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1. はじめに
環太平洋インタープリベント2010(INTERAEVENT 2010, International Symposium in Pacific Rim, Taipei, Taiwan)が平成22年(2010)4月26日~30日に台北市で開催され、 シンポジウムと現地見学会に参加しました。私は、「浅間山天明噴火(1783)による鎌原土石なだれと天明泥流による被害とその後の復興対策」と題して、ポスター発表しました(Inoue,2010;コラム18,19参照)。シンポジウムに参加するため、羽田空港から桃園国際空港についた頃の4月25日14時29分に、台北市北部・基隆市の第二高速公路(国道3号線)で、非常に高速の流れ盤地すべりが発生しました。高速公路は日本の高速道路のことで、片側3車線の立派な高速道路です。写真1の「蘋果日報」2010年4月26日付朝刊のS1,S2面に示すように、高速公路の北行・南行走行路と両側を走る側道のすべてが完全に地すべり岩塊で埋積されてしまいました。この地すべりは非常に高速で、事前予知ができずに発生したため、走行中の自動車3台、4人の乗員が埋積土砂に巻き込まれました。
台湾国軍や警察署、消防局、高速公路局などが懸命な排土作業と救出作業を行っていたため、台北のホテルに着いた頃から、台湾のテレビはこの地すべり災害をトップニュースで連日報道していました。日本ではほとんど報道されていませんが、台湾のマスコミは大々的に報道していました。4月26日から29日の新聞を購入し、インターネットでの関連記事を含めて、収集・整理しました。
写真1 蘋果日報,2010年4月26日朝刊
これらの収集・整理結果については、インタープリベントに一緒に参加した京都大学防災研究所斜面災害研究センターの王功輝准教授と一緒に、地すべり学会誌,47巻4号で報告するとともに(井上・王,2010a)、第2回GIS Landslide 研究集会で口頭発表しました(井上・王,2010a)。その後、2016年1月7日~10日に日本地すべり学会関東支部シニアクラブの有志で行われた台湾の地すべり巡検に参加し、5年ぶりに現地を訪問することができました。本コラムでは、これらの結果をもとに高速公路の地すべり災害とその後の対応について、説明したいと思います。
2. 地すべり災害の経緯
第二高速公路(国道3号線)は、台湾の西側の平野部を縦貫する第一高速公路(国道1号線)のバイパスの高速道路として計画され、この区間は2000年8月に完成しています。写真1の記事では、4月25日14時29分に台北市北部の国道3号線3K+250~3K+475の幅80mの区間で、高速の流れ盤地すべりが発生し、7人が生き埋めになった可能性を指摘しています。「走山」と書かれた新聞記事もありました。
災害発生地点は台北市の東北部であったため、交通止めの影響は比較的狭い範囲でしたが、台北市より南側の区間で発生していたら、極めて重大な影響が出たでしょう。インタープリベントの現地見学会は、4月28日に台北から第二高速公路を南下して無事に行われました。基隆市には台湾でもっとも大きな国際貿易港が存在し、台北市と貿易港を結ぶ第二高速公路(国道3号線)の長期間の交通止めは、大きな社会的混乱を引き起こしました。6月18日付の報道発表資料によれば、65日後の6月19日12時から当該地すべり区間の3車線全線ともスピード制限が撤廃され、大型トラックの通行制限も解除されました。
「国道3号線3.1km地点流れ盤斜面事故災害原因調査及び安全評価特別委員会」(仮称)が設置され、内外の専門家が招集されました。その後、原因究明のための地質調査などが進められました。また、道路法面の補強工事や法面の地すべり変動の監視が継続して行われました。地すべり災害の発生した斜面は、高速道路に直接面した斜面ではなく、並行して走る側道区間で発生したため、初期の斜面の変形が把握できなかったと思われます。
写真2,3の航空写真は、財団法人地工技術研究発展基金会のホームページから引用させて頂きました(http://www.geotech.oeg/ForumContent.aspe)。しかし、これらの記事は現在閲覧できないようです。
