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私が何をしたわけでもない。ただ愚直に仕事を愛し、家族を愛し、酒を愛してきただけなのに、誰がこんな仕打ちをしたのだろう。オリンピックの成功を祝う祝宴で悪酔いした「バッカス」のいたずらか? それとも八百万(やおよろず)の神々が与え賜う試練なのか? 一人ベッドで横たわっていると、あまり良いことは考えない。
12月24日、外の世界ではクリスマスイヴで盛り上がっているのだろうにお尻が痛い。下ネタで申し訳ないが、正確には仙骨と肛門の辺りが痛い。つい2時間前に受けた病理検査のせいだ。
ことの始まりは、8月に受けた人間ドックにある。“尿の勢い”と“あちらの衰え”が気になり前立腺癌を発見できるという「血液検査(PSA検査)」を受けた。その結果、『PSA値がやや高いので、もう一度来院して下さい』というあまり聞きたくも無い連絡が、こともあろうに自宅と会社に入った。「2箇所に連絡が来るとは余程重態か」と心配になり、8月の終わりに再診に行った。触診で前立腺を診た先生曰く、『肥大はしていませんね。そうしましたら、11月の終わりごろにもう一度血液検査をして数値が増えていたら、生検(病理検査)をしましょう』。あっという間に11月がきて、2度目の検査となった。その結果、果たせるかな数値が増えていたのである。生検は早めにするに越したことはなく1泊2日の検査入院で済むからということで、翌日が休みの24日検査を断行することにした。
心の準備をしておくようにとの配慮からか、「前立腺生検を受けられる方へのご案内」や「検査承諾書」など「たかが1泊2日の検査入院にご大層な」と思わせるほどの書類をもらった。それらには、検査時の姿勢や仙骨麻酔で足がしびれるため車椅子で病室に帰ること、肛門から超音波の器具と針を入れ前立腺に穿刺(せんし)して組織を採取すること(通常8箇所)などが書かれている。十分心の準備をしていったつもりなのだが、検査時間が近づくにつれ120ほどだった血圧は140を超えるようになってきた。そしてついに手術室をかねた検査室へと向かった。そこまでは、思い描いていたとおりの進行だったのだが、ここから筋書きを曲げた不届き者がいるのだ。
仙骨への麻酔注射は、骨と骨の間にするのだがこれが入らない。骨が頑固なせいか昔仙骨を痛めたときの後遺症なのか、いずれにしても麻酔薬が入らないのだ。3回も4回も“ブス”、“ブス”と試すのだが入らない。刺された痛みと『ウーン、入らないな!』という医者の独り言を聞くたびに血圧は上がり160を超えた。そのうち『知取気亭さん、無理しないでやりますね!』との問いかけに『ハイ、そうして下さい』と無意識に答えたものの、やがて「無理しない」の意味が私の想像とはかけ離れていたことに気が付くことになる。なんと、麻酔がまったく効かないまま超音波の器具を挿入し、組織を採り始めたのだ。彼の言った「無理しない」は「仙骨麻酔は無理にしません」という意味で、私が期待していた「組織の採取は無理にしません」ということではなかったのだ。
痛みに耐えながら採取回数を指折り数え、『今血圧どれくらいですか』と看護婦に聞くと190だと言う。『痛いですね!痛いですね!』と同情はしてくれるのだが、どうしても力が入ってしまう。本来なら知らないで済んだであろう痛みも運悪く経験してしまったが、人間の血圧が如何に変動しやすいものか実感させられた貴重な体験となった。
さて、何とか8箇所の採取が終わりベッドから降りることとなった。看護婦は「ふらふらしますから」と手を携えてくるのだが、麻酔が効いていないので普段どおりの歩行ができる。それを見た看護婦曰く、『麻酔効いていませんね』。『だから痛かったんだよ!』と叫びたかったが、そこは酸いも甘いも噛み分けた熟年紳士だ(?)。折角だからと用意してくれた車椅子に乗って病室へ帰還となった。その2時間後の様子が冒頭の文章だ。
大した痛みではないが痛い。看護婦に「最初のオシッコの色を見ますから、出たら流さないで連絡してください」と言われ、いつ頃尿意を催すのかなと思いを巡らしていたところ、「そうか、アレがまずかったのかな」と今回の試練の原因と思しき出来事を思い出した。
検査入院の3日前、被せていたところがグラグラし始めて歯医者に行った。K氏ご用達の歯医者だ。被せていたものを取り外し診断して言うには、虫歯が進行して抜かなければダメらしい。そこで、歯医者と交渉を始めた。
『先生!年末年始で酒と料理を楽しみたいのだけれど、抜いたら治るまでにどれ位掛かります』
『穴が塞がるのに約1ヶ月掛かりますよ』
『痛みが取れるのにはどれ位掛かりますか?』
『1週間前後ですかね』
『ウーン、ギリギリだな。仕方がない、年明けに抜いてください』
『分かりましたよ!』
『イヤ、ヤッパリ、今年抜いてください。挑戦してみます。27日に抜いてください』
こんなやり取りをしていたのだが、このやり取りを聞いていた御仁がいた。くだんのK氏である。なんと隣の椅子で治療を受けていたのだ。『知取気亭さん!悪あがきはダメですよ!』と痛い所を突いた明るい調子の言葉を残して立ち去った。どうも私の魂胆を見破ってしまったようだ。やはり同類の感は鋭い。この酒に対する飽くなき欲望が神様のお気に召さなかったのだろうかと思い始めたのだった。
そんなことはあるまいと思い直した頃に、最初の尿が出た。真っ赤だ。あまり気持ちのいいものではない。最初は血の固まりも出たが、徐々に尿に混じる血の量も減り翌日には退院することができた。しかし、一向にお尻の痛みは取れない。状況が変化しないまま、年末年始に酒が飲めるか否かの賭けをした抜歯の日を迎えることとなった。
抜いた。やはり疼く。痛み止めの薬はもらったのだが、やせ我慢をして何とか飲まないで過ごしていた。2日が過ぎ、痛みではないほうに我慢しきれなくなって日本酒を飲んでみた。飲んでいるときは一向に痛みを感じないのだが、翌朝になると口の中は疼き、尿に血は混じり排便も痛い。“上も下も”で気分は最低だ。しかしこれはきっと酒の種類が合わなかったからだろうと、次の日は焼酎を飲んでみた。ところが、結果は同じだ。やはり、年明けに抜くべきだったと悔やんでももう遅い。晴れない気分のまま、とうとう大晦日を迎えてしまった。「大晦日ぐらいは家族と酒を飲まねばなるまい」ということで、家族への愛を優先させたがやはり元旦も同じ気分で迎えることになってしまった。特に歯の疼きは気を滅入らせる。
その後も酒の量はほんの僅かなのに、飲んでは疼く繰り返し状態が正月3日まで続いた。昨年の行いについては心の中で懺悔し、身も心もきれいになったと思っていたのにこの有様である。
こんな具合のスタートでは今年一年も案じられるが、4日に聞いた病理検査結果では癌細胞は無かったとの話であり、意外と良い年になるのではないかと期待もしているところである。もちろん今では、何を飲んでも歯が疼くことはなく、上も下も順調である。 |