全を考慮してアンカー1本分(p.232参照)”とあるため、溶接長の検討においても下部ブラケット1枚で受持つ考えとなり、かなりの溶接長が必要になってしまいます。
そのため、技術者の中で【曲げを考慮するなら2枚でいいのではないのか。】という方や、【1枚で受持つなら『せん断のみ』でいいのではないか。】と、いろいろな意見がでているのだと思います。
ところで、本件の山留工は国道および護岸復旧とあるので、永久構造物としての設計でしょうか?通常、永久であれば頭部をコンクリートで覆ったりしますが、もしそうであれば曲げなどの荷重は掛からないと思います。また、下部腹起しにアンカー荷重の100%が掛かると設計しているのであれば、頭部コンクリートで一体化されていれば、上下腹起しで荷重を負担するので、下部ブラケットに作用する荷重はずい分小さくなり、そもそも溶接長の検討は要らないような気がします。



M

上記に書かれている「K県 平成17,18年河川災害復旧工事」の検査結果は、今年のものではなく、H.21のものです。意見Fさんが書かれているような、いきなり”不当”判定、ではなく、今年の検査でH.21年に不当とした同様事例が見られたため、会計検査院としては、検査結果の水平展開が全くされていない、ということを危惧し、国交省を通じて特別調書を要求したということです。
でも結果としてこのような議論が盛り上がったということは、よいことと思います。いさぼうネットさん、その他の検査結果に対してもいろいろな立場で意見交換できるように盛り上げてください。

 いろいろな意見を聞いていると、技術者は

『せん断力のみで計算する』 と 『せん断力と曲げモーメントを合成した応力度で計算する』

の2つの考え方があることを理解した上で、現場現場で使い分けていたように思えます。そのため事故などは起きなかった。つまりそれなりに安定度は取れているケースがほとんど という実績に思えます。とすれば、運用する基準書が土木でない中で、トラブルの出ていない現場への手直し命令は大きな混乱とコストを要することになり、 それが最も適当とはなかなか思えない見方もあります。

 技術者のみなさん、是非この問題に対して大いに議論して、土木の基準づくりの方向に向かいませんか?いさぼうでもいろいろな意見を募集しています。ご意見は匿名で本ページに記載していきます。

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 あなたのご意見をお待ちしています!

 

 


 
 
 

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