1.はじめに
今回は、富士川右支小武川·ドンドコ沢の巨大深層崩壊と岩屑なだれ(887)について、砂防学会の公募研究会(2015〜2018)の調査経緯と研究成果について、説明します。
日本アルプスの各地には、地質時代〜歴史時代の巨大(深層)崩壊地(移動体体積≧10
7m
3)が多く存在します。それらをもたらした崩壊の発生年代を確定することは、崩壊の発生間隔や士砂災害史、地形発達史などを論じる上で重要です。地質現象の編年には様々な手法(例:
14C法,火山灰編年法等)がありますが、測定原理や測定誤差のために、通常は数十年以下の精度まで限定することは不可能です。 一方、樹木年輪幅の変動パターンを標準試料と比較して、樹木の枯死年代を決定する年輪年代法は、1年単位での編年が可能です。
井上は、苅谷・光谷・土志田とともに、「巨大(深層)崩壊の高精度編年研究会―年輪年代法による巨大崩壊の発生年代の推定と歴史史料との対比―」と題して、砂防学会の公募研究会に平成27年(2015)1月に応募し、平成27年3月に採択されました。 平成27年7月から研究会を開始し、現地調査などの結果は、各年度末に中間報告会を実施するとともに、砂防学会や日本地球惑星科学連合、日本地すべり学会などで報告しました。平成30年(2018)3月に3年間の研究会を終了し、3年間の活動記録を報告書として砂防学会に提出しました(井上ほか、2018)。
平成30年(2018)5月17日(木)の砂防学会(鳥取大会)で、上記タイトルでテーマ別セッション(4)が計画され、7点の論文が集まりました。井上はコーディネーターとして司会進行を行い、 5点を口頭、2点をポスターとして発表して頂きました。
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井上公夫・巨大(深層)崩壊の高精度編年研究会:巨大(深層)崩壊の高精度編年研究会―年輪年代法による巨大崩壊の発生年代の推定と歴史史料との対比― |
A |
土志田正二・池田敦・苅谷愛彦・小林浩・井上公夫:小武川上流ドンドコ沢の巨大崩壊における土砂堆積量の推定 - 電気探査と詳細地形解析を用いて |
B |
山田隆二・木村誇・苅谷愛彦・佐野雅規・對馬あかね・李 貞・中塚武・井上公夫:歴史時代に南アルプスで発生した崩壊履歴の高精度復元−酸素同位体比を用いた樹木年輪年代測定の適用− |
C |
鈴木素之・片岡知・松木宏彰・楮原京子・阪口和之:山口県防府市,山口市,広島県広島市および長野県南木曽町における被災渓流の土石流発生履歴
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D |
下河敏彦・清水勇介・稲垣秀輝:新潟県中津川流域における巨大崩壊の一例 |
E |
木村誇・山田隆二・苅谷愛彦・井上公夫:歴史時代の大規模崩壊による山地河川の地形変化とその影響−赤石山地ドンドコ沢岩石なだれの再検討− |
F |
林久夫・秋山晋二:チェーンアレー探査を用いたドンドコ沢岩石なだれの2次元堆積構造の把握 |
2. 研究会の共同研究者
巨大(深層)崩壊の高精度編年研究会は、当初井上・苅谷・光谷・土志田の4名で開始しましたが、研究会活動を進める際に、順次共同研究者が増えて、11名となりました。また、現地調査やシンポジウムで、計48名+学生18名の参加がありました。
研究代表者:井上 公夫・一般財団法人砂防フロンティア整備推進機構・技師長
歴史的大規模(深層)崩壊,天然ダムの形成・決壊の事例を収集・整理する。
共同研究者:苅谷 愛彦・専修大学環境地理学研究室・教授
主に,巨大崩壊の地質調査や堆積物の記載・分析を行う。
共同研究者:光谷 拓実・国立文化財機構奈良文化財研究所・客員研究員
主に,樹木化石の樹種判定と年輪年代測定・解析を行う。
共同研究者:土志田 正二・消防庁消防大学校 消防研究センター・主任研究官
主に,巨大崩壊の地形解析(GIS)や発生素因・誘因の推定を行う。
共同研究者:山田 隆二・防災科学研究所 社会防災システム研究部門・主任研究員
主に,酸素同位体比を用いた年輪年代測定・解析を行う。
共同研究者:尾関 信幸・潟jュージェック 国内事業部・マネージャー(砂防担当)
主に,現地踏査・写真判読を行う。
共同研究者:小林 浩・朝日航洋株式会社 防災コンサルタント部
主に,現地踏査・写真判読を行う。
共同研究者:木村 誇・防災科学研究所 水・土砂防災研究部門・特別研究員
主に,現地踏査・写真判読を行う。
共同研究者:池田 敦・筑波大学生命環境系・准教授
主に,岩屑なだれ堆積地の電気探査を行う。
共同研究者:秋山晋二・国際航業株式会社
主に,現地踏査・地質調査・チェーンアレー探査を行う。
共同研究者:林 久夫・ジオックスコンサルタント
主に,チェーンアレー探査を行う。
3. 本研究会の活動結果の報告
