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 シリーズコラム 歴史的大規模土砂災害地点を歩く 
 コラム16: 1714年の信州小谷地震による姫川・岩戸山の天然ダム
 

1.信州小谷地震(1714)と土砂災害
 信州小谷地震(M61/4,宇佐美,2003)は、正徳四年三月十五日夜戌亥刻(1714年4月28日22時頃)に発生し、姫川に沿った小谷村を中心に激震が襲いました(小谷村誌編纂委員会,1993a)。この地震の素因は糸魚川−静岡構造線活断層系の部分的活動にあり、震央は南接する白馬村堀之内付近で最大震度は7とされています(都司,1993)。また、死者は大町組全体で56名、被災家屋は335戸でした。
 この地震では小谷村の姫川右岸の岩戸山(標高1356m)西側山麓の坪ノ沢地区が崩壊によって埋没しており、その供給源として岩戸山(写真1)からの土砂流動が想定されていました(例えば、小谷村誌編纂委員会1993b)。しかし、その際天然ダムが形成されたか否かについては、ほとんど議論されていませんでした。

写真1 姫川右岸の岩戸山(防災科学技術研究所、井口隆氏撮影)
写真1 姫川右岸の岩戸山(防災科学技術研究所、井口隆氏撮影)

2.史料の記載
 鈴木ほか(2009,2013),井上・鈴木(2013)は、史料(内山氏文書、小谷村教育委員会1993a)を再検討した結果、岩戸山の地すべり性崩壊に伴い、天然ダムが形成されたことを明らかにしました。その根拠となる記述は以下の通りです。
「正徳四年甲午三月十五日(1714年4月28日)の夜の戌亥刻に大地震い、明けて十六日昼四ツ時まで三三度震い申候。然して何と信州の内、大いに震い申候。四ヶ条(庄)村、小谷村まで皆々震い崩れ候て、何と人数五四人死に申候。牛馬数は数知れず。同所坪の沢にて大山抜け、此の山高さ四二拾間(760m)、横幅百間(180m)の山崩れ申候。河表、河原ともに二五五間(460m)の所堤申候。然して何と大堤に罷り成り。此堤坪の沢より塩島新田迄二里(8km)堤み申候。同月十八日の晩に此の堤払い申候。一里(4km)が間皆押しぬけ申候。同じく下へくだり土路崎(どろさき)と申す所、また堤み申候。此の堤はわずかにて候て払い申候。山々皆々われくずれ申候。午の五月二十三日 御奉行所」
 上記の内容を現代文に要約すると、
@ 崩落土砂が姫川の河床付近に、二百五十五間(約460m)の堤を形成した。
A 崩落土砂が姫川を閉塞し、バックウォーターが二里先(8km)の塩島新田地区(白馬村)まで達するような湖沼が出現した。
B 崩落を生じた山は高さ四百二拾間(約760m)、横幅が百間(約180m)だった。
C 堤は3日(26万秒)後の三月十八日(5月1日)晩に決壊し、一里(約4km)下流の泥崎地点で、新たに小規模な河道閉塞を生じたが、直ちに決壊した。
 これらの記述をもとに、現地調査や写真判読によって、岩戸山崩落と塞き止め湖の湛水範囲を検証し、図1を作成しました。湛水面標高を650mとすると、河床標高が570mであるので、天然ダムの湛水高(H)は80mとなります。湛水面積(S)を1/2.5万地形図から求めると142万m2であるので、湛水量(V=1/3×HS)は3800万m3となります。3日間(26万秒)で満水したので、姫川上流からの平均流入量は146m3/sとなります。
 なお、四ヶ庄とは、神城・北城・小谷・中土(現在の白馬村・小谷村)付近をいうようです。

3.岩戸山周辺の地形・地質特性
 2009年10月に岩戸山や湛水範囲周辺の現地調査を行いました。図1は現地調査と写真判読に基づく岩戸山周辺の地形判読図です。写真2は判読に使用した航空写真(林野庁、1973年撮影)です。最新の航空写真では植林された杉が繁茂しているため、地表面の形状は分かりにくいですが、43年前の1973年の航空写真は、植林されたばかりの状態であったため、判読しやすい状態でした。低平な白馬(北城)盆地から姫川を下ると、岩戸山(標高1356m)は姫川の右岸側に存在し、大糸線白馬大池駅付近は現在でも狭窄部となっています。岩戸山周辺には大規模な地すべり地形が多く存在し、地すべり変動が発生すれば、姫川を河道閉塞し、天然ダムが何回も形成されたと判断されます。
 図2は、中野ほか(2002)に基づく岩戸山の地質推定断面図です(井上・鈴木,2013)。岩戸山山麓の地質は、新第三紀鮮新統の砂岩、泥岩と安山岩質溶岩を主としたものです。下位の地層は砂岩および円磨度の良い礫岩を含んだ細貝層であり、一部に珪長質凝灰岩が挟まります。上位の地層は安山岩質の岩戸層であり、凝灰角礫岩と火山礫岩を含みます。

