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4、5年前から私の周りでは、奇怪な会話が急増している。特に40代後半過ぎの熟年仲間が集まると、それはより顕著になる。何を言いたいのか喋っている本人しか分からない“あれ”とか“ほら”とか“えーと”といった極めて抽象的で「言語明瞭意味不明な言葉」が飛び交い、終いには痺れを切らして“ほら、あれだよあれ!”と自分が思い出せないのを棚に上げ、相手の想像力に下駄を預けてしまう。本人の意識では決して痴呆になったわけでもないのに(そうであってほしい!)、言葉が出てこない。
家庭のなかでも増加傾向にあるが、我が家の場合幸運にも5割近くの確率で意志が通じる。このことがかえって、言葉が出てこない現象に拍車を掛けているのかもしれないのだが、思い出そうとする努力は、相手の「またなの!」の含み笑いと共に発せられる想像力豊かな言葉に“そう、それそれ”と思わず相打ちをうってしまい、途中で頓挫することになる。私の理論によれば、この頓挫により脳の皺がまた一つ寂しく消えていくことになる。やはり、何事も最後までやり遂げることが重要なのだ。
一方、会社のなか、特に年金受給資格年齢に残り20年を切った仲間との会話ではこうは行かない。何しろ相手も私と同じ症状を既に発症しているのだ。お互いに“あれ”とか“あれって何だ”といった記号のような言葉のやりとりで、一向に話しが前に進まない。思い出そうと努力はするのだが、なかなか報われない。ところが埒が明かない話題を諦め、全く違うことをやり始め10分も20分も経った頃、奇妙にしかも突然、びっくり箱が開いたように思い出す。その感激たるや経験した人でないと分からないだろうが、のどに刺さった小骨がとれたようにスッキリとした気分になり、意気揚々と相手に連絡することになる。
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『さっきの“あれ”は△△△だったよ!』
『あっ! そうか、それそれ!』
相手も、納得である。 |

見事に咲いたボケの花 |
どうやら老化現象が静かに、しかも確実に進行しているらしい。誰も認めたくはないのだが、奇妙きてれつな会話を聞いている若い連中には確信を与えているに違いない。「かなり老化現象は進んでいるな」と。「いずれ君らもそうなるのだ!」と負け惜しみを言ってみても、言いたい単語が思い出せない現象が治るわけではない。特に人の名前や日常使わない単語が、突然思い出せなくなる。そして何かの拍子に、思い出す。そう、びっくり箱を開いたように、ポンと浮かんでくるのだ。この思い出す間隔が少しずつ長くなっていき、やがて踏み入りたくない領域に入っていくのだろうか。10年後、20年後が不安である。自分の老化度合いが分からないと余計に不安に成る。諦めなければいけないのか、はたまた希望が持てるのか、そこが肝心なのだ。
そこで、私と同じように既に発症していて不安を抱いている仲間のために、誰しも訪れるこういった老化の進み具合を誰でも分かる尺度で判断する方法をお教えしよう。信頼できる筋からの情報である。
老化度1:「名前を忘れる」
老化度2:「顔を忘れる」
老化度3:「ジッパーを上げ忘れる」
老化度4:「ジッパーを下げ忘れる」
如何だろうか。因みに私は、時々老化度3の現象をおこしてしまう。
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