本研究会では、史料災害学・第四紀地形・地質学及び年輪年代学の専門家が連携し、巨大崩壊堆積物や堰き止め湖沼堆積物中に含まれる樹木化石の年輪解析を行い、巨大崩壊の発生時期を年単位で確定することを目指しました。また、その成果を歴史史料等と対比して、巨大崩壊の誘因を推定しました。通常、巨大崩壊は豪雨だけでなく、強震動に励起されることが多いため、本研究の知見は海溝型巨大地震や内陸活断層直下型地震と大規模山地斜面災害との関係を議論するための重要な基礎資料となりました。
平成27年(2015)7月17日(金)に山梨県立図書館会議室でキックオフ会議(14名参加)を開催しました。翌18日(土)にドンドコ沢の現地調査を行う予定でしたが、台風接近のため、ドンドコ沢内の現地調査を中止し、富士川中・下流部の現地調査を有志で行いました。
平成28年(2016)2月2日(土)に東京農工大学50周年ホールで、平成27年度中間報告会(39名参加)を行いました。
平成28年度は年輪年代試料を得るためのトレンチ掘削を行いました。このため、砂防学会丸谷知己会長名で、山梨県中北林務事務所に「恩賜県有財産内入山許可申請」、「林道使用許可申請」、「山梨県立自然公園特別地域(第3種特別地域)内鉱物の採取(土石の採取)許可申請」を行い、平成28年(2016)6月23日〜12月9日の入山・林道使用許可を受けました。富士島建設株式会社にトレンチ掘削(幅4m×奥行3m×高さ3m)を依頼し、平成28年(2016)8月9日(火)〜12日(金)に行いました。
掘削時に地質状況と湧水状況を観察して、倒木の風化状況を見ながら、年輪年代測定用の輪切円盤状試料を6試料ほど採取しました。採取後、丹念に埋戻し作業を行い、表面は植生マットを敷設し、原形復旧を行いました。
また、11月6日(日)〜7日(月)に池田敦を中心(6名参加)として、ドンドコ沢の岩石なだれ堆積物の厚さを推定するために電気探査を行いました。平成29年(2017)4月15日(土)に専修大学サテライトキャンパスで平成28年度の中間報告会(20名参加)を行いました。
平成29年(2017)6月2日(金)〜5日(月)に林久夫を中心(6名参加)に岩石なだれ地区で、チェーンアレー探査を実施しました。また、7月28日(金)〜29日(土)に現地見学会「和歌山南部田辺市・木守,新宮市口高田」を行いました(17名参加)。その他にも有志で何回かドンドコ沢の現地調査が行われました。
4. 巨大崩壊の発生時期の史料解析
本シリーズのコラム3でも説明したように、八ヶ岳岩屑なだれは仁和三年七月三十日(887.8.22)の五畿七道地震で発生し、千曲川を塞き止めて、303日後の仁和四年五月八日(888.6.20)に決壊して、洪水段波が千曲川を流下して、
「仁和の洪水砂」を堆積させました(石橋,2000;井上,2011,2018)。
『日本三代実録』によれば、
「仁和三年七月三十日辛丑(887年8月22日)、申(さる)の時(16時)。地大いに震動し数刻を経歴して震猶やまず。」
『扶桑略記』によれば、
「同日亥刻(22時)、又震うこと三度、五畿七道諸国、同日大いに震い官舎多く損す。海の潮陸に漲り、溺死するものあげて計うべからず。その中摂津国もっとも甚し。」
『日本紀略』前篇二十 宇多 によれば、
「(仁和四年)五月八日(888年6月20日)。信濃國大水。山頽河溢。
十五日辛亥。詔被水□者勿輸今年租調。所在倉賑貸。經其生産。若有屍未斂者為埋葬。」 『類聚三代格』巻十七 赦除事 によれば、
「詔、陶均庶類、本資覆載之功。司牧黎元。寶頼皇王之化。・・・・重今月八日信濃國山頽河溢。唐突六郡。城盧拂地而流漂。戸口随波而没溺。百姓何辜。頻罹此禍。徒發疚首之歎。″~援手之□。個分遣使者。就存慰撫。宣詳加寶巌。勤施優恤。其被災尤甚者。勿輸今年租調。所在開倉賑貸。給其生業。若有屍骸未斂者。」 平成29年(2017)9月16日の第34回歴史地震研究会(つくば市)で、石橋克彦先生とドンドコ沢の巨大崩壊について議論しました。ドンドコ沢〜小武川付近には当時人家がほとんどなく、史料はほとんど残っていません。
『類聚三代格』によれば、仁和三年八月廿日(887年9月11日)に台風襲来の記録があると指摘を受けました。
『類聚三代格』(仁和三年八月廿日)によれば、
「廿日辛酉、卯より酉に及びて大風雨あり、樹を抜き屋を發き、東西京中の居人の廬舎顛倒するもの甚だ多く、圧殺せらるる者衆かりき。内膳司の檜皮葺の屋顛イトす。(中略)鴨水、葛野河の洪波氾溢して、人馬通ぜざりき。」
と記されています。
『日本紀略』の仁和三年八月には大風雨の記事は一切ありません。
そして、
『日本紀略』の仁和四年五月八日(888年6月20日)に、
「五月八日、信濃国大水、山頽、河溢。」と記されています。
コラム3で説明したように、八ヶ岳の大月川岩屑なだれで閉塞された千曲川の天然ダムが決壊して、
「仁和洪水砂」が流下したと考えています。
仁和三年八月廿日(887年9月11日)は五畿七道地震の20日後となるので、丸沢に形成された天然ダムが満水となり、洪水が小武川から富士川を襲った可能性があります。地震後降雨となったため、ドンドコ沢の岩石なだれはかなり大きく再移動したと考えられます。また、五畿七道地震に関連した富士川断層沿いの直下型地震の発生も想定されます。
石橋先生からメールで、以下のようなご指摘を頂きました。