図1 岩戸山崩落と塞き止め湖の湛水範囲(井上・鈴木,2013,一部修正)
図1 岩戸山崩落と塞き止め湖の湛水範囲(井上・鈴木,2013,一部修正)
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図2 岩戸山の地質推定断面図(井上・鈴木,2013)
図2 岩戸山の地質推定断面図(井上・鈴木,2013)
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写真2 岩戸山周辺の航空写真(山−657,C6−12,1973.8.13) 図3 岩戸山周辺の地すべり地形学図(井上・鈴木,2013)
写真2 岩戸山周辺の航空写真
(山−657,C6−12,1973.8.13)
図3 岩戸山周辺の地すべり地形学図
(井上・鈴木,2013)
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 低平な白馬(北城)盆地から姫川を下ると、岩戸山(標高1356m)は姫川の右岸側に存在し、大糸線白馬大池駅付近は現在でも狭窄部となっています。岩戸山周辺には大規模な地すべり地形が存在し、急激な地すべり変動が発生すれば、姫川を河道閉塞し、天然ダムが何回も形成されたと判断されます。
 岩戸山の地すべり地形の上を歩くと巨大な転石が多く存在し、山体崩壊的な地すべり性崩壊によって形成されたことが判ります。テフラや表土がほとんどないので、数千年前に地すべり変動が複数回発生したと思われます。写真3に示したように、地すべり地形上には大岩若宮社と長い石段の参道が存在します。小谷村誌(1993a)や地元の聞き込みでも、この神社の由来(1714年より古いか)は把握できませんでした。
 2014年11月22日に長野県北部、北安曇郡白馬村を震源として長野県北部地震(M6.7)が発生しました。この地震は1711年の信州小谷地震(M61/4)よりも大きく、白馬村・小谷村を中心としてかなりの被害がでました(負傷者46人,全半壊263戸)。筆者が地震から18日後の12月10日に被災地を調査した時には、岩戸山の大宮若宮神社は積雪のため行けませんでした。2015年9月29日に若宮神社に行き、石段や神社に変状がないことを確認しました(夕方ですでにかなり暗く良い写真は撮れませんでした)。写真4は、大岩若宮神社入口の鳥居を撮影したものです。

写真3 岩戸山の大岩若宮神社と石段(2009年10月井上撮影) 写真4 大岩若宮神社の鳥居(2015年9月井上撮影)
写真3 岩戸山の大岩若宮神社と石段
(2009年10月井上撮影)
写真4 大岩若宮神社の鳥居
(2015年9月井上撮影)

4.北城盆地の巨大な天然ダム?
 図2と写真3に示したように、姫川右岸の岩戸山周辺には、巨大な地すべり地形が多く存在します。これらの地すべりが大きく変動し、姫川を河道閉塞した場合、上流側の北城・神城盆地に巨大な天然ダムが形成される可能性があります。
 上野(2009,2010,2012)は、「現在の姫川の流路よりも西側の平坦地付近に以前の姫川の河谷があった。数万年前に栂池付近で大規模な地すべりが発生して、岩屑流堆積物となって東方向に流動し、姫川の河谷を埋めてしまった。そのため、上流側の北城・神城盆地には、巨大な天然ダムが形成された。この天然ダムは満水になると、東側の現在の流路(この付近の方が低かった)に振り替わった。旧姫川の河谷には厚い岩屑流堆積物が堆積して、現在のような平坦な河谷になった。上流からの流水によって、姫川の流路は急激に下刻されるようになり、V字谷になった」と推定しています。
 図4は栂池岩屑流による古白馬湖の形成と姫川の天竜状況をカシミール画像で示したもので(上野,2010)、上図は栂池岩屑崩れによって姫川の急流路(青の点線)付近の河谷地形が埋積された状況を示します。下図は、現在の北城盆地が天然ダムによって、満水となった状況を示しています。図5は、姫川第2ダム付近の断面図で、西側は栂池付近から流動してきた栂池岩屑流堆積物が厚く堆積し、台地状の地形となっています。古白馬湖は満水になっても栂池岩屑なだれ堆積物からなる台地を侵食できず、東側の現在の姫川の河谷付近が少し低かったため、流路が東側に変更されて流下するようになりました。この流路付近は比較的軟質な新第三紀の岩戸山層からなるため、急激に下刻が進み、かなり急峻な河谷が形成されました。姫川の右岸部に位置した岩戸山(標高1356m)は、激しい河川侵食を受けるようになり、大規模な地すべり変動が多発し、多くの地すべり地形を形成したと考えられます。

図4 栂池岩屑流による古白馬湖の形成と姫川の転流(上野,2010)
図4 栂池岩屑流による古白馬湖の形成と姫川の転流(上野,2010)

図5 姫川第2ダム付近の断面図(上野,2010)
図5 姫川第2ダム付近の断面図(上野,2010)

