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9月1日の夜、長野県と群馬県の県境にある浅間山が噴火した。本格的な噴火は、1983年以来21年ぶりとのことだ。実際には噴火前から火山活動は活発化していたようで、読売新聞によれば、噴火の3週間ほど前に埼玉県在住のフリー
カメラマンが「火映(かえい)」と呼ばれる現象を捉えていたらしい(火映:火口が高温になると、噴煙や雲に熱が反射されて赤く見える現象)。エネルギーは随分前から蓄えられていたのだろう。
一方、東京大学地震研究所の発表によれば、今回の噴火は火口にたまったガスが爆発したのではなく、地中から新たに噴き上がってきたマグマ活動で生じた可能性が高いそうだ。もしそうだとすると、再噴火の恐れや活動の長期化も懸念される。今回の噴火そのものは、全島避難を余儀なくされた三宅島に比べればそれほど大きな規模ではないが、それでも周辺地域では心配される火山灰の影響が出ており、山麓地域特産のキャベツが被害を受けている。また、付近には軽井沢など、保養地、観光地も多く、観光産業への影響も取り沙汰されている。伊豆半島地震や伊東での海底噴火の例を見ても、観光客の足が遠のくことによる地元産業への打撃は計り知れないものがある。いずれにしても、古今東西を問わず、噴火が人間に多大な被害を与えてきたことを考えると、今後の火山活動が心配だ。
浅間山は、これまでも数多くの噴火を繰り返している。中でも、多数の村人が犠牲になった溶岩流「鬼押出し」を発生させたことで知られる天明の大噴火(1783年、天明3年)が特に有名だ。1981年の夏に行われた発掘調査では、観音堂への石段の最下部から、折り重なった二人の人骨が見つかり、当時話題になったこともある。観音堂の高台にたどり着き助かった人達がいた一方で、高台の間近まで逃げていながら溶岩流の犠牲になった二人のニュースは、200年以上前のこととはいえ、噴火の凄まじさを物語ってあまりある。20代の頃、「鬼押出し溶岩」を見に行ったことがあるが、そのスケールの大きさに圧倒された覚えがある。やはり、自然の力は人間の想像を超えている。
また、天明といえば「天明の大飢饉」も良く知られている史実で、昔習った日本史では、当時絶大な権力を握っていた老中田沼意次が失脚する遠因となったのが、確か天明の大飢饉であったと記憶している。この天明の大飢饉の原因が、「日本から遠く離れたアイスランドで起きた大噴火と、浅間山の大噴火にある」という説を展開している本がある。上前淳一郎の「複合大噴火」(文春文庫)である。
アイスランドは、地理的にはマグマの活動が活発なホットスポットである。ギャオと呼ばれる大地の裂け目があることでも有名で、ヘクラ山を始め数多くの活火山がある。その活火山の一つラキ山が大爆発を起こしたのは、浅間山大噴火の僅か20日ほど前、1783年6月初めであった。本のタイトルは、この二つの噴火によって噴き上げられた火山灰が、その後世界各地にもたらした異常気象の原因だったのではないか、という思いから付けられている。当時の世界は、今年日本で皆さんが経験した熱波や、冷夏、干ばつ、あるいは豪雨などの異常気象に襲われ、農作物が壊滅的な被害を被ったとある。その結果、ヨーロッパではパンの値段が高騰し、パリではパンをめぐる暴動に発展している。これを発端にして、フランス革命へと続いていくことになる。この辺りの展開は、高校時代に習った世界史の世界に引き戻されるようで、何となく心地良い。
著者は、「あとがき」の中で本書を評して、「歴史小説でもなく、気候学でもない。ノンフィクションというには異端にすぎ、エッセイだと思ってもらうのが有り難い」と書いているが、私は「災害歴史小説」という新しいジャンルではないかと思っている。数多くの地誌や資料から明らかにされる200年前の世界の惨状が、現実のことのように描写されている文章は、読み応えがある。また、同じ「あとがき」の中に書かれている「噴煙指数:DVI」((Dust
Veil Index)にも大いに興味をそそられる。
DVIは、1500年から1960年代までの主要な火山噴火を、それぞれの噴火による煙や灰、さらには塵が地球の大気にどのように影響を与えたかを数値で表したもので、基準を1000としている。最大の噴火は1815年のタラボラ山(インドネシア)の3000で、浅間山の天明の大噴火は600と意外に小さい。しかし、ラキ山の噴火は2300と浅間山の凡そ4倍の規模があり、本のタイトルのように二つの噴火を「複合大噴火」と捉えれば、2900と最大の噴火と肩を並べるほどの影響を与えたことになる。やはり、当時の人達に革命を起こすほどの影響を与えたことは、間違いなさそうだ。
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