『日本三代実録』によれば、
「仁和三年八月廿日(887年9月11日)亦有大風洪水之災、前後遭重害者舟有余国。(中略)重今月八日信濃国山頽河溢、唐突六郡、城廬払地而流漂、戸口随波而没溺。(後略)」とあって、仁和三年七月卅日の地震、八月廿日の大風洪水、仁和四年五月八日の信濃国洪水が時系列として明記されています。仁和四年五月八日(888年6月20日)は、時期的にみて台風よりは梅雨期の大雨だったのではないかと言われました。
5. ドンドコ沢岩石なだれの概要
写真1・図1に示したように、ドンドコ沢は、赤石山地北東部にある鳳凰三山(地蔵ヶ岳・観音岳・薬師ヶ岳)の東面に源を発し、富士川水系右支川の小武川へと流入する集水面積6.86km
2の渓流です。標高2841mから1100mに及び、ドンドコ沢は平均河床勾配22度と非常に急峻です。ドンドコ沢と大棚沢(丸沢)との間には、緩傾斜な平坦面があり、巨石が多く堆積しています。
地質は、標高1400m付近を境に西側の中期中新世の火成岩類(甲斐駒ケ岳花崗岩)と東側の後期中新世の堆積岩類(身延層及びその相当層の砂岩泥岩互層)に分かれます(尾崎ほか、2002)。この地質境界は糸魚川一静岡構造線活断層系の南部区間を構成する鳳凰山断層系の南端に位置します(下川ほか, 1995)。
気候は寒暖差が大きく降水量の比較的少ない内陸性気候です。冬の降水量は極めて少ない一方で、夏季にまとまった雨が降ることが多く、豪雨による土砂災害や水害が繰り返し発生しています。中でも、昭和34年(1959)の台風7号と15号、昭和57年(1982)の台風10号と17号の通過に伴う豪雨の際には、小武川流域においても多数の斜面崩壊や士石流が発生し、下流域での河川氾濫などの甚大な被害がもたらされました(難波ほか,1961;山梨県総務部広報課、1962;山梨県土木部,1963;山梨県消防防災課、1986)。
写真1 鳳凰山とドンドコ沢・大棚沢(丸沢)、(刈谷愛彦氏提供)
図1 ドンドコ沢岩石なだれの発生・堆積域の特徴(苅谷・2012)
6.ドンドコ沢岩石なだれに関する先行研究
ドンドコ沢に分布する岩塊の成因については、多くの先行研究があります。平川(1981)は、この岩塊層が青木鉱泉付近の小武川左岸に認められていた段丘面より低位の河成段丘面を構成していると考えました。 そして、この段丘面が数枚の風化帯(埋没土壌)を介して、明瞭な層理を伴った下位の礫層と粗大な角礫を主体とする上位の礫層からなることを記載し、高位の段丘面の年代観などと総合して、上位角礫層を最終氷期の氷塊崩落堆積物だとしました。
これに対し、田力(2002)は、上位角礫層表面が起伏に富み、中心に向かって盛り上がった地形を示すこと、角礫層中から採取した木片の
14C 年代値がAD865〜960年が得られたことから、1100〜1200年前頃の大規模崩壊による土石流堆積物と考えました。
苅谷(2012)は、新たに得られた
14C年代値をもとに、田力(2002)の見解を支持しました。一方で、角礫層表面には径5〜10mの花崗岩巨礫が岩塊状に積み重なり、多くのジグゾー・パズル状の破砕構造が認められるのに対し、ラミナやインブリケーションのような流水の関与を示す堆積構造が認められないことや、移動土砂量に対し、みかけの等価摩擦係数が大きく流動性が低いことを指摘し、土石流ではなく、岩石なだれ(苅谷,2013)で形成されたと推察しました。
この岩石なだれの誘因としては、地震や豪雨が考えられます。苅谷(2012)は誘因となった可能性のある歴史地震として、下記の地震を列記しました。
@ |
糸魚川一静岡構造線活断層系中南部区間や同南部断層群の最新活動(AD 0年以降) |
A |
AD762年美濃・飛騨・信濃地震 |
B |
AD841年信濃地震 |
C |
AD841年伊豆地震
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D |
AD878年元慶地震(関東諸国地震) |
E |
AD887年仁和地震(五畿七道地震) |
その後、AD887 年秋口に枯死した樹木年代が岩石なだれによる堰き止め湖沼・氾濫原堆積物中に発見されたことから(苅谷ほか,2014)、仁和地震(五畿七道地震)が有力と考えました。
石橋(1999,2014)によれば、仁和地震(五畿七道地震)は、南海トラフ付近で発生した巨大地震で、コラム3で説明した北八ヶ岳の大月川岩屑なだれも発生しています。
一方、豪雨が誘因となった可能性については、小武川流域で8〜9世紀に発生した土砂災害・水害を記した史料は少なく、対比は困難です。前述した堆積物の特徴は土砂移動時に流水の関与が少なかったことを示しており、地震が誘因である可能性が高いと判断しました。
以上のことから、本コラムの最初に説明したように、井上・苅谷・光谷・土志田で砂防学会の公募研究会に応募し、採択され、
「巨大(深層)崩壊の高精度編年研究会一年輪年代法による巨大崩壊の発生年代の推定と歴史史料との対比一」が開始されました。
7.岩石なだれ堆積域周辺の地形・地質的特徴
