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心の奇形有りませんか

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   2003年10月31日

 私の手元に一冊の写真集がある。餌付けされたニホンザルの奇形を扱った写真家大谷英之の手による「奇形猿は訴える ――人類への警告―― 大谷英之写真記録集」(よつ葉連絡会出版局、昭和52年11月15日)である。ショッキングな写真集である。
 タイトルの通り奇形猿を扱った本であるが、昭和46年高崎山で初めてみた奇形猿の姿が脳裏から離れず翌年から全国の奇形猿を撮り続け本写真集の出版に至った、と「あとがき」で述べている。高崎山では昭和32年に初めて奇形猿が発見されたそうだが、その後日本全国の餌付けされている野猿公園で数多く発見されるようになり、奇形の部位も圧倒的に手足に多く発生していることが分かってきた、と記している。
 本写真集でも、無指や欠指、裂手、裂足、重度のものでは手や足がなかったり膝や肘から先が欠損している猿が被写体になっている。これらの奇形猿は何れも小猿であり(奇形猿は比較的短命らしい)、愛らしい顔の中に漂うどこかもの悲しい表情からは、『おい人間よ! 俺たちをこんな体にしてどうしてくれるんだ!』、と言いたくても言えない“もどかしさ”“憤り”、そして“あきらめ”が切なくも悲しく伝わってくる。澄んだ目でカメラを見ている写真では、正視するのが憚れる。

 餌付けされた野猿の奇形多発は複合汚染と相関が強くいずれ人間にも及ぶだろう、と警告している写真集だが、今回この本を取りあげた意図はそこにはない。写真集の中で被写体となった母ザルの深い愛情を感じ取っていただき、子供を愛情深く育ててほしい、との願いからである。
 人間の社会では見た目の奇形ではなく“心の奇形”が急激に増え、親が子に暴力を振るったり、挙げ句の果ては殺人まで至ってしまう親子間での事件や、幼い子供が巻き込まれる事件が相次いで起こっている。“心の奇形”がなせるワザであろう。本書では外面的な奇形は扱っているが、子ザルを必死で育てようとしている母ザルには“心の奇形”は微塵も感じられない。猿の社会でも親子間の殺戮はあるのかもしれないが、この写真集で撮られている母親猿のナント愛情溢れていることか。胸が締め付けられ、目頭が熱くなる。
少し長くなるが、本書の文章を紹介する。

 『昭和50年8月の蒸し暑い日、私は大分県高崎山で、一組の母子ザルに出会った。
いつも何かを訴えるような目をしたひ弱な子ザルと、それを労り、かばい続けるユンデと呼ばれる母ザルの姿には、何か強く心を惹きつけられるものがあった。
 (中略)
 ──ユンデはそれをじっと見つめ、叱咤し、もう一度自分でお手本を示し、遂には子ザルを背負って、再び崖をかけ登った。
 ところがその途中で、子ザルは母の背中から離れ、崖下に叩きつけられたのである。
 崖の上からユンデは、動かなくなった“わが子”を不思議そうに見下ろしていたが、急いで下にかけ下ると、しっかりと胸に抱きしめ、いとおしそうに頬ずりし、それから子ザルの唇に自分の乳房を含ませたのである。
 しかし、既に息絶えていた子ザルには、乳を吸う術はない。すると、ユンデは自らの口に乳を含み、口うつしで子ザルに乳を飲ませようとした。子ザルの唇の端から、白い筋を引いて乳が流れた。
 (中略)
 ところがユンデは、いつまでもあきらめなかった。二日、三日、五日、七日……子ザルの死体は硬直し、やがて悪臭を放ち、ミイラ化して、部分的に白骨化していった。
人間たちは“彼女”から子ザルの死骸を取りあげようとしたが、ユンデは決して離そうとしなかった。哀しげなまなざしをミイラの“わが子”に注ぎ続け、両手でゆさぶり、そして抱きあげ、何とかして蘇生させようと必死で行動する“彼女”の姿は壮絶だった』

 この場で本書の写真を紹介できないのが残念だが、上記の文章にはミイラ化した“わが子”をじっと見つめ優しく撫でている“彼女”の写真が添えられている。
小さなお子さんを持っている方には是非手にとってもらいたい本である。

【文責:知取気亭主人】

『奇形猿は訴える』-人類への警告・大谷英之写真記録集-
【著者】大谷英之

出版社】:よつ葉連絡会出版会(1977-11出版)
【ページ】:93p (
26cm)
【本体価格】:\1,200(税別)

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