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時々、「あの人はまるで生きた化石だ!」とか、「まるでシーラカンスだね」と揶揄される人がいる。若いころは私もいっていた方だが、最近はどうやらいわれる側に近づきつつあるようだ。「イヤイヤ、知取気亭さんのその考え方・行動は、もう既に立派な化石状態ですよ」との声が聞こえてきそうだが、都合の悪いことは極めて聞こえにくい耳になってきたお陰で私にはまだ届いていない。中学時代に化石採取を楽しんできたことも幸いしているのか、大変有り難いことに(?)、面の皮が厚くなると同時に鼓膜も厚くなってきたようだ。
ところで、このように人に対してはあまり良い意味で使われない「化石」だが、学術的には生物の進化や遠い過去の地球環境を類推させてくれる大変貴重で有益な資料である。また、色々な化石が生育していた当時の地球環境の変遷を読み解くことにより、過去に起こった地球規模の気候変動を把握することができ、将来の気候変動類推にも大きく貢献している。中でも今まで発見されたことのない新種の発見は、これまで謎とされてきた各種生物の起源を解き明かすのに役立つことが多い。その大変貴重な新種の化石、しかもこれまでの説を覆すかもしれない化石が、いさぼうの故郷“石川県”で発見された。
今月(7月)始めにテレビや新聞で全国報道されたので知っておられると思うが、ヘビの起源を解き明かすことになりそうな画期的な化石である。発見場所は、富士山、立山と共に日本三霊山として知られた白山、その麓に位置する白峰村である。付近一帯には、恐竜の化石を産出することで有名な中生代の地層「手取層群」が広く分布しており、今回の珍しい化石も同層群の中の1億3千万年前の地層で発見されている。想像図をお見せできないのが残念だが、発見されたのは胴が長くて足が短い爬虫類の化石で、ヘビ類の仲間のドリコサウルスの新種らしい。しかも、ドリコサウルス類では世界最古の可能性があるとのことだ(桑島化石壁産出化石調査団発表)。報道によれば、ヘビの起源をめぐってはこれまで「水中説」と「陸上説」が論争を繰り広げてきたが、今回の発見で「陸上説」が有力になるのではないかと見ている。手取層群からは、陸上で活動していた恐竜の足跡化石や多くの動物化石、植物化石が発見されているが、これらの動植物が生育していた環境から類推するに、今回発見されたドリコサウルスも当然陸上で活動していたと考えられるわけである。
敵の攻撃から身を守るために、身をくねらせ短い足を必死に動かしながら移動していくドリコサウルスの姿を想像すると、彼には申し訳ないがなんとなくユーモラスな感じがする。しかし、その背後には彼を狙うハンターが今まさに……。
たった一つの発見報道から、そこまでタイムスリップできるなんて、化石には不思議な魅力がある。
そんな化石が持つ魅惑の世界に我々を誘ってくれる本がある。サイモン・コンウェイ・モリスの「カンブリア紀の怪物たち
進化はなぜ大爆発したか」(松井孝典監訳、講談社現代新書)である。カンブリア紀は、古生代最古で5億5千万年前〜4億8千5百万年前の地質時代である。この時代は、本書でも書かれているが「カンブリア紀の大爆発」と表現されるほど、多様な生物が地球上に出現した時代である。地球上に出現したといっても、ずっと後になって出現する前述のドリコサウルスを始めとする恐竜たちは陸上でわが世の春を謳歌したが、著者があえて怪物たちと表現した「カンブリア紀の生物」の活躍の場は水中であった。逆にいえば、陸上は未だ生物が生育する環境になかった時代、生物が陸上に現れる前の時代ともいえる。
本書の口絵には、色鮮やかな奇怪な形をした生物が、生き生きと描かれている。中でも、古生代の化石の代表選手である「三葉虫」を今まさに捕食しようとしている「アノマロカリス」の絵は、怪獣映画そのままの世界である。ここまで何故分かるのだろうと、不思議になる。その謎を解き明かしてくれたのが、バージェス頁岩の発見であった。
通常は、内臓のような柔らかい組織は腐敗してしまい、硬い骨格のみが化石として残る。皆さんご存知のとおり恐竜の化石なども、骨格のみで皮膚すらも化石として残っていない。ところが、カナダに露出するバージェス頁岩は、この常識を覆し「骨格のない軟体動物や動物の輪郭ばかりでなく、時には腸や筋肉のような内部組織までもはっきりと眼にすることができる」と著者は記している。地質学者にとっては、奇跡としか言い様のないこのすばらしい贈り物「バージェス頁岩」の発掘によって、5億年前の世界がありありと再現できる訳である。前述した「アノマロカリスvs三葉虫」の想像図も、第3章の扉絵に示された「噛まれた跡がある三葉虫の化石」が、根拠となっている。つまり、口絵に見られる世界は、想像とはいえ決して空想ではなく、極めて実際に近い世界を再現している。
実際、本書の中で紹介している化石の数々は、我々が目にすることができる多種多様な生物をもってしても、その形たるや奇抜さで勝るものばかりである。数多く掲載されているこれらの絵や写真を見ているだけでも、想像力をかき立てられる。大変楽しい本である。
熱帯夜で寝苦しい夜には、現実離れした5億年前の水中の世界にタイムスリップするのも一考だと思うが如何だろうか。 |