もうすぐクリスマスである。毎年のことで気に止めることでもないが、日本では宗教の壁をいとも簡単に越えてキリスト誕生を祝い、世界で起こっている文明の衝突など無いかの如く平和な一時となる。すぐに乗ってしまう我々大衆にも責任はあるが、商業主義もここまで来れば立派なもので、ケーキを始めとして有りとあらゆる食料が“クリスマス用にどうぞ”と店先に並び胃袋を刺激する。かく言う私も、コレステロールや血糖値を気にしながらも、妻や子供の家族宴会の御相伴に預かることになる。
我が家では有り余る料理、と言うわけには行かないが、クリスマスを含めた年末年始の饗宴では多くの料理が残飯として捨てられている。ご飯粒を粗末にすると目が潰れる、と言われて育った私としては勿体無くて仕方がない。以前、ラジオで「日本で一日に捨てられる食料は、結婚式など宴会の残飯や賞味期限を過ぎたパンや弁当など、平均すると3000万食分になる」と報じていた。俄に信じがたいすごい量だがこれを裏付ける報告がある。
石弘之の「地球環境報告U」(岩波新書)では、『世界一の食品輸入国の日本では、食事の三分の一が残飯となって捨てられている』と日本人の贅沢な廃棄に疑問を投げかけている。同時に、アフリカやインド亜大陸などではネズミや害虫の被害により折角収穫した農作物の10〜40%も失われている、と貧困と飢餓に喘ぐ地域の悲惨さに人類への警鐘を感じ取っている。
石弘之の「地球環境報告U」は、1988年に発行された「地球環境報告」(岩波新書)に続くもので、丁度10年後の1998年に発刊された。両著では、恐るべきスピードで進んでいく地球環境破壊の現実を、写真や図表を交え世界各地の破壊状況として報告している。地球温暖化や森林破壊、動植物の絶滅など日本にいては知ることができない環境破壊の凄まじさは、平和ボケした日本人の歪んだ贅沢さや飽くなき欲求を見直す為のよい教科書になるのではないかと思う。多くの地球環境破壊を取りあげているが、過食・美食好きの日本人には耳が痛い食糧問題についても鋭い視点で論じている。
石は前著「地球環境報告」の中で、「世界の食糧問題の現状は、よくこんな風にたとえられる。一つのバスケットには小麦が溢れ返っていてその処理に困り、もう一つのバスケットは空っぽでどこから手に入れてよいものやら思案に暮れている」と食糧問題をとても分かりやすく説明をしている。お分かりのことと思うが、処理に困っているのはアメリカを始めとする先進農業国であり、空っぽなのはアフリカ、アジア、中南米の発展途上国である。
発展途上国では、人口の都市への集中、土地を持たない貧困農民の存在(バングラデシュでは農民の54%が土地を持っていない)、土地の乾燥化、土壌の流出など、諸々の環境変化が食糧危機へと拍車を掛けている。一方で、これら食糧危機と直面する国々が農産物を輸出している、と言う捻れた現実もある。その捻れ現象を、「植民地時代から引きずっている特定の商品作物に頼るモノカルチャーにその原因は求められ、発展途上国の農業が遅れているのは食糧生産であって、商品作物の生産や技術では先進国と肩を並べる場合も少なくない」と石は分析している。また最近、コーヒーの欧米企業による買い叩きが問題となっているが、コーヒーの他にもココアや砂糖あるいはゴムなど発展途上国の一次産品の価格は長期低迷が続き、生産者には厳しい生活が強いられている現状が報告されている。そこには、植民地時代そのままの強者と弱者の図式が見て取れる。それは農業戦争へと形を変え、これでもかと弱者を痛めつけている。
発展途上国では飢餓が深刻なのに、農業先進国では余剰穀物は飼料に回されている現状に、強者のエゴを感じるのは私だけではないだろう。1カロリー分の牛肉をつくるために8カロリー、鶏肉1カロリーでは3カロリー、豚肉では4カロリーの穀物が必要で、余剰穀物が安く入ってくるとそれまで持続されていた自国の農業生産システムが破壊される、と指摘している。これは日本でも身近な問題として、よく耳にする。
このような捻れ現象は、いずれどこかで振り戻しが有るはずだ。それは、とりもなおさず地球が一つだからで、発展途上国の問題は全地球人が背負わなければならない問題であることを、早く多くの人が気づき対策をとる必要がある。
前著の「あとがき」の中で、地球環境問題の核心を衝いたボランティアの次のような声を紹介している。「アフリカは『宇宙船地球号』の船底に開いた穴だ。船底では三等船室客が必死に水を掻い出しているのに、一等船室客の方は無関心。船が沈むときは一緒なのに」。この穴の最大のものは急激な森林破壊であり、食糧問題を始め、発展途上国の抱える多くの問題が緑の喪失と切っても切れない関係にある、と石は指摘している。
穴は早く修復しないと、本当に沈没してしまう。地球はもはや穴だらけで修復の先送りはできない現実を、本書から読み取っていただきたい。 |