写真2は高速公路建設前、写真3は建設後の航空写真で、東側には一般国道の3号線が併行して通っています。高速道路建設時に、尾根型斜面の末端部はかなり大きく切土されました。道路建設に伴う切土による斜面の不安定化を防止するため、10段572本のアンカー工(岩錨と表現)が施工されました。地すべり災害の直後から、このアンカー工の施工・管理についての検討が行われています(交通部國道高速公路局,2010,2011;陳ほか,2010;蘇ほか,2010;林ほか,2010)。
写真2,3 国道建設前後の航空写真 上:建設前,下:建設後
(http://www.geotech.org.tw/ForumContent.aspx)
図1~図4は、中央地質調査所の林錫宏氏から提供して頂きました。図1は、明治31年(1898)に測図した1/2万の地形図です(明治28年(1895)に日本が台湾併合)。当地域の地すべり地形や土地利用の状況などが良く判ります。図2は、1999年測図の二萬五千分之一經建版地形圖(第三版,臺灣百年歷史地圖http://gissrv4.sinica.edu.tw/gis/twhgis.aspx)で、高速公路建設前の1/2.5万地形図を示しています。図1,2には、高速公路の路線位置を示してあります。図3は、1/2.5万環境地質図(経済部中央地質調査所,2008)「八堵」,「基隆市」図幅の一部です。凡例を見ると、落石(Rock fall)、岩屑崩滑(Debris slide)、岩体滑動(Rock slide)、土石流(Debris flow)、扇状地(Debris fan)、悪地(Bad land)、順向坡(Dip slope)が示されており、高速公路の切土斜面との位置関係が良くわかります。図4は、1/5万地質図(1/5 万)(経済部中央地質調査所,2005)「臺北」図幅の一部です。
図2 1999年測図 二萬五千分之一經建版地形圖(第三版)(1:25000,高速道路建設前)
臺灣百年歷史地圖 http://gissrv4.sinica.edu.tw/gis/twhgis.aspx
第二高速公路建設ルートは新第三系の堆積岩からなる標高200m前後の丘陵地で、傾斜10~20度前後の流れ盤構造となっている地区です。今回の地すべり発生個所は、尾根型の地すべり地形が表示されています。この地すべり地付近にはかなり規模の大きな地すべり地形が連続して存在します。図2の1/2.5万地形図によれば、これらの地すべり地形は馬蹄形の凹地形として読み取れます。図3の環境地質図や図4の地質図で確認すると、帯状の砂岩層が存在し、砂岩層の下部に地すべり地形の頭部が並んでおり、緩い単斜構造中(図3では順向坡(Dip slope)と表現)で、いくつもの流れ盤地すべりが発生していたことが判ります。このような地形状況から判断すると、地質学的時間で見れば、この尾根型の順向坡斜面も次第に地すべり変動を起こして、凹地形に変形して行くと思われます。
第二高速公路は、建設時に尾根型の斜面で大規模な切土を行って、片側3車線ずつ、両側に側道1車線ずつの幅で平坦地が造成されました。切土工事は高速公路建設に先立って施工され、地すべり・法面対策として、写真4、5に示したように、10段572本のアンカー工事が施工されました。2010年4月25日の地すべり災害によって、上部5段(すべり面より上で、それまではすべり力に対抗していた)のアンカーは切断され、地すべり岩塊とともに高速で50m以上も大きく移動しました。切土法面が側道に面していたため、高速公局の道路パトロールは行われていません。事前に交通止め対策が取られなかったため、走行中の3台,4人の乗員が移動土砂に埋積し、亡くなりました。事故発生後、多くの重機が投入され、高速公路上の移動土砂はすべて撤去され、押し潰された車両とともに、遺体も発見されました。
10~20度と緩く傾斜した基盤岩の風化岩塊が高速の地すべりを起こしたため、写真6、7に示したように、アンカー鋼材は途中で破断され、長く横たわっていました。鋼材の定着部は基盤岩にきちんと定着されていたようです。図5の大規模地すべりの地質断面図によれば、すべり面より上の地すべり移動岩塊は、深層まで風化しており、褐色に変色してクラックが多く発生していました。このため、高速公路建設以前から不安定化現象が進み、一触即発の状態だったと思われます。しかし、写真8に示したように、すべり面より下部の岩盤にもクラックが入っており、恒久対策を考える上で、検討すべき課題だと思います(今回破断しなかった斜面下部のアンカー工にも影響を与えている)。