 図6の産業技術院総合研究所地質調査総合センター(2000)の「糸魚川静岡構造線ストリップマップ」によれば、現姫川と栂池岩屑流堆積物の間には、糸魚川静岡構造線に伴う活断層が走り、古期泥流堆積物と新期泥流堆積物を切る垂直変位6mの断層露頭(逆断層)が記載されています。また、2〜3mの低断層崖が存在し、断層運動によって堆積した湿性堆積物の基底から産出した木片の14C年代は2000±130年B.P.の値を示しています。このように糸魚川静岡構造線に伴う地震によって、大規模な土砂移動が繰り返されたのでしょう。
 図7は、白馬町の北城盆地に続く神城盆地(松多ほか,2001)に基づく段丘面分類図で、盆地東側の標高750m付近に段丘面が広く分布します。これらの段丘面は犬川からの扇状地堆積物が堰止めたと考えられていますが、犬川からの土砂流出で標高750mまで湛水するとは考えられません。

図6 糸魚川静岡構造線ストリップマップ(産業技術院総合研究所地質調査総合センター,2000)
図6 糸魚川静岡構造線ストリップマップ(産業技術院総合研究所地質調査総合センター,2000)

図7 神城盆地北部地区東側の標高750m付近の段丘面(松多ほか,2001)
図7 神城盆地北部地区東側の標高750m付近の段丘面(松多ほか,2001)

 図8に示すように、岩戸山付近で巨大地すべりが発生し、標高750m付近まで湛水した時の湖成堆積物と考えられます(井上・鈴木,2013)。この天然ダムは堰止高180m,湛水標高750m,湛水面積25km2,湛水量15億m3と,コラム3で紹介した887年の北八ヶ岳大月川岩屑なだれによる古千曲湖(堰止高130m,湛水量,5.8億m3)の3倍もの湛水量となります。苅谷氏に案内して頂き、湖成層中に2.6〜2.9万年前の姶良Tnテフラ(AT)を挟む露頭を観察しました。神城断層の西側(沈下側)では、数十m下にATが挟まると推定されています(糸魚川静岡構造線ストリップマップ)。

図8 岩戸山大規模地すべりによる想定湛水域(井上,2010,井上・鈴木,2013)
図8 岩戸山大規模地すべりによる想定湛水域(井上,2010,井上・鈴木,2013)

引用文献・参考文献
・井上公夫(2010):887年の八ヶ岳大月川岩屑なだれと天然ダム,第301回資源セミナー講演資料,―大規模山体崩壊と天然ダム決壊洪水の痕跡を探る―,23p.
・井上公夫(2011):長野県中・北部で形成された巨大天然ダムの事例紹介,―八ヶ岳大月川岩屑なだれと姫川・岩戸山の大規模地すべり―,歴史地震,26号,p.106-107.
・井上公夫・鈴木比奈子(2013):2.4 信州小谷地震(1714)による姫川・岩戸山の天然ダム,水山高久ほか:日本の天然ダムと対応策,古今書院,p.52-57.
・上野将司(2009):姫川流域の地すべりダム,2009年日本地球惑星科学連合大会予稿集,Y229-005
・上野将司(2010):姫川の斜面変動,糸魚川ジオパークを横目に見て,299回資源セミナー講演資料,10p.
・上野将司(2012):ジオ鉄でめぐる姫川流域の斜面変動,平成24年度研究発表会講演論文集,p.73-74.
・宇佐美龍夫(2003):新編日本被害地震総覧[増補改訂版],東京大学出版会,493p.
・小谷村誌編纂委員会(1993a):小谷村誌,歴史編,p.335-337.
・小谷村誌編纂委員会(1993b):小谷村誌,自然編,p.121-122,p.194-197.
・産業技術院総合研究所地質調査総合センター(2000):糸魚川静岡構造線ストリップマップ
・産業技術院総合研究所地質調査総合センター(2010年版):20万分の1日本シームレス地質図,基本版
・鈴木比奈子(2012):正徳信州小谷地震(カルテNo.12-1),日本地すべり学会編:地震地すべり,―地震地すべりプロジェクト特別委員会の総括編―,付属資料1 歴史地震による大規模土砂移動カルテ表
・鈴木比奈子・苅谷愛彦・井上公夫(2009):正徳四年(1714)信州小谷地震における岩戸山崩壊とそれによる塞き止め湖の浸水範囲,第48回日本地すべり学会予稿集,p.63-64.
・鈴木比奈子・苅谷愛彦・井上公夫(2013):1714年信濃国小谷地震による岩戸山地すべりと姫川天然ダム,2013年日本地球惑星科学連合大会,H-DS27-05
・都司嘉宣(1993):糸静線付近に起きた正徳4年(1714)信州小谷地震と安政5年(1858)大町地震の詳細震度分布,日本地震学会講演予稿集,1993年(2)P035.
・松多信尚・池田安隆・今泉俊文・佐藤比呂志(2001):糸魚川-静岡構造線活断層系北部神城断層の浅部構造と平均地すべり速度,活断層研究,20号,p.50-70.
・中野俊・竹内誠・吉川俊之・長森英明・苅谷愛彦・奥村晃史・田口雄作(2002):白馬地域の地質,1/5万地質図,産総研地質総合センター,117p.
・矢口大輔(2005):栂池地すべりの概要と対策,第44回日本地すべり学会研究発表会,p.105-106.

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