7.1 詳細地形学図の作成と現地調査 国土交通省関東地方整備局富士川砂防事務所が2009年に実施した航空レーザー測量データ(測量点密度l点/m
2)を借用し、1mメッシュDEMを作成し、傾斜量図や5mコンター図などを作成しました。図2は、尾関が2017年に作成した写真判読図です。緑色が岩石なだれ堆積域、水色はこの岩石なだれによって堰き止められた湖沼堆積域、赤紫色は基岩の小尾根部です。
図2 ドンドコ沢岩石なだれ堆積域の写真判読結果図(尾関,2017作成)
図3は、苅谷(2012)の地形判読図と現地調査結果などをもとに詳細地形図上に微地形を判読して、詳細地形学図(木村ほか,2018)としたものです。微地形判読の際には、花崗岩巨礫のものと考えられる凸地形の分布も示しました。微地形判読結果をもとに、現地調査を行い、各踏査地点で最大級と判断した花崗岩巨礫について、ハンデイGPSと詳細地形学上で位置を確認し、長径・短径・高さをメジャーで実測しました。実測できなかった巨礫については、直交する2方向から写真撮影を行い、写真中のスケールとの比から径を推定しました。さらに、今回新たに見つかった堰き止め湖沼・氾濫原堆積物の露頭を観察し、堆積層序や樹木化石の産状を記載しました。後述する2箇所の堰き止め湖沼・氾濫原堆積物の露頭において、樹木化石の一部を採取しました。採取した樹木化石から木口(横断面)、柾目(放射断面)の徒手切片を取り、ガム・クロラール液で封入したプレパラートを作成して、顕微鏡観察により樹種同定を行いました。
7.2 現地調査結果
図2と図3に示したように、ドンドコ沢岩石なだれは西から北東方向に流下しました。堆積域の中央には、比高30〜50mの急崖が2箇所認められます。
図3 ドンドコ沢岩石なだれ堆積域周辺の詳細地形学図(木村ほか、2018の図2aを一部修正)
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この急崖より下流側には、比高約10〜20m、延長450mの堤防状地形(Ridge, 以下ではリッジと表記)があり、小武川(東)方向に延びています。リッジは堆積域の南縁部にあって、古期地すべり移動体(Older landslide block:田力,2002)の斜面と接しています。一方、堆積域の北縁部とドンドコ沢本川との間には、延長350m、本川現河床からの比高が最大70mの独立した痩せ尾根が認められます。痩せ尾根の南方には延長130m、幅50mの平坦地(Flat)が存在します。リッジや複数のロープが発達する堆積域において、この平坦地は周囲とは明らかに成因の異なる特徴的な地形であることが判ります。
堆積域の北縁部(ドンドコ沢本川右岸斜面)と東縁部(大棚沢左岸斜面)には、侵食崖が形成されています。ドンドコ沢本川右岸斜面の侵食崖と現河床との比高は30〜70mあります。堆積域を分断して南西方向から流入するドンドコ沢右支川においても、両岸斜面に比高30〜40mの侵食崖が形成されています。大棚沢の侵食崖と現河床との比高は、堆積域南縁部のリッジの末端で40m、ドンドコ沢と大棚沢との合流点で約20mあり、合流点より下流の小武川は徐々に低くなっています。大棚沢の対岸(右岸側斜面)にも、これとほぼ同比高の侵食崖が形成されています。
大棚沢では、岩石なだれ堆積域の上流側に堰き止め湖沼・氾濫原の跡とみられる緩斜面が認められます(図2で空色の部分)。苅谷(2012)はこの緩斜面の下には厚さ2m以上の砂礫層および細礫層に覆われていることを記載しています。木村ほか(2018a,2018b)は、ドンドコ沢右支川沿いの緩傾斜地でも砂礫層および細礫層を確認しています。
以上の判読結果を踏まえて、リッジ、痩せ尾根、侵食崖、堰き止め湖沼・氾濫原とみられる緩傾斜地を中心に現地踏査を行いました。主な踏査地点の露頭写真を図4 に示します。
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図4 岩石なだれ堆積域周辺の現況(木村ほか,2018a,2018b)
a) リッジ状の高まりをつくる花崗岩巨礫の集積,b) ドンドコ沢本川と岩石なだれ堆積物の間にある痩せ尾根の側面とその南方に広がる平坦面,c)
痩せ尾根頂部における基岩(ホルンフェルス)の露出,d) ドンドコ沢右支川の谷出口付近に形成された堰き止め湖沼堆積物の露頭,e)
岩石なだれ堆積物の末端付近(大棚沢左岸)に形成された堰き止め湖沼堆積物とそれを覆う土石流堆積物の露頭,f)
ドンドコ沢下流(小武川右岸)に産した岩石なだれ堆積物上にある花崗岩巨礫。写真の撮影位置は,図3に〇数字3a〜3fとして示した。
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岩石なだれ堆積域の南縁部にみられる緩傾斜地は、長径数mから十数mの花岡岩巨礫が積み重なってできた地形でした(図4-3a)。地表面は苔類やリターに覆われているものの、全体に礫支持であり、隙間を充填する基質はほとんどありませんでした。