図5 大規模地すべりの地質断面図と安定計算式(http://www.geotech.org.tw/ForumContent.aspx)
3. 復旧対策と今後への教訓
この区間の復旧作業はかなり難航し、一時は5月25日に開通させるという発表もありましたが、完全に交通が再開されたのは、47日後の6月1日でした。その間、大型貨物自動車は迂回ルートが指示されました。基隆市には台湾でもっとも大きな国際貿易港が存在し、台北市と港を結ぶ高速公路(国道3号線)の長期間の交通止めは、大きな社会的混乱を引き起こしました。
6月18日の交通部台湾区国道高速公路局のプレス発表資料によれば、65日後の6月19日の12時から、当該地すべり区間の3車線全線ともスピード制限が撤廃され、大型トラックの通行制限も解除されました。
本災害については、日本では一部のブログなどで知ることができる程度で、マスコミでは1社が1回だけ短く報道しただけでした。2009年8月11日の駿河湾沖の地震(M6.5)による東名高速道路の盛土法面崩落災害に比べると、取り上げ方の差異に驚きます。台湾の災害であっても、もっと関心を払うべき地すべり災害だと思います。台湾と同じ環太平洋造山帯に位置する日本でも起こりうる地すべり災害だからです。
以下に、今回の地すべり災害の問題点を整理してみました。
4.日本地すべり学会関東支部シニアクラブの6年後の台湾地すべり巡検報告
日本地すべり学会関東支部シニアクラブ(2016)では、表1に示したように、1999年9月21日の921大地震(集集大地震)および2009年8月7日~9日にかけて襲来した台風8号(莫拉克(モーラコット)台風)により発生した大規模地すべり崩壊地を主な視察対象として、2016年1月7日~10日に台湾地すべり巡検を行いました。参加者は、土屋智元地すべり学会長(静岡大学農学部)を団長として、井上公夫、井口隆(防災科学技術研究所)、上野将司(応用地質)、神原規也(エイト日本技術開発)、小俣新重郎(日本工営)、中筋章人(国際航業)、山崎孝成(国土防災技術)の8人です。 現地案内は、1月7日~9日は台中市在住の王文能博士、10日は台湾経済部中央地質調査所の林錫宏氏に案内して頂きました。また、9日の現地には、国立成功大学の蔡元融博士と李威霖氏が同行されました。写真8、9は王文能博士から提供して頂いた台湾地すべり巡検箇所の現地写真です。詳しい巡検報告は、地すべり学会誌,53巻2号,p.40-42.をご覧ください。
表1 日本地すべり学会関東支部シニアクラブの台湾地すべり巡検実績工程表
写真8 台湾地すべり巡検の現地写真①(王文能氏提供)
写真9 台湾地すべり巡検の現地写真②(王文能氏提供)
2016年1月10日は、2010年のインタープリベントでは、現地に行けなかった高速公路流れ盤地すべりの現地視察をお願いし、中央地質調査所の林錫宏氏に案内して頂きました。この際、流れ盤地すべりの地質解析結果が掲載された地質調査所2010年発行の「地質」第29卷第2期を全員に頂きました。現地は台北市のホテルから専用バスで、30分で到着しました。
現場の反対側法面から地層の傾斜と同じ14度に切り直した復旧斜面を視察し、近くの露頭で地すべり移動層となった新第三紀の砂岩泥岩互層を見学しました。林様の案内がなければ、現地に行くことや地質状況を観察することは出来ませんでした。写真10~13は、台湾地すべり巡検時に井上が撮影した写真です。
写真10 高速公路の遠方からの全景
写真11 地層傾斜に併せて切り直された道路法面
写真12 側道から見る切り直された道路法面
写真13 アンカー工の頭部工
写真14 復旧工事中 2010年4月27日
写真15 復旧工事中 2010年5月06日
写真16 復旧工事中 2010年9月07日
写真17 復旧工事中 2011年9月05日
5.むすび
