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『木々の移ろい』

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   2003年11月07日

 今、兼六園周辺が美しい。桜の季節とともに木々が最も色鮮やかに着飾る季節である。今年の紅葉は9月の猛暑で美しくならない、との情報が流れていたがどうしてどうして赤、黄、茶、緑など多種多様な色が織りなす風景は、日常の悩み事を一時的にも忘れさせてくれるほど美しい。
 6月にデジカメを買い込み植物の写真を撮り始めてから、今まで気にも止めなかった植物の移ろいが気になるようになってきた。特に、春〜夏に出会った木々が冬に向かってどの様な準備をするのか、妻と一緒に歩いていても気になるのは木々の方である。最近では、亭主のそんな“き”を察したのか「これまだ撮ってないよ」、としっかりと助手を務めてくれる。お陰で、二人で歩く機会が増えてきた。
 注意して歩いてみると家の周りには随分と自然が多いことに気が付いた。裏山への散策では何年ぶりかでアケビも堪能できたし、思わぬところにあった椎の木は子供の頃に味わったあの香ばしい味を思い出させてくれた。20分も歩けば、最近では殆ど目にしなくなったカラスウリの鮮やかな黄色の実紫式部の藍色の実も目を楽しませてくれる。食べられたらもっと良いのだが……。 

 会社の近くでは、樹形が美しいアメリカフウが色の七変化を競い合い、白山の麓で食べた美味しい栃餅が思い出される栃の木の大きな葉も色付いてきた。冬支度の始まりである。50余年も生きてきて、今年ほど植物に関心を持ったことはない。子供の頃から山や木々は身近な存在であったし、30代までは毎日のように山の現場に行っていたから関心がなかったわけではないが、当時は食卓に載せることができない“木々の移ろい”よりも酒の摘みになる山菜にフォーカスされていたようだ。硬く引き締まっていた筋肉も緩み、食欲も一時に 比べ細くなり、頭髪も枯れ始める年齢になっ
てようやく、“木々の移ろい”にもフォーカスできる余裕が生まれたのかもしれない。

 
 私と同じように、と言うか私も彼女と同じように木に興味を持って、と言った方が正確な表現になる女流作家がいた。以前、四方山話で紹介した「崩れ」を書いた幸田文(1904−1990)である。気になりだしたら気になって仕方がない性格そのままに、北海道から屋久島まで気になる木を訪ね歩き、豊かな感性と美しい文章で一冊の本にしてしまった。今回紹介する「木」(新潮文庫)である。そのものずばりのタイトルになっているが、木との対談集と言った趣の本で、木肌を着物の模様に見立てたり兎に角我々凡人とは違う視点で木々を観察し、知性とユーモア溢れる表現で綴られている。そのあたりの行を少し紹介する。

 『見ようによっては、ぶちぶち模様の着物はうつくしくもある。すずかけのきなど、美しいと思う。私はこの木の着物を、織物ではなく、染物の美しさだと思う。杉の縞も、松の模様も、いちょうのしぼも、これらは織って出している柄がら模様だが、すずかけは織りの深味がない代わり、染めのおもしろさ、精巧さがある。一度にくるりと剥げるのではなく、小部分宛ずつ、順繰りに剥げるので、色の濃淡が複雑に入り混じるが、数えてみたら、うす茶、もう少し濃いうす茶、みどり、みどりがかった灰色、と四種がまだらになっていた。染めもかなり高級な染といえる。縞さるすべりなどは、全体に赤茶を基調色にした、好もしいむらむら模様で、いい衣装である』

 佐伯一美は、本書の解説で『1992年に遺著として出された本書を単行本で読み終わったときに、私はいい文章を読んだ、というよろこびに深々と浸った』と書いているが、全く同感である。お陰で、木に対する関心がより一層高まった、と同時に文章力のなさに愕然としている。そんな私が推薦するのもおこがましいが、お茶を飲みながらの秋の夜長にお勧めの一冊である。

【文責:知取気亭主人】

『木』
【著者】幸田 文

出版社】:新潮社
【ISBN】:4103077026(1992-06-15出版)
【ページ】:162p (
21cm)
【本体価格】:\1,942(税別)

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