堆積域の北縁部に存在する痩せ尾根(図2の赤紫色域)の頂部では、黒色を呈する硬質の基岩(身延層を構成する砂岩及び泥岩層が甲斐駒ケ岳花崗岩の貫入により熱変成を受けて生成したホルンフェルスとみられる)が露出しており、この痩せ尾根の南側斜面からその南方にある平坦面にかけては花崗岩巨礫が認められませんでした(図4-3b,c)。平坦地の地表面は、径2〜4cmの亜円礫を含む砂層で覆われており、河成堆積物(河成段丘面)の可能性があります。ドンドコ沢に面した痩せ尾根北側斜面にも基岩(ホルンフェルス)が露出しており、痩せ尾根周辺には岩石なだれ堆積物は存在しません。岩石なだれ堆積域の東縁部では、小武川両岸の侵食崖において、花崗岩巨礫が多数分布しています。大棚沢右岸の背後斜面は堆積岩類からなるため、花崗岩巨礫は右岸斜面上部から供給されたものではありません。花崗岩巨礫を含んだ堆積物は、苅谷(2012)が記載した対岸に残る岩石なだれ堆積物と考えられます(図3 のNewly-found deposition zone of UG)。
7.3 花崗岩巨礫の分布とサイズ
岩石なだれ堆積域の花崗岩巨礫の分布を図3に示します。サイズの測定をした花崗岩巨礫の最大径および堆積を表1に示します。苅谷(2012)の地形判読図にある頭部滑落崖の中央点から巨礫までの直線距離(以下発生源からの距誰とする)は、1.67〜3.14kmでした。計20個の巨礫のサイズは、最大径4.0〜15.8mで、中央値は10.2mでした。3辺の径を乗じて算出した巨礫の体積は、29.0〜1347m
3で、中央値は338m
3でした。
発生域からの距離と最大径や体積との関係には弱い負の相関が認められましたが、有意なものではありませんでした。花崗岩巨礫の多くはジグゾー・パズル状の破砕構造を持っており(苅谷,2012)、岩石なだれの流下過程で破砕作用を受けたとみられます(流水の影響はほとんどない)。しかしながら、発生域から遠ざかるにつれて、巨礫のサイズが顕著に小さくなることはなく、洵汰もほとんど受けていないようです。
表1 花崗岩巨礫の最大径と体積(木村ほか,2018)
7.4 岩石なだれの流下・堆積経過の考察
図3の詳細地形学図と現地調査結果からドンドコ沢岩石なだれの流下・堆積過程について、次の3つのことが推定されます。
1) |
岩石なだれ堆積域の北辺部にある痩せ尾根周辺には、基岩(ホルンフェルス)が露出しており、岩石なだれ堆積物に覆われていない。岩石なだれは主に痩せ尾根の南側(現在の堆積域)を流下したようです。北側(現在のドンドコ沢の河谷部)に流入した土砂量は、ほとんど下流に流出してしまっているが、比較的少なかったと推定されます。 |
2) |
堆積域の南縁部には、東北東方向に延びる直線的なリッジがあります。このリッジは、岩石なだれ流下時に形成された自然堤防と考えられます。リッジは南方にある古期地すべり移動体の斜面と接しており、地すべり移動体の末端部は岩石なだれ堆積物の下に埋没していると推定されます。 |
3) |
堆積域の東縁部にあたる大棚沢右岸にも、花崗岩巨礫を多く含む堆積物が延長400mにわたって分布しており、岩石なだれ堆積物が対岸まで到達したと考えられます。 |
8.崩壊履歴の高精度復元(樹木年輪年代測定)
8.1 年輪年代測定法
斜面崩壊・地すべり・土石流・岩石なだれなどの大規模マスムーブメントは、発生域の地形を大きく変える現象であり、将来の土砂災害の予測や対策には、その履歴を復元し、長期的な地形の安定性を評価することが重要です(山田ほか,2018)。我が国の気候条件下では、山地斜面に多くの樹木が生育していることから、斜面変動に伴うアテ材や倒木・枯木とその炭化物などの試料を用いた年代測定が履歴解析には有効です。数万年前までの樹木試料に対して、放射性炭素(
14C)年代測定法が広く採用されています。
樹木の保存状態が極めて良く、材に年輪・樹皮が認められる場合には、光谷(2001)の年輪幅を顕微鏡観察し、標準パターンとの整合性を確認する
「年輪年代法」
を実施できます。
14C年代測定法の場合には誤差を必ず含みますが、年輪年代法は1年以下の精度が期待できます。
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|
図5 光谷による試料の採取 (2014年8月) |
図6 採取試料と光谷標準パターンとの比較 (枯死年代は887年秋季と一致) |
近年では、年輪幅の代わりに樹木セルロースの酸素同位体比を指標とした経年変動パターンを利用する
酸素同位体比年輪年代法が広がりつつあります(たとえば、中塚・佐野,2014)。
巨大(深層)崩壊の高精度編年研究会ではドンドコ沢で採取した試料を用いて、酸素同位体比年輪年代法の分析を試行しました(山田ほか,2016, 2018;Yamada, et al., 2018)。これらの手法の開発により野外で採取した天然試料を用いて、詳細な斜面崩壊履歴を復元し、古文書記録との対比、検証や巨大(深層)崩壊発生時期の直接的な推定が可能となります。
8.2 酸素同位体比による年輪年代測定
酸素同位体比年輪年代法には、次のような特徴があります。
@ |