高速公路局では、当該地区だけでなく、第二高速公路全路線で、32箇所の危険個所の再点検調査と対策工の検討を進めています。今回のような高速道路の地すべり災害は、同じ環太平洋造山帯に位置する日本でも起こりうる災害だと思います。台湾当局が実施している詳細調査の結果と工事の結果を注意深く見守って行きたいと思います。特に、日本においても高速道路に直接面していない側道などの斜面の監視方法を再検討すべきだと思います。災害から6年後の2016年1月10日に、日本地すべり学会関東支部シニア会で現地視察できたことは、大変参考になりました。
最後に、本コラムの執筆にあたり、写真や図の掲載を許可して頂いた新聞社、ならびに財団法人地工技術研究会発展基金会に御礼申し上げます。現地案内して頂いた王文能博士や林錫宏氏などの関係各位に御礼申し上げます。また、インターネット情報を提供して頂いた㈱ダイヤコンサルタントの高橋透技術顧問に御礼申し上げます。
台湾経済部中央地質調査所の林錫宏氏から以下の文献のデータを頂きました。
環太平洋インタープリベント2010(INTERAEVENT 2010, International Symposium in Pacific Rim, Taipei, Taiwan)が平成22年(2010)4月26日~30日に台北市で開催され、 シンポジウムと現地見学会に参加しました。私は、「浅間山天明噴火(1783)による鎌原土石なだれと天明泥流による被害とその後の復興対策」と題して、ポスター発表しました(Inoue,2010;コラム18,19参照)。シンポジウムに参加するため、羽田空港から桃園国際空港についた頃の4月25日14時29分に、台北市北部・基隆市の第二高速公路(国道3号線)で、非常に高速の流れ盤地すべりが発生しました。高速公路は日本の高速道路のことで、片側3車線の立派な高速道路です。写真1の「蘋果日報」2010年4月26日付朝刊のS1,S2面に示すように、高速公路の北行・南行走行路と両側を走る側道のすべてが完全に地すべり岩塊で埋積されてしまいました。この地すべりは非常に高速で、事前予知ができずに発生したため、走行中の自動車3台、4人の乗員が埋積土砂に巻き込まれました。
台湾国軍や警察署、消防局、高速公路局などが懸命な排土作業と救出作業を行っていたため、台北のホテルに着いた頃から、台湾のテレビはこの地すべり災害をトップニュースで連日報道していました。日本ではほとんど報道されていませんが、台湾のマスコミは大々的に報道していました。4月26日から29日の新聞を購入し、インターネットでの関連記事を含めて、収集・整理しました。
写真1 蘋果日報,2010年4月26日朝刊
これらの収集・整理結果については、インタープリベントに一緒に参加した京都大学防災研究所斜面災害研究センターの王功輝准教授と一緒に、地すべり学会誌,47巻4号で報告するとともに(井上・王,2010a)、第2回GIS Landslide 研究集会で口頭発表しました(井上・王,2010a)。その後、2016年1月7日~10日に日本地すべり学会関東支部シニアクラブの有志で行われた台湾の地すべり巡検に参加し、5年ぶりに現地を訪問することができました。本コラムでは、これらの結果をもとに高速公路の地すべり災害とその後の対応について、説明したいと思います。
2. 地すべり災害の経緯
第二高速公路(国道3号線)は、台湾の西側の平野部を縦貫する第一高速公路(国道1号線)のバイパスの高速道路として計画され、この区間は2000年8月に完成しています。写真1の記事では、4月25日14時29分に台北市北部の国道3号線3K+250~3K+475の幅80mの区間で、高速の流れ盤地すべりが発生し、7人が生き埋めになった可能性を指摘しています。「走山」と書かれた新聞記事もありました。
災害発生地点は台北市の東北部であったため、交通止めの影響は比較的狭い範囲でしたが、台北市より南側の区間で発生していたら、極めて重大な影響が出たでしょう。インタープリベントの現地見学会は、4月28日に台北から第二高速公路を南下して無事に行われました。基隆市には台湾でもっとも大きな国際貿易港が存在し、台北市と貿易港を結ぶ第二高速公路(国道3号線)の長期間の交通止めは、大きな社会的混乱を引き起こしました。6月18日付の報道発表資料によれば、65日後の6月19日12時から当該地すべり区間の3車線全線ともスピード制限が撤廃され、大型トラックの通行制限も解除されました。
