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爽やかな季節になってきた。冬枯れしていた野山も新緑の季節を迎え、コブシ、山桜と山を賑わしてくれた春告げ花の役目も終わり新緑がまばゆいばかりに輝きだした。私の田舎、お茶所静岡では新芽の絨毯が美しい。丁度5月上旬の今頃になるとお茶摘みの季節が到来し、小・中学校の授業中にほのかに漂ってきた“新茶を蒸むすあの香しい匂い”が懐かしく思い出される。茶所ではない方々には「あの香ばしい……」と書かれてもどんな匂いか想像もできないだろうが、新茶を煎れた時の匂いをもっと強くした匂いと思っていただきたい。お届けできないのが残念だが、私の大好きな匂いのひとつだ。
静岡(遠州地方だけかもしれない)には、新茶の頃の若葉の様子を言い表した静岡ならではの方言がある。今住んでいる金沢では残念ながら外国語と同じ扱いになってしまうが、「みるい」という表現だ。お茶を生産している従兄弟の話によれば、お茶のみる芽(くるくると巻いている開く前の葉を指す)から発展した言葉だそうだ。「みずみずしくて柔らかいさま、若々しいさま」を表しているが、お茶に限らず今の季節の若葉には本当にぴったりくる。「若葉の様子を言い表すこれ以上の日本語はない」と内心思っている。
その“みるい若葉”を背景に、気持ちよさそうに風に吹かれて泳ぐ色鮮やかな一団がある。鯉のぼりだ。昔はそこかしこで見られた風景だが、今では土地に余裕のあるお宅か、田舎でしかお目にかかれない。しかも比較的住宅事情の良い金沢でも、マンションやアパートのベランダに飾られたミニセットの鯉のぼりを時々目にすることができるが、辺りにはばかることなく泳ぐ優雅な鯉のぼりを見るためには郊外に出ないといけなくなってきた。こんな地方都市からも春の風物詩がまた1つ消えようとしている。寂しい限りだ。ところが一方で、四国の仁淀川に代表されるように何百という鯉のぼりを泳がせているところもある。テレビで見たことがあるがまことに壮大な眺めで、まさに鯉の滝登りそのものだ。写真は田舎の近くで飾られていたもので仁淀川の大集団には及びもつかないが、やはり集団で泳ぐさまは見ていても楽しくなってしまう。 |