酸素同位体比は年輪形成時の成育環境(相対湿度・降水量)を反映します(主として6 月降水量と負の相関) 。 |
A |
1年ごとの変動パターンは樹種に依存せず、個体間の相関が高いため、スギ・ヒノキ以外の針葉樹、広葉樹でも適用可能です。 |
B |
年輪幅指標とする場合と比べて、測定・分析のための手間・時間を要します。 |
図7, 8 に示したように、大まかな分析の順序は、年輪が残る試料から木口面に薄板をスライスして成形した後、樹木片からセルロース以外の成分を洗浄除去します。セルロース化した年輪を1 つ1つ切り出し秤量し、酸素同位体比を熱分解元素分析計付きの同位体比質量分析計にて測定します。測定した年輪セルロースの酸素同位体比の経年変動パターンを年輪年代が既知の標準変動曲線と対比し、1年ごとにずらしながら、最も高い相関係数が得られるところを探し出し、年代決定を行います。
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図7 試料の切り出し |
図8 セルロース抽出前後の比較 |
(山田ほか,2016のPPT画像)
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8.3 堰き止め湖堆積物のトレンチ調査による試料の採取と年輪年代の測定
Yamada et al.(2018)は、平成 27年度までに採取した試料のうち、樹皮の残った保存状態の良い埋没樹(樹齢約350年のヒノキと300年のツガ)を用いた酸素同位体比年輪年代法によって、AD885年以降数年あるいは888年という枯死年代を得ています。
平成28年度(2016)は岩石なだれ南縁の湖沼堆積物とトレンチ掘削することにしました。トレンチ断面の地質状況を観察するとともに、湖沼堆積物中に認められる太い倒木周辺を掘削し、年輪年代測定用の新鮮な輪切り(円盤状)試料を採取することにしました。しかし、小武川・ドンドコ沢流域は、山梨県恩賜林県有林地域で、県立南アルプス公園特別地域であるため、地目の変更を伴う調査に当たっては、丸谷知己砂防学会長名で入林許可申請書、林道通行許可申請書、特別地域内の掘削(土石の採取) 許可)申請書を提出し、それぞれの許可を得ました。
トレンチ掘削工事は韮崎市の富士島建設株式会社に依頼し、5名の共同研究者の立会いのもと、平成28年(2016)8月9日〜12日に、図11に示したような掘削・試料採取を行いました。この結果、外皮まで残った良好な輪切り木材試料(6試料)を入手することができました。この時には、地元の方10人ほどの見学があり、朝日新聞南アルプス支局の取材を受け、10月1日の朝日新聞山梨版に輪切り試料の採取状況などが掲載されました。
図9 重機によるトレンチ掘削と年輪年代測定用試料の採取(井上,2017のPPT画像)
ドンドコ沢の堰き止め湖沼堆積物中から入手した6本の樹幹試料から、保存状態の良好な4本の試料について年輪年代測定を進めています。
以上の考察結果から、仁和三年(887)の仁和地震(五畿七道地震)かその直後の豪雨時に枯死・移動・堆積した可能性があると推察しました(4項参照)。
9. ドンドコ沢の巨大崩壊の土砂量の推定
9.1 レーザー計測を用いた詳細地形解析
苅谷(2012)は、ドンドコ沢にみられる巨大崩壊の土砂堆積量は、その形状および現地踏査の結果から1.92×10
7m
3と推定しました。土志田ほか(2016,2018)では、航空レーザー測量データ(1mDEM)を用いて、より詳細な地形分類を行い、崩壊土砂堆積範囲を推定しました。
図10の地形分類図で、ドンドコ沢における岩石なだれの堆積域は6〜9、13〜16地区で、水平面投影面積は106万m
2と計測しました。現地での露頭観察および詳細地形解析の結果から堆積物の厚さは20〜50m程度と考えられることから、堆積量は2100〜5300万m
3と推定しました。
しかし、ここで用いた堆積物の厚さは局所的な露頭データおよび現河床からの高低差から算出しており、精度は十分ではありません。このため、10項と11項で述べる電気探査やチェーンアレー探査を実施しました。
図10 1mDEMを用いたドンドコ沢の地形分類と水平面投影面積(土志田ほか,2016,2018)
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9.2 大棚沢(丸沢)の堰き止め湖の湛水量の推定
図11は、小武川・ドンドコ沢・大棚沢(丸沢)の河床縦断面図とドンドコ沢岩石なだれによって形成された天然ダムの形状を示しています。ドンドコ沢と大棚沢(丸沢)は、岩石なだれ堆積物の直下で合流し、小武川となって富士川に注いでいます。鳳凰山東斜面で巨大(深層)崩壊を起こし、岩石なだれ堆積面を形成しました。
図11 小武川・ドンドコ沢・大棚沢(丸沢)の河床縦断面図とドンドコ沢岩石なだれ,天然ダムの形状
(井上,2018)
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ドンドコ沢と大棚沢(丸沢)合流点より上流の流域面積は20.4km