「国道3号線3.1km地点流れ盤斜面事故災害原因調査及び安全評価特別委員会」(仮称)が設置され、内外の専門家が招集されました。その後、原因究明のための地質調査などが進められました。また、道路法面の補強工事や法面の地すべり変動の監視が継続して行われました。地すべり災害の発生した斜面は、高速道路に直接面した斜面ではなく、並行して走る側道区間で発生したため、初期の斜面の変形が把握できなかったと思われます。
写真2,3の航空写真は、財団法人地工技術研究発展基金会のホームページから引用させて頂きました(http://www.geotech.oeg/ForumContent.aspe)。しかし、これらの記事は現在閲覧できないようです。
写真2は高速公路建設前、写真3は建設後の航空写真で、東側には一般国道の3号線が併行して通っています。高速道路建設時に、尾根型斜面の末端部はかなり大きく切土されました。道路建設に伴う切土による斜面の不安定化を防止するため、10段572本のアンカー工(岩錨と表現)が施工されました。地すべり災害の直後から、このアンカー工の施工・管理についての検討が行われています(交通部國道高速公路局,2010,2011;陳ほか,2010;蘇ほか,2010;林ほか,2010)。
写真2,3 国道建設前後の航空写真 上:建設前,下:建設後
(http://www.geotech.org.tw/ForumContent.aspx)
図1~図4は、中央地質調査所の林錫宏氏から提供して頂きました。図1は、明治31年(1898)に測図した1/2万の地形図です(明治28年(1895)に日本が台湾併合)。当地域の地すべり地形や土地利用の状況などが良く判ります。図2は、1999年測図の二萬五千分之一經建版地形圖(第三版,臺灣百年歷史地圖http://gissrv4.sinica.edu.tw/gis/twhgis.aspx)で、高速公路建設前の1/2.5万地形図を示しています。図1,2には、高速公路の路線位置を示してあります。図3は、1/2.5万環境地質図(経済部中央地質調査所,2008)「八堵」,「基隆市」図幅の一部です。凡例を見ると、落石(Rock fall)、岩屑崩滑(Debris slide)、岩体滑動(Rock slide)、土石流(Debris flow)、扇状地(Debris fan)、悪地(Bad land)、順向坡(Dip slope)が示されており、高速公路の切土斜面との位置関係が良くわかります。図4は、1/5万地質図(1/5 万)(経済部中央地質調査所,2005)「臺北」図幅の一部です。
図2 1999年測図 二萬五千分之一經建版地形圖(第三版)(1:25000,高速道路建設前)
臺灣百年歷史地圖 http://gissrv4.sinica.edu.tw/gis/twhgis.aspx
第二高速公路建設ルートは新第三系の堆積岩からなる標高200m前後の丘陵地で、傾斜10~20度前後の流れ盤構造となっている地区です。今回の地すべり発生個所は、尾根型の地すべり地形が表示されています。この地すべり地付近にはかなり規模の大きな地すべり地形が連続して存在します。図2の1/2.5万地形図によれば、これらの地すべり地形は馬蹄形の凹地形として読み取れます。図3の環境地質図や図4の地質図で確認すると、帯状の砂岩層が存在し、砂岩層の下部に地すべり地形の頭部が並んでおり、緩い単斜構造中(図3では順向坡(Dip slope)と表現)で、いくつもの流れ盤地すべりが発生していたことが判ります。このような地形状況から判断すると、地質学的時間で見れば、この尾根型の順向坡斜面も次第に地すべり変動を起こして、凹地形に変形して行くと思われます。
第二高速公路は、建設時に尾根型の斜面で大規模な切土を行って、片側3車線ずつ、両側に側道1車線ずつの幅で平坦地が造成されました。切土工事は高速公路建設に先立って施工され、地すべり・法面対策として、写真4、5に示したように、10段572本のアンカー工事が施工されました。2010年4月25日の地すべり災害によって、上部5段(すべり面より上で、それまではすべり力に対抗していた)のアンカーは切断され、地すべり岩塊とともに高速で50m以上も大きく移動しました。切土法面が側道に面していたため、高速公局の道路パトロールは行われていません。事前に交通止め対策が取られなかったため、走行中の3台,4人の乗員が移動土砂に埋積し、亡くなりました。事故発生後、多くの重機が投入され、高速公路上の移動土砂はすべて撤去され、押し潰された車両とともに、遺体も発見されました。
