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「いさぼう」のふるさと金沢に珍しい神社がある。名を波自加弥(はじかみ)神社といい、全国で唯一、ショウガやワサビなど香辛料の神様を祭る神社だ。全国には一風変わった御神体を頂く神社があることは時々耳にするが、香辛料の神様を祭っている神社はこれまで聞いた事がない。珍しい神社があるものだ。この神社で先日の6月15日、年に一度の「はじかみ大祭(別称ショウガ祭り)」が開かれ、その様子を写した写真が新聞に載った(北陸中日新聞、6月16日朝刊)。三方に盛られた沢山のショウガを神前に供え無病息災を願う宮司たちの様子は、神様には申し訳ないがどことなく微笑ましい。
新聞によれば、名前の「はじかみ」はショウガの古い呼び名だとある。奈良時代に雨乞いのお礼にショウガを供えたのが由来で、ショウガの古称「はじかみ」の名を持つようになったようだ。確かに、広辞苑によれば「はじかみ」は「ショウガ、またサンショウの古称」と説明されている。そう言えば今でも日本料理にはその名残があって、料理屋で焼き魚に添えて出される甘酢に漬けて赤くした細長いショウガを「はじかみ」と呼んでいる。これまで気にも止めなかったが意外と古い呼び名が残っているものだ。この甘酢漬けのショウガの呼び名に関しては、「端っこだけを食べるからその名がついた」という説もあるようだが、古い名前にやや分があるような気がする。ただ、ひょっとすると古い名前の由来そのものが「端っこだけを……」ということもありうるかなと、思ってみたりもしている。
ショウガは薬味の王様で、若い頃大好きだった“豚肉のショウガ焼き”に始まっておなじみの“すし屋のガリ”、千切りにして“漬物”に添えたり、摺り下ろして“鯵や鰯の刺身”に、“そうめん”に、“冷奴”にとなんにでも合う。煮魚の匂い消しにも良く使われる。“焼き飯”や“焼きソバ”に添えられる紅ショウガの千切りも、量は僅かだがその存在をしっかりと主張していて名脇役ぶりを発揮している。私の大好きな“イカの生ゲソ(手?足?)”もワサビよりおろしたショウガとの相性が抜群だ。控えめながらあの爽やかな匂いといい、ピリッとした辛味といい、匂いを消し食欲をそそるその効能は、薬味の王様と呼ぶにふさわしい。
ショウガはこれから旬を迎えるが、食する時期によって「根ショウガ(ひねショウガとも呼ぶ)」、「新ショウガ」、「葉ショウガ」の三種類に呼び名が変わる。広辞苑によれば、「根ショウガ」は「ひねショウガに同じ」とされ、「地中または室に放置して古くなったショウガの根茎」と説明されている。辛味が強く煮物や炒め物の薬味としてよく使われるやつだ。ほぼ一年中出回っている。
「新ショウガ」は、根ショウガの上の部分に出来た新しい根でこれからが旬だ。食欲をそそる若々しい香りと程良い辛みは、刺身の薬味やそうめんや冷奴など夏の食材にぴったりだ。新ショウガで堪能できるみずみずしい歯ざわりも、旬が過ぎて根ショウガになると頑固者のオヤジ宜しく筋っぽくなってしまう。
「葉ショウガ」は「棒ショウガ」とも呼ばれていて、新ショウガが延び始め2〜3pになったもので、焼き魚に添えられる甘酢漬けの「はじかみ」がこれだ。
人間に例えれば、葉ショウガは幼年期、新ショウガは青壮年期、根ショウガは老年期となる。大層に聞こえるが3つの年代に例えたのは実は大したことではなく、新ショウガを青年期あるいは壮年期とせずに“青壮年期”としたことが重要な意味を持つ。金沢に住んでいるからこそ、「青壮年期としなければならない」と気が付いたのだ。
私の田舎の静岡で新ショウガと言えば、味噌をつけて生のまま“カリ”と食べられるほどの若々しいものを指す。食材の旨味がそのまんま口に広がり、食べ方は至極単純だがビールのつまみとして最高だ。関東や静岡以外の東海地方でも多分同じ食べ方を楽しんでいると思う。四方山話の第98話で紹介した「みるい」という言葉がぴったり来るみずみずしさで、辛味もさほど強くなく筋っぽくもない。爽やかな匂いもピリッとした程良い辛味も食感も、正に絶品なのだ。
ところが、残念なことに金沢ではそれが手に入らない。「新ショウガ」と名前を付けて売られてはいるが、味噌を付けて生で食べるにはトウが立ち過ぎているのだ。田舎で食べるものに比べると収穫時期がやや遅いため、辛味も増して筋も際立ってきてしまっている。正に壮年期の頑固さそのものだ。これで“青壮年期”とした訳が分かっていただけたと思う。
それにしてもあの絶品の「旬のつまみ」を味わえないとは、人生の楽しみの半分を知らないのと同じだ。枝豆と新ショウガ、これが揃ってこそ人生を満喫できるというものだ。 |