2で、大棚沢(丸沢)の流域面積は10.3km
2です。天然ダムの湛水標高を1230mとすると湛水面積は9.4万m
2で、湛水高40m(50m)とすると、湛水量は125万m
3(157万m
3)となります。大棚沢(丸沢)の流出土砂で湛水範囲が縮小していると判断すると、湛水面積は14.3万m
2で、湛水高40m(50m)とすると、湛水量は191万m
3(222万m
3)となります。この天然ダムより上流の集水面積は10.3km
2ですので、240mm〜450mmの降水量(流出率f=0.5と仮定)があると満水となります。
4項で述べたように、
『類聚三代格』によれば、五畿七道地震(887年8月22日)の20日後(9月11日)「大風洪水」という記事があるので、台風の通過により豪雨があったと推定されます。この時にもかなりの土砂流出があり、試料採取(トレンチ掘削)した地点に多くの流木が堆積したのではないでしょうか。しかし、河道閉塞区間は1000mもあるので、この区間はオーバーフローしただけで、決壊しなかったと推定されます。
苅谷(2012)は、岩石なだれ堆積物上部で得られた古土壌および木片の
14C年代値の分布から、大棚沢(丸沢)では、AD1409〜1440年頃に湛水域が消滅して氾濫原になったと推定しています。その後段丘化が進みましたが、明治43年(1910)測量の1/5万旧版地形図によれば、明治の頃まで氾濫原のような状態であったと推定されます。
10. 電気探査によるドンドコ沢岩石なだれの堆積層の推定
ドンドコ沢岩石なだれ堆積物と湖沼堆積物の厚さを推定するために、図12に示した位置に2測線を設置して電気探査とチェーンアレー探査を行いました。これらの測線は簡易測量を行いました。探査に用いた機器は、SYSCAL ジニアスイッチ48であり、48本の電極を4m間隔で配置しました。比抵抗断面の解析・描画には、解析ソフトBES2DINV ver.3.59を用いました。電気探査を行った測線北端の直下には、苅谷(2012)がLoc.1とした露頭があり、そこでは厚さ10〜15mの岩石なだれ堆積物の下に、上面に土壌(木片の
14C年代が9世紀)を持つ礫層が認められています。なお、ドンドコ沢周辺に位置するアメダス韮崎において、探査前に降雨が観測されたのは、探査実施日の6日前であり、その時の日降雨量は7.5mmでした。そのため、結果には降雨に伴う一時的な低比抵抗層は含まれないと考えられます。
図12 電気探査測線とチェーンアレー探査測線位置図
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図13 電気探査測線1(岩石なだれ堆積域)の比抵抗断面とその解釈の一例(土志田ほか,2017)
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図13は、電気探査測線1(岩石なだれ堆積域)の比抵抗断面とその解釈の一例を示します。測線の北端付近では、岩石なだれが高比抵抗部、礫層(埋没段丘?)が低比抵抗部として判別できました。両者の比抵抗のコンストラストは、岩石なだれ堆積物の方が粗粒で、間隙の充填物が乏しいため、含水量が少ないことを反映していると考えました。この結果から類推し、4kΩm以上を岩石なだれ堆積物とすると、その厚さは測線の中央では20〜30m,南側で25m(探査深度)以上と推察されます。測線中央付近の下方には、河岸段丘の形状を持つ低比抵抗部が存在し、岩石なだれ発生以前には、その段丘の南側に谷があったことを示唆します。ドンドコ沢左岸には岩石なだれ堆積物が残存していないという現地踏査結果とあわせて考えると、887年頃に発生・流下した岩石なだれの流心部は、現在のドンドコ沢の位置ではなく、その埋没谷上にあったと推察されます。この結果は7項(木村ほか,2018)で説明した河川地形の変化と調和的です。
図14 電気探査測線2(湖沼堆積域)の比抵抗断面とその解釈の一例(土志田,2017)
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図14は、電気探査測線2(湖沼堆積域)の比抵抗断面とその解釈の一例を示します。この測線を設けた林道が切っている地点での堆積物の観察から、測線2北側の平坦面は湖成層で、地下水面は非常に地表に近い(2 m以内)と考えられます。その平坦面の下には、厚さ約10 mの1 kΩm未満の低比抵抗層が広がっています。一方、測線の南側の緩傾斜面は土石流性の扇状地面であり、その下の比抵抗はやや高く、そこが礫層からなることに対応しています。その扇状地堆積物(高比抵抗部)の下には、1 kΩm未満の低比抵抗部が広がっており、細粒の湖成堆積物が厚さ30 m以上、存在すると考えられます。比抵抗断面図の左側斜辺には、高比抵抗層への移行部が見られます。その上側厚さ10mの部分は隣接する岩石なだれ堆積物の地下延長部と解釈できます。深さ10 mより下には、一段異なる面をもつ高比抵抗部が続くが、そこが同じ岩石なだれ堆積物の続きか、別の地形面かの判断はこのデータのみからはできません。