写真4 移動岩塊を除去作業中(4月27日) | 写真5 高速公路建設前に施工されたアンカー工 |
写真6 移動岩塊と不動岩盤(ワイヤーが見える) | 写真7 定着したアンカー工と破断したワイヤー |
(http://www.geotech.org.tw/ForumContent.aspx) |
10~20度と緩く傾斜した基盤岩の風化岩塊が高速の地すべりを起こしたため、写真6、7に示したように、アンカー鋼材は途中で破断され、長く横たわっていました。鋼材の定着部は基盤岩にきちんと定着されていたようです。図5の大規模地すべりの地質断面図によれば、すべり面より上の地すべり移動岩塊は、深層まで風化しており、褐色に変色してクラックが多く発生していました。このため、高速公路建設以前から不安定化現象が進み、一触即発の状態だったと思われます。しかし、写真8に示したように、すべり面より下部の岩盤にもクラックが入っており、恒久対策を考える上で、検討すべき課題だと思います(今回破断しなかった斜面下部のアンカー工にも影響を与えている)。
図5 大規模地すべりの地質断面図と安定計算式(http://www.geotech.org.tw/ForumContent.aspx)
3. 復旧対策と今後への教訓
この区間の復旧作業はかなり難航し、一時は5月25日に開通させるという発表もありましたが、完全に交通が再開されたのは、47日後の6月1日でした。その間、大型貨物自動車は迂回ルートが指示されました。基隆市には台湾でもっとも大きな国際貿易港が存在し、台北市と港を結ぶ高速公路(国道3号線)の長期間の交通止めは、大きな社会的混乱を引き起こしました。
6月18日の交通部台湾区国道高速公路局のプレス発表資料によれば、65日後の6月19日の12時から、当該地すべり区間の3車線全線ともスピード制限が撤廃され、大型トラックの通行制限も解除されました。
本災害については、日本では一部のブログなどで知ることができる程度で、マスコミでは1社が1回だけ短く報道しただけでした。2009年8月11日の駿河湾沖の地震(M6.5)による東名高速道路の盛土法面崩落災害に比べると、取り上げ方の差異に驚きます。台湾の災害であっても、もっと関心を払うべき地すべり災害だと思います。台湾と同じ環太平洋造山帯に位置する日本でも起こりうる地すべり災害だからです。
以下に、今回の地すべり災害の問題点を整理してみました。
① 無風・無雨・無地震で発生した。
② 側道法面の地すべりであったため、地すべり変動の兆候に気付かず、事前の交通規制ができなかった。→車3台、4人が生き埋めとなった。
③ 道路建設時に大規模な切土とそれに対応するアンカー工が施工された。→当時のすべり面の推定とアンカー工の計画・設計は妥当であったか。
④ アンカー工の施工方法に問題はなかったか。
⑤ 斜面の地すべり変動監視、アンカー工の荷重測定は定期的に行われていたか。→高速公路に直接面する斜面であれば、上記の変動監視・荷重測定は行われていたであろう。
⑥ 台湾の西側の山麓部を縦断する高速公路(国道3号線)には32箇所の流れ盤地すべりの危険個所が指摘されている。
⑦ これらの危険個所の道路法面台帳にはどのように記載されているのか。法面監視マニュアルではどのように表現されているのか。
4.日本地すべり学会関東支部シニアクラブの6年後の台湾地すべり巡検報告
日本地すべり学会関東支部シニアクラブ(2016)では、表1に示したように、1999年9月21日の921大地震(集集大地震)および2009年8月7日~9日にかけて襲来した台風8号(莫拉克(モーラコット)台風)により発生した大規模地すべり崩壊地を主な視察対象として、2016年1月7日~10日に台湾地すべり巡検を行いました。参加者は、土屋智元地すべり学会長(静岡大学農学部)を団長として、井上公夫、井口隆(防災科学技術研究所)、上野将司(応用地質)、神原規也(エイト日本技術開発)、小俣新重郎(日本工営)、中筋章人(国際航業)、山崎孝成(国土防災技術)の8人です。 現地案内は、1月7日~9日は台中市在住の王文能博士、10日は台湾経済部中央地質調査所の林錫宏氏に案内して頂きました。また、9日の現地には、国立成功大学の蔡元融博士と李威霖氏が同行されました。写真8、9は王文能博士から提供して頂いた台湾地すべり巡検箇所の現地写真です。詳しい巡検報告は、地すべり学会誌,53巻2号,p.40-42.をご覧ください。
