私と同じように、と言うか私も彼女と同じように木に興味を持って、と言った方が正確な表現になる女流作家がいた。以前、四方山話で紹介した「崩れ」を書いた幸田文(1904−1990)である。気になりだしたら気になって仕方がない性格そのままに、北海道から屋久島まで気になる木を訪ね歩き、豊かな感性と美しい文章で一冊の本にしてしまった。今回紹介する「木」(新潮文庫)である。そのものずばりのタイトルになっているが、木との対談集と言った趣の本で、木肌を着物の模様に見立てたり兎に角我々凡人とは違う視点で木々を観察し、知性とユーモア溢れる表現で綴られている。そのあたりの行を少し紹介する。
『見ようによっては、ぶちぶち模様の着物はうつくしくもある。すずかけのきなど、美しいと思う。私はこの木の着物を、織物ではなく、染物の美しさだと思う。杉の縞も、松の模様も、いちょうのしぼも、これらは織って出している柄がら模様だが、すずかけは織りの深味がない代わり、染めのおもしろさ、精巧さがある。一度にくるりと剥げるのではなく、小部分宛ずつ、順繰りに剥げるので、色の濃淡が複雑に入り混じるが、数えてみたら、うす茶、もう少し濃いうす茶、みどり、みどりがかった灰色、と四種がまだらになっていた。染めもかなり高級な染といえる。縞さるすべりなどは、全体に赤茶を基調色にした、好もしいむらむら模様で、いい衣装である』
佐伯一美は、本書の解説で『1992年に遺著として出された本書を単行本で読み終わったときに、私はいい文章を読んだ、というよろこびに深々と浸った』と書いているが、全く同感である。お陰で、木に対する関心がより一層高まった、と同時に文章力のなさに愕然としている。そんな私が推薦するのもおこがましいが、お茶を飲みながらの秋の夜長にお勧めの一冊である。 |