11. チェーンアレー探査を用いたドンドコ沢岩石なだれの2次元堆積構造の把握
11.1 チェーンアレー探査法の概要
微動アレー探査は自然の微動から表面波を抽出し、地盤のS波速度構造を推定する非破壊で簡便な技術です。岡田(2001)が、「微動探査法は、1箇所限定の探査法というイメージから脱却する必要がある。平面的に地震計を配列すれば、容易に2次元構造が得られる。」と提案したのが、チェーンアレー探査です。ここでは、ドンドコ沢で実施したチェーンアレー探査の成果を紹介します。
@ 地震波と表面波
地震波は図15に示した種類があり、目的に合わせて様々な探査法が用いられています。
図15 地震波の種類(林・秋山,2018)
表面波を用いた探査法を図16に示します。人工起振した波動を用いる方法と自然微動を用いる方法です。
図16 表面波を用いた探査法(林・秋山,2018)
A 表面波の抽出
Aki(1957)は、微動を定常確率過程として取扱い、表面波の分散特性を抽出するための理論を導きました。1990年代に空間自己相関法(Spatial Auto Correlation Method;以下SPAC法,岡田ほか,1990)と呼ぶ表面波の分散曲線(周波数と位相速度の関係)の抽出方法を実用化しました。
岡田ほか(1990)は、SPAC法では円周点の観測が最小3点で、表面波の分散特性を抽出できることを証明しました。
図17 SPAC法の地震計配置(林・秋山,2018)
B チェ−ンアレー探査
SPAC法の微動計配置は、円形正三角形アレーが基本ですが、図18に示したように半円形アレーに置き換えることができます。半円形アレーを応用すれば、円形正三角形アレーを線状配列することが可能となります。
図18 チェ−ンアレー(半円形アレー)(林・秋山,2018)
表面波の分散曲線(周波数−位相速度)の波長は、その波長の1/2(〜1/6)の深度の情報を反映しています。分散曲線の周波数軸を深度に換算すれば、位相速度の2次元分布が得られます(図19)。
図19 分散曲線と位相速度構造(林・秋山,2018)
C 探査方法
記録装置は、写真2に示したように、8チャンネル、サンプリング周波数100Hz以上、記録時間120分以上です。微動計は上下方向、動電型(速度型)、固有周期1秒以上です。チェ−ンアレー探査の地震計の配列を図20に示します。三角形の辺長は、測線1で5m、測線2で4mとしました。
写真2 微動計と記録装置,測定状況(林・秋山,2018)
図20 地震計配置(林・秋山,2018)
11.2 探査結果 チェーンアレー探査測線の位置を図12に示します。測線No.1は岩石なだれ堆積物上流部、測線No.2は大棚沢(丸沢)の湖沼堆積域(堰き止め湖跡)に設置しました。
図21は、No.1測線(岩石なだれ堆積域)の探査結果総括図、図22はNo.2測線(湖沼堆積域)の探査結果総括図です。No.1測線には最下部に500m/s以上の速度層が存在します。浅層と下部層の下部の間は、速度境界の凹凸が認められます。また、速度240m/s以下のゾーンが浅層域に複数存在しています。No.2測線には表層付近に速度230m/s〜300m/sの湖成層が存在し、測線中央の速度15m付近に、速度330m/s程度の低速度と速度450m/s以上のゾーンが認められます。No.1、No.2の測線はいずれも凹凸に富む地下構造を示しており、岩石なだれ堆積物中の巨大礫の存在を示唆するものと考えられます。
図21 No.1測線(岩石なだれ堆積域)探査結果総括図(林・秋山,2018)
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図22 No.2測線(湖沼堆積域)探査結果総括図(林・秋山,2018)
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12.むすび
以上、3年間の砂防学会公募研究会の活動の成果をまとめてみました。中間報告会や砂防学会での口頭発表・ポスター発表の内容をまとめたものです。しかし、共同研究者の間で合意できていない内容も多くあります。本委員会は平成30年(2018)3月で終了しましたが、ドンドコ沢岩石なだれの発生時期・誘因についても未解決の問題が多く残されています。Yamada et al. (2018), 山田ほか(2018)の酸素同位体比を用いた樹木年輪年代測定手法の確立は、今後の高精度編年に大いに役立つものと期待します。他の地域でもこのような研究・調査が進むことを期待します。
現地調査時には、山梨県当局から
「恩賜県有財産への入山許可」、「県営林道使用許可」、「県立南アルプス巨摩自然公園地域内における林道工事施工承認」などに配慮して頂きました。なお、詳細な地形解析に当たっては、国土交通省関東地方整備局富士川砂防事務所が2009年に取得された航空レーザー測量のDEMデータを借用いたしました。これらの機関に厚く御礼申し上げます。
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