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季節を分ける日が過ぎて暦の上では春になった。しかし、気温は一向に上がらず、少し前に我が家の近くにある紅梅がちらほらと咲き始めそこまで来ていたと思っていた春の気配も、寒気団の嵐に吹き飛ばされてしまったようだ。すでに鹿児島からは菜の花の便りも聞かれるというのに、金沢では春の足音は一向に聞こえてこない。「冬来たりなば春遠からじ」とは言うけれど、雪国の春はいま少しのんびり構えているようだ。きっと足も遅いのだ。
春がのんびり屋さんで足が遅いことのほかに、春の息吹が感じられない原因が私自身にあるのかもしれない。実は、これまで毎年やってきていたのに今年に限り我が家にいる鬼を外に出すのを忘れてしまったのだ。歳の数だけ食べると良いとされる大豆を数えるのがイヤで中止したわけではない。ましてや、我が家でいつもやっている鬼の役がイヤだとか、豆をぶつけられ外に逃げるのが惨めでやめたわけでもない。忙しさにかまけて単に忘れただけだ。ただ正直に言うと、たまには福の神の役もやってみたいことはやってみたいのだが……。だって我が家の相方はいつも山ノ神……。いずれにしても、豆まきの儀式をやり忘れたおかげで古い鬼がいまだに居座り、きっと春が来るのを拒んでいるのだ。
もうひとつ巻き寿司を食べなかったことも影響しているかもしれない。恵方(えほう※)に向かって巻き寿司をパクリと食べると、幸運を呼び込むというアレである。(※、広辞苑によれば「古くは正月の神の来臨する方角。のちに暦術が入って、その年の歳徳神(としとくしん)のいる方角」とある)
最近では節分間近になると、マーケットの弁当コーナーやコンビニエンスストアーには「今年の恵方は西南西です。幸せを呼び込む巻き寿司をどうぞ」といった広告が、「これでもか!」といった風情で飾られている。特にここ2、3年で全国に広まったようだが、子供の頃には聞いた事も無い風習で、なにやら商売上手な関西人の手練手管に躍らされているような気がしてこれまでやったことがない。その心の狭さが災いしたのか、パクリとやれば春の女神がそっと微笑み、足早に来てくれたかもしれないのに残念なことをしてしまった。
それにしても、ずいぶんといろいろなレシピの巻き寿司が登場しているようで、我が家の近くにあるパン屋さんには、ソーセージをパンの生地で巻き、さらにその上に海苔を巻いた“巻き寿司”ならぬ“海苔巻きパン”も登場している。本当に商魂たくましい。
商魂たくましいといえば、2月14日には“巻き寿司”に代わって“チョコレート”が華々しく店頭を飾ることになる。私のように「プレゼントしてくれる女性は、きっと私に気があるのだ。まだまだ捨てたものではないな」と素直に思い込む男性にとっては、一年にたった一回の悩めるひと時の到来だ。もっとも、最近では我が家の女性陣がプレゼントしてくれる?チョコのみと、やや寂しい当日を送ることが多くなってきているのだけれど……。
バレンタインデーのいわれは諸説あるようだが、女性から男性にチョコレートを送る習慣は日本だけらしい。インターネットからの情報によれば、本家本元の西洋では「女性から男性に送るだけとは限らず、男女双方が思いを寄せる相手にカードを送り、合わせてチョコレートや花などの贈り物をする」のが一般的らしい。ましてや、ホワイトデーなるものは、日本だけの風習とある。多くの人が仏教や神教を信心しているのであろう日本の国においては、聖バレンタインが処刑された日にちなんでこの風習があることなど関係なく、チョコレート業界や流通業界の戦略に乗せられて、一年に2度も美味しいイベントを楽しまされているのだ。もとい、楽しんでいるのだ。
「本命チョコであろうが義理チョコであろうが、あるいは処理に困った余りチョコであろうが、はたまた誘惑チョコであろうが、使い方はとやかく申しません。私どもといたしましては、買って下さるお客様が神様です」と言う業界幹部の顔が満面笑みになる日でもある。
ところで先ほどの“巻き寿司”は、「恵方を向いて食べると幸運を呼び込む」と言われているが、バレンタインのチョコレートはどちらを向いて食べてもらうと、送った女性の願いがかなうのだろうか。聖バレンタインが住んでいたローマの方角、日本から言えば西の方角なのだろうか。義理チョコや余りチョコの男性にはどっちを向いて食べてもらっても気にするところではないが、本命チョコを送った女性にとっては大いに気になるところである。
いまだチョコレート業界や流通業界にも発表していないが、私の秘かな研究を読者にだけお教えする。もし女性の読者がいたら、この方角を向いて食べてほしい旨を書き添えてプレゼントすると思いが叶うこと請け合いである。是非お試しあれ。
実はその方角とは、鹿児島の方角である。暖かい季節になると北は北海道から南は九州まで動き回るため、その方角を特定することは難しいが、今の時期は鹿児島である。聖書と十字架をバットとボールに持ち替えた仮の姿の聖バレンタインが、チームの幸せを呼び込むために彼の地で仲間と共に汗を流しているのである。 |