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四方山話も今回で100話目となり、記念すべき節目の回数となった。2003年6月13日に第1話を配信してから足掛け3年、もうすぐ丸2年が過ぎる。「光陰矢のごとし」とはよく言ったもので、月日の経つのは本当に早い。しかも、50代半ばでの2年だ。第1話の頃に比べて、「あれ」とか「ほら」とか「えーと」といった抽象的な言葉がより身近になってきた。記憶力がだいぶ怪しくなってきているのだ。「頭を使っている(と思っている)のだから、右脳だか左脳だか知らないけれど脳が刺激されて記憶力はきっと蘇る」、と思っていたのに一向にその気配はない。かえって抽象的な言葉の利用頻度は増し、遅筆にも益々磨きが掛かってきてしまっている。
そういった衰えに抗いながら続けた100話だ。我ながら良く続いているものだと感心している。飽き性のこの私が1回も欠かすことなく週1話のペースを守ってこられたとは、正直驚きである。古田選手の2,000本安打や清原選手の500号本塁打に比べればとるに足らない記録ではあるが、「書くのはやめて飲もうぜ!」や「1回位やめても大丈夫!
寝てしまえ!」等と叫ぶ誘惑との戦いは、結構しんどいものだ。何せ自他共に認める“のんべえ”なのだ。
ただ“しんどい”といっても、「拙文を読んで下さる“いさぼう会員”皆様のことを最優先に考え、執筆するためには酒はもってのほか」という考えは申し訳ないけれど頭をよぎることもなく、薄らいだ記憶をたどれば誘惑には意外と素直なことが多い。そういえば、今もほろ酔い気分だ。よくよく考えてみると、誘惑とトコトン闘った記憶があまりない。“しんどい”と思ったのは睡魔との闘いのほうで、酒の誘惑には心ならずも(?)素直に従って、飲みながら書くこともちょくちょくしているような、毎回しているような……。
どうやら、続けてこられた要因は他にありそうだ。「テーマを自由勝手に決められること」だとか、「教科書検定のように検閲を受けることもないこと」だとかが、拙文ながら続けてこられた大きな要因なのだろう。とにかく自分が好きなようにテーマを決め、気ままに書くことができるのだから意外と楽なのかもしれない。ということで、今回も私の大好きな話題を提供して第100話記念号にしたい。勿論酒の話だ。
K大学のT教授からある本を紹介された。なんと酒の本だ。前もってお断りしておくが、教授の専門分野は発酵学でも化学でもない。ましてや日本酒学でも酩酊学でもない。何故先生が「知取気亭は酒好きだ」ということを知っているかは別にして、とにかく酒の本を紹介してくれたのだ。しかも、私がインターネットで取り寄せてまでして飲んだ“常きげん”(石川県にある鹿野酒造の酒)の杜氏(とうじ)農口尚彦(のぐち・なおひこ)氏の本だ。正に私のためにあるような本で、勿論すぐに買った。
農口氏が語った「酒(日本酒)造りへの思い」や「うまい酒を造るための工夫や苦労」、さらには「酒造りのイロハ」を口述筆記した本だ。本のタイトルは「魂の酒」(ポプラ社)という。題名もいいが、内容がこれまた私の心を酔わせてくれたすばらしい本なのだ。
農口氏自身が語るところの履歴書によれば、氏は“能登杜氏”で有名な石川県能登半島の生まれの72歳、55年間日本酒一筋に関わってこられた人だ。麹(こうじ)係見習いから総責任者の杜氏まで、永年の経験に裏打ちされた言葉だけに一言一言に重みがあり読むものを飽きさせない。
本を読んではじめて知ったのだが、杜氏はオーケストラにおける指揮者に似ていて、各パート奏者(各工程)が最高の演奏(出来映え)になるように細心の注意を払いながら、全パート(全工程)を束ねていかねばならない。どのパート一つでも不出来だと、ハーモニーがとれず演奏全体が台無しになってしまう。日本酒造りもこれと全く同じで、精米から出荷までのどの工程をとっても失敗は許されない。そうやって、杜氏を頂点とする酒造り職人の技の結晶が、あの日本酒となって我々に届けられる。本のタイトルにあるように、正に魂が込められた酒なのだ。あだおろそかには飲めなくなってしまった。ましてや、酒の味が分からなくなるまで泥酔することは職人達に失礼だ。そんな“私には不似合いな誓い”を肝に命じさせてしまうほど、日本酒造りは真剣勝負そのものだ。
農口氏によれば“杜氏一代酒屋一代”というらしい。一人の杜氏が造る味は次の人に味を渡せない。つまり、「あの蔵の酒がうまい」と言うよりも、「あの杜氏が造る酒はうまい」と言った方が当を得ていることになる。しかも、同じ杜氏が造っても毎年同じ酒ができるわけではない。千変万化なのだそうだ。原料となる米も、水も、麹も、そして管理される温度も湿度も日本酒の味に大きく影響する。本当に奥が深いのだ。この本は、その奥の深い日本酒造りに読者を誘ってくれるばかりでなく、その道を極めるためには“一所懸命”や“探求心”がどれほど大切かを再認識させてくれる。ビジネス本としても一読の価値があり、のんべえを自認する人は勿論、下戸の人にもお薦めの本だ。
ところで、影響を受けやすい私は、読後“にわか日本酒伝道師”なってしまった。ことある毎にうんちくを傾けている。今回も言いたくてうずうずしているのだが、うんちくを傾けるには残り紙面が少ない。のんべえの戯言は次回に譲るとして、最後に数ある中でどんな日本酒がうまいかだけをお伝えしておこう。
酒好きには山廃仕込の純米酒が一番だ。女性には吟醸酒がフルーティーで飲みやすい。こんなことを書いていたら、喉がゴクリと鳴ってしまった。ぐい飲みもちらつくようになってきた。舌なめずりまで出るようになってはおしまいだ。ウ〜ム100話目の乾杯が待ち遠しい! |