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『生態系を守れ!』

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   2005年09月28日

 9月24日、「赤ちゃんを運ぶ」、「幸せを運ぶ」と言われるコウノトリが兵庫県豊岡市で放鳥された。1965年から人工繁殖に取り組んできた40年に及ぶ行政や地元農家、さらには支援企業の理解と努力の結晶だ。わずか5羽の試験放鳥だが、言い伝えのとおり沢山の赤ちゃんを運んでくることに期待をしたい。9月30日には、別の4羽が放鳥される予定で、3年前から豊岡市に住み着いている野生のオス「ハチゴロー」とのお見合いも実現するという(9月23日、朝日新聞朝刊)。今回の試みには、同じように日本の空に再びその羽ばたきを夢見ている「トキ」の関係者も大いに期待しているに違いない。まさに日本国民の夢と期待を担った放鳥だ。
 コウノトリは本来渡り鳥であるが日本に留まる個体も多く、国の特別天然記念物に指定されている鳥で、羽を広げると2mにもなる。1971年豊岡市内で保護された一羽が死に、日本国内の野生のコウノトリが絶滅した。以来、ロシアから譲り受けたつがいをもとに、再び豊岡市の田んぼに飛翔させる日を夢見て飼育を続け、現在何とか118羽まで増やすことが出来たそうだ。苦労して育てたうちの選りすぐりの5羽が試験放鳥されたわけだ。
 ドジョウやカエルなど水田に生息する生物を餌にするコウノトリは、「苗を踏む」と言われて害鳥扱いされた時期もあったようだ(9月21日、朝日新聞朝刊)。そのためか乱獲され、営巣地となる松林の伐採などもあって絶滅への道を一直線に進んでしまった。また、水田や湿地を主な餌場とするため農薬の影響を受けやすく、戦後急速に普及した農薬の大量撒布も絶滅へ拍車をかけることとなってしまった。人間の営みの犠牲になったわけだ。

 人間は愚かな動物で、結果が出てはじめて事の重大さに気付く。予兆を感じ取るセンサーの感度が極めて鈍いのだ。鋭い人もたまにはいるが、そんな人の多くは変人扱いされ、結果が明らかになるまで異端児呼ばわりされてしまう。そうやって人間の営みが優先され、多くの動植物が地球上から姿を消してしまった。日本のコウノトリやトキもそうだ。個体数が減り、餌となるドジョウやカエルが水田から姿を消したことの重大さにもっと早く気がつけば、絶滅までは至らなかったかもしれない。
 残念ながら一部の専門家を除き、我々人間は「生態系が崩れることが人間にとってどれだけ多くの危険を孕んでいるか」などということに注意を払うことなくこれまで過ごしてきた。今でも多くの人は、「小さな虫や魚がいなくなったとしても人間には大した影響はない」と考えている。最近のペットブームの影で進んでいる「外来種による日本固有種絶滅の危機」もその一つの表れだ。

 琵琶湖でピラニアが見つかったニュースにビックリした人も多いだろう。また、今年の夏は「サソリ」、「ニシキヘビ」、「イグアナ」、「ブタ」など変わった落し物や迷子が話題を集めた。これらの多くは、ペットとして飼われ、そして捨てられたものが多い。それらが日本国内で繁殖すると、日本の固有種を駆逐し生態系が崩れてしまう恐れがある。
 日本のような島国の生態系は、大陸と陸続きでない為、島が誕生してから永い年月をかけ独自の生態系に進化してきた。小さな動植物から大型の哺乳類まで、絶妙なバランスの上に成り立った生態系の中には、その島の気候風土に合うように進化を遂げた固有の動植物が多い。これらの動植物は、まさに自然が創り上げた生物センサーなのだ。
 生物センサーは自らが衰退・絶滅することによって環境の変化を真っ先に察知して、人間に警鐘を鳴らしてくれる。人間にとっては何にも代えがたい指標植物であり指標動物なのだ。ところが、外来種によってこの生態系が崩れると、頼りのセンサーがなくなってしまう。
 「セイヨウタンポポ」や「ブラックバス」などに代表される外来種は、環境適応能力に優れていたり外敵がいないことが多いため、日本固有種よりもはるかに生命力が強くセンサーとしての感度が鈍い。多少の環境変化では衰退・絶滅することは滅多にないのだ。したがって、日本の固有種であれば敏感であった“日本における環境変化”に対する反応が鈍くなり、気付きが遅れてしまう恐れがある。それでなくても人間のセンサーは鈍い。その上「生物センサーの感度も鈍い」となれば、安全弁の働きをする装置がないのに等しい。
 つまり、生態系を崩すということは、神様が与えてくれた「生物セキュリティーシステム」の崩壊を意味するのだ。しかも、一旦崩壊したものを元に戻すには、多くの時間と沢山の人の努力が必要だ。今回の放鳥がそれを物語っている。
 コウノトリの取り組みは画期的なものだが、保護に取り組み始めてから40年が経ってやっと試験放鳥が始まったところだ。本格的な野生復帰には、100年単位の地道な取り組みが必要だろう。しかも、ここに至るには行政や地元の人たちの並々ならぬ努力と協力があって、ようやく今回の放鳥に至っている。生態系を崩すということはそういうことなのだ。

 勿論自然環境をこれ以上壊すことは許されない。がそれ以上に、「興味がなくなったから捨てる」という個人的なエゴで生態系を崩すことは厳に慎むべきだ。レイチェル・カーソンが40年ほど前(1962年)に、「環境破壊がこのまま進めば、やがて命の息吹を感じる春は巡ってこなくなる」(沈黙の春、新潮文庫)と警告したことが、“静に”しかし“確実に”進行している。そして、自分の損得に照らし合わせて物事の善し悪しを判断する人間の身勝手な行動が、それに拍車をかけている。どこかで懲りないとダメな動物らしい。
 ただその一方で、「人間も捨てたモノではない」との思いもある。コウノトリ放鳥は、「敏感なセンサーを持ち合わせた人々の地道な努力によって少しずつ生物センサー回復の運動が広まり、必ず生物セキュリティーシステムは修復される」、そんな期待を抱かせる明るいニュースであった。

【文責:知取気亭主人】

 アオサギ(コウノトリ目サギ科)

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