表1 日本地すべり学会関東支部シニアクラブの台湾地すべり巡検実績工程表
写真8 台湾地すべり巡検の現地写真①(王文能氏提供)
写真9 台湾地すべり巡検の現地写真②(王文能氏提供)
2016年1月10日は、2010年のインタープリベントでは、現地に行けなかった高速公路流れ盤地すべりの現地視察をお願いし、中央地質調査所の林錫宏氏に案内して頂きました。この際、流れ盤地すべりの地質解析結果が掲載された地質調査所2010年発行の「地質」第29卷第2期を全員に頂きました。現地は台北市のホテルから専用バスで、30分で到着しました。
現場の反対側法面から地層の傾斜と同じ14度に切り直した復旧斜面を視察し、近くの露頭で地すべり移動層となった新第三紀の砂岩泥岩互層を見学しました。林様の案内がなければ、現地に行くことや地質状況を観察することは出来ませんでした。写真10~13は、台湾地すべり巡検時に井上が撮影した写真です。
写真10 高速公路の遠方からの全景
写真11 地層傾斜に併せて切り直された道路法面
(2015年1月10日 井上撮影)
写真12 側道から見る切り直された道路法面
写真13 アンカー工の頭部工
(2015年1月10日 井上撮影)
写真14~17は、台湾経済部中央地質調査所の林錫宏氏から提供して頂いた写真で、災害直後の2010年4月27日、5月6日、9月7日、2011年9月5日に撮影されたものです。これらの写真を見ると、排土工の進捗状況が良く判ります。
写真14 復旧工事中 2010年4月27日
写真15 復旧工事中 2010年5月06日
(台湾経済部中央地質調査所の林錫宏氏提供)
写真16 復旧工事中 2010年9月07日
写真17 復旧工事中 2011年9月05日
(台湾経済部中央地質調査所の林錫宏氏提供)
5.むすび
高速公路局では、当該地区だけでなく、第二高速公路全路線で、32箇所の危険個所の再点検調査と対策工の検討を進めています。今回のような高速道路の地すべり災害は、同じ環太平洋造山帯に位置する日本でも起こりうる災害だと思います。台湾当局が実施している詳細調査の結果と工事の結果を注意深く見守って行きたいと思います。特に、日本においても高速道路に直接面していない側道などの斜面の監視方法を再検討すべきだと思います。災害から6年後の2016年1月10日に、日本地すべり学会関東支部シニア会で現地視察できたことは、大変参考になりました。
最後に、本コラムの執筆にあたり、写真や図の掲載を許可して頂いた新聞社、ならびに財団法人地工技術研究会発展基金会に御礼申し上げます。現地案内して頂いた王文能博士や林錫宏氏などの関係各位に御礼申し上げます。また、インターネット情報を提供して頂いた㈱ダイヤコンサルタントの高橋透技術顧問に御礼申し上げます。
引用・参考文献
Inoue K.(2010) : Debris flows and flood-induced disasters caused by the eruption of Asama Volcano in 1783 and restoration projects thereafter, INTERAEVENT 2010, International Symposium in Pacific Rim, Taipei, Taiwan, Symposium Proceedings, p.187-196.
井上公夫・王功輝(2010a):2010年4月25日の台湾北部基隆市・第二高速公路の高速地すべり災害,地すべり学会誌,47巻4号,p.42-45.
井上公夫・王功輝(2010b):2010年4月25日の台湾北部基隆市・第二高速公路の高速地すべり災害,第2回GIS Landslide 研究集会発表概要集,No.5,p.1-2.
