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先日、甥の結婚式に参加した。なにやら100年前の結婚式を再現するとかで準備に大わらわだったようだが、当時の農家をリフォームしたという会場の雰囲気も落ち着いていて、なかなか良い嗜好の結婚式だった。再現された当時の結婚式は濃い親戚だけのこぢんまりしたものだったが、主だった出席者の衣装は必然的に男女とも和服、当然私も羽織袴姿である。不思議なもので羽織袴を身につけるとシャンと背筋が伸び、侍になった気分になる。左手がなんとなく腰の辺りに伸び手持ち無沙汰を確認すると、たまらなく刀を差したい衝動にかられてしまう。この歳になってもまだ、子供の頃楽しんだチャンバラごっこの余韻が残っているようである。
主人公の新郎新婦は人力車に揺られ実家の周辺を顔見せに一回りし、いざ会場に向け出発である。会場まではかなりの距離があったので残念ながらそのまま人力車での移動というわけには行かなかったが、式場となった古い民家が建つ田舎の道1キロメートル程を再び人力車に揺られ、地元の人たちの祝福を受けながらの会場到着となった。ビル街を走るのと違って田舎道の人力車は本当に絵になる。しかも和服姿の新郎新婦、中でも花嫁の角隠し姿は日本の原風景を見ているようで、ほのぼのとした幸せを感じさせてくれる。
幸せを感じたのだが、少し残念なこともある。人力車を見て妻と二人で『俺たちも乗せてもらって写真を撮ってもらおうぜ!』と二人だけで決めていたのだが、せっかくのチャンスを逸してしまったのだ。「白髪と皺をパソコンで修正すれば25年前の新郎新婦に早変わりできるぞ!」と密かな企てにほくそ笑んでいたのだが、車夫のおじさんを捜しているうちに式が始まりとうとう実現できないことになってしまった。やはり、写真写りだけでも若返らせようという無理難題は神様も聞いてくれないものだ。そんなことを思いながら、朗々としたすばらしい高砂や古式に則った結婚式の第一幕を楽しんでいた。
私の大好きな飲み物をいただきほろ酔い気分になったとき、囲炉裏以外に暖房施設のない古い家屋なのに少しも寒くないのに気がついた。静岡県の遠州地方では、例年12月に入ると「遠州の空っ風」と呼ばれる冷たい北風が吹いて、かなり寒さを感じるのにちっとも寒くないのだ。確かに朝から暖かな日ではあったが、第一幕が終わり第二幕の準備中に家屋の外壁に吊してある温度計を見て驚いた。日陰なのに22度もあるではないか。これでは寒くないはずだ。冬に訪れる春のような暖かな日を「小春日和」というが、22度はもう小春ではない。あと3度高くなって25度になれば立派な「夏日」である。日差しも強く日なたでは暑いくらいだ。今年は暖冬の長期予報が出されているが、22度に「暖」の字は失礼だろう。使うとすれば「暑」か「熱」が似合っている。「小春日和」に代わる言葉も必要だと思わせるほどの陽気だ。全国ニュースでも、例年より49日も早く梅の開花が報じられた。新郎新婦の熱々ぶりに会場周辺の気温が急上昇したことも一因かもしれないが、それにしても9月下旬〜10月上旬の残暑を思わせる暑さだ。これも地球温暖化の影響だろう。何とか止めなければいけないが、今後はこのような日和が確実に増えてくるのだろう。
そこで、気象庁に提言する「25度前後まで上がる冬の日をどう呼んだら良いか」についていろいろと考えてみた。小を大に代えて「大春日和」などはいかがだろうか。『だいはるびより』と読んでも『おおはるびより』と読んでも響きが悪い。では、春を夏に代えて「小夏日和」はどうだろうか。小夏は何となく小料理屋にありそうな名前だが、『こなつびより』は響きも良い。「今後ズーッと使っていく用語であるから響きが良いものがよい」ということで、「小夏日和」を新たな気象用語として提言したい。新たな気象用語になるためには、まず市民権を得ることが必要だと考えている。そこで、四方山話の読者の皆さんに是非「小夏日和」を使っていただくことをお願いしたい。異常気象が原因ではあまりうれしくもないが、2年後ぐらいに俳句の季語になっていれば良いなと姑息なことも考えている。いずれにしても、今は確か夏でも春でもなく冬だったはずだ。そんなことを再確認しなければならないほど今年の冬は暖かい。
今一度「小夏日和」の普及を皆さんにお願いして今回の終わりとするが、台風や地震など暗いニュースに終始した感がある今年だけに、年の最後になって幸せを感じさせてくれた甥夫婦に感謝したい。 |