|
先日、所要で静岡県の掛川市に出張した。秋晴れの爽やかな天候であったことや、時間的な自由度が高いということもあり、車で移動することとした。金沢で乗った北陸自動車道を太平洋側に向け走り、滋賀県の米原にて東名・名神高速道路に乗り換える片道約360km、順調に行けば4〜5時間のドライブだ。走りなれていることもあり「運転はさほど苦にならない」と思っていたのだが、神様は勤勉実直(?)なこの私にこともあろうにとんでもない試練を科してくれた。確かに行きは何事もなく至極順調に運転できた。ところが、思いも寄らぬ災難が帰り道に待っていたのだ。
17時頃、掛川インターから東名に乗った。車の流れも順調で30分も走った頃には浜名湖サービスエリアを過ぎた。「東名三好インター付近で3kmの渋滞」との情報はあったが、まだまだ流れは順調だった。ところが今になって考えてみると、既にその時から気まぐれな神様のいたずらが始まっていたのだ。
浜名湖サービスエリアを過ぎた付近で、突然、本当に突然、以前のほろ苦い経験が脳裏によみがえってきた。それは、親戚の法事に家内と出席した数年前の帰り道のことだ。今回と同じ東名・名神高速道路、そして同じような時間帯に、思い出してもおぞましい体験をした。
夕暮れの東名を運転しながら二人でしんみりと故人の思い出話をしていると、なにやら背中が痒くなって来た。暫く体をモゾモゾ動かして背もたれで掻くようにしていたのだが、痒みは増していくばかりだ。どうにもこうにも我慢ができなくなり、パーキングに車を止め家内に体を見てもらった。
『何!これ!』、服をまくり背中を見せたとたんに驚きの声を上げた。
『体中ボコボコじゃない』
『ボコボコじゃないってお前、ア!ホントだ。腹もだ!』
『きっとジンマシンよ!』
『ジンマシンなんて今までなったことなんてないぞ』
『そう言っても、きっとジンマシンよ』
そうこうしているうちに赤味がかった水ぶくれのような腫れ物は、瞬く間に全身に広がっていった。それと共に、痒みは益々激しくなっていく。襲いくる痒みに耐え、苦痛に体をよじりながら原因を考えてみたが、どうも法事で食べたサバにあたったようだ。
勿論、「痒み止め」などという気の利くものは持っていない。かといって痒みを抑える術もない。「もうやけくそだ!このまま痒いに任せて運転を続行するしかない」ということで、兎に角一刻も早く金沢に帰ることにした。
「幸いなことに」と言おうか「不幸なことに」と言おうか、強烈な痒みのおかげで全く眠くならない。眠くはないのだが、金沢に着くまでの3時間が永かったこと。まるで拷問されながら運転しているようだ。「ウー」と呻きながら全身の痒みに耐え、ハンドルを硬く握り締めたまま必死の形相で運転している様は異様だったに違いない。
兎に角、左様なまでに痒い。金沢に着き、大学病院の夜間受付に直行した。家内の見立てのとおりジンマシンとの診断だ。「このままではとても眠れない」と心配していたが、驚いたことに注射一本で嘘のように痒みがなくなり、永かった痒みとの戦いがやっと終わった。
そんな思い出が突然よみがえってきたのだ。『そうだったな!あの時は本当に痒かったな』と、思い出に浸っていると眠気が襲ってきた。急いで携帯していた水を飲んだ。水はガムと共に私にとって眠気予防の特効薬だ。「今回は1リットルのペットボトルを持ってきたから万全だ」と安心していたのだが、これが思いもよらぬ落とし穴となってしまう。神様のそんな筋書きは露も知らず運転していると、徐々に雲行きが怪しくなってきた。
交通情報の通り東名三好付近で渋滞に巻き込まれた。渋滞といっても自然渋滞の為かノロノロとではあるが動いている。ところが、こんな状態が一番眠くなるのだ。眠くなるたびに少しずつ水を飲んだ。「渋滞3km、所要時間10分」と表示されていたが、結局30分も掛かってしまった。神様のたくらみに違いない。
渋滞をやっと抜け、やれやれと思った矢先に、今度は「小牧付近で事故による渋滞がある」と言う。しかも丁度帰宅時間と重なって、名古屋付近は交通量が多く流れが悪い。走行車線も追い越し車線も大量の車で車線変更もままならぬまま、春日井インター付近でとうとう2度目の渋滞に引っ掛かってしまった。
動かない。数メートル走っては止まり、暫く経つとまた数メートル走る。この繰り返しだ。そして、また睡魔が襲ってきた。そろそろいたずら好きの神様が本性をあらわし始めているのだが、純朴な私はまだ気が付かない。小牧ジャンクション(中央自動車道への分岐点)を過ぎる頃には1リットルのペットボトルの殆どを飲んでいた。『オッ!随分飲んだな』と思った瞬間、神様がニコッと微笑んだ。と、突然オシッコがしたくなってきた。先ほどまでは何ともなかったのに。
皆さんも経験があると思うが、一旦尿意を催し、しかも不幸なことにそれを我慢しなければならない状況に陥ると、不思議なもので益々したくなる。正にその状況だ。高速道路ではコンビニに飛び込むわけにも行かない。しかも、山の中ではないので路側帯に留めて“ちょっと失礼”とやる勇気も場所もない。
いやなことは重なるもので、この苦痛から解放される最も近い場所、尾張一宮パーキングは「交通情報による事故現場」の先だ。この様子だと後どれくらい掛かるか分からない。だんだん焦ってきた。しかも我慢の限界が、車の渋滞をよそにスピードを上げて迫ってくる。『まだ大丈夫だ! もう少しもつ』と言い聞かせながら少しでも早く前に進もうと車線変更をしても、こういうときに限って却って遅くなってしまう。必死に別のことを考えようとするが、もう既に思考能力はない。耐えるのみだ。
渋滞に引っかかりかれこれ1時間近くたった頃、とうとう脂汗が滲み始めた。『もう我慢の限界だ』とビニール袋を探し始めたとき、事故現場が目に飛び込んできた。事故を起こした当事者には申し訳ないが、回転灯が照らし出すその光景はまるでバラの園だ。嬉しかった!『バンザイ!』だ。
ただ、「ビニール袋のお世話になる」という初めての経験を逃したのが、チョッピリ残念ではあるのだが。 |