黄艦水(2005):五萬分之一臺灣地質圖及説明書-臺北圖幅(圖幅第26號)
経済部中央地質調査所(2008):1/2.5万環境地質図「八堵」,「基隆市」図幅
蘋果日報(2010):4月26日の新聞朝刊記事,《Apple Daily, Taiwan》
聯合報(2010):4月26日,28日の新聞朝刊記事
経済部中央地質調査所(2005)1/5万地質図「臺北」図幅
黄艦水(2005):五萬分之一臺灣地質圖及説明書-臺北圖幅(圖幅第26號)
財団法人地工技術研究発展基金のホームページ,http://www.geotech.oeg/ForumContent.aspex
臺灣百年歷史地圖 http://gissrv4.sinica.edu.tw/gis/twhgis.aspx 1898年測図 二萬分之一臺灣堡圖(1:20,000),1999年測図 二萬五千分之一經建版地形圖(第三版)(1:25000,高速道路建設前)
日本地すべり学会関東支部シニア会(2016);台湾地すべり巡検報告,学会活動報告Society’s Activities,
地すべり学会誌,53巻2号,p.40-42.
台湾経済部中央地質調査所の林錫宏氏から以下の文献のデータを頂きました。
陳聯光・陳樹群・周憲德(2010):國道3號崩塌事件調查初步探討,社團法人臺灣災害管理學會電子報,
第三期.http://www.dmst.org.tw/e-paper/03/001.html
第三期.http://www.dmst.org.tw/e-paper/03/001.html
交通部國道高速公路局(2011):國道3號3K+100崩塌事件動員救災與復原紀錄,交通部國道高速公路局報告.
https://www.freeway.gov.tw/UserFiles/%E5%8B%95%E5%93%A1%E6%95%91%E7%81%
BD%E8%88%87%E5%BE%A9%E5%8E%9F%E7%B4%80%E9%8C%84(2).pdf
https://www.freeway.gov.tw/UserFiles/%E5%8B%95%E5%93%A1%E6%95%91%E7%81%
BD%E8%88%87%E5%BE%A9%E5%8E%9F%E7%B4%80%E9%8C%84(2).pdf
交通部國道高速公路局(2010):國道3號3.1公里崩塌事件案例,交通部國道高速公路局簡報.
https://www.freeway.gov.tw/UserFiles/990712-%E5%9C%8B%E9%81%933%E8%99%
9F3.1%E5%85%AC%E9%87%8C%E5%B4%A9%E5%A1%8C%E4%BA%8B%E4%BB%B6%
E6%A1%88%E4%BE%8B(%E4%BF%AE).pdf
https://www.freeway.gov.tw/UserFiles/990712-%E5%9C%8B%E9%81%933%E8%99%
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蔡志盈(2018):台62線 2K+750~3K+000 師公格山路段邊坡安全評估及改善工法研析.臺灣公路工程,第44卷第6期,p.2-24.
https://www.thb.gov.tw/FileResource.axd?path=html/doc/%E5%87%BA%E7%89%88%E5%93%81-%E5%8F%B0%E7%81%A3%E5%85%AC%E8%B7%AF%E5%B7%A5%E7%A8%8B/4406WEB.pdf
https://www.thb.gov.tw/FileResource.axd?path=html/doc/%E5%87%BA%E7%89%88%E5%93%81-%E5%8F%B0%E7%81%A3%E5%85%AC%E8%B7%AF%E5%B7%A5%E7%A8%8B/4406WEB.pdf
陳勉銘・魏正岳・費立沅(2010):國道3號順向坡滑動的地質解析,地質,第29卷第2期,p.12-15.
蘇泰維・謝有忠・劉榮斌(2010):國道3號災前災後的地形演變.地質,第29卷第2期,p.16-19.
林錫宏・沈振勝・紀宗吉(2010):國道3號七堵路段順向坡地貌判釋分析,地質,第29卷第2期,p.20-23.
紀宗吉(2010):鑑古知今全臺重大順向坡滑動歷史事件簿,地質,第29卷第2期,p.24-27.
陳勉銘・李彥良・江崇榮(2010):順向坡與非順向坡,地質,第29卷第2期,p.28-29.
郭芳君・楊淑婷・李采樺(2010):線上快速查詢順向坡,地質,第29卷第2期,p.30-33.