現地時間の2月2日夜、サウジアラビアからエジプトに向かっていたフェリー「アルサラーム・ボッカチオ98」(1万1800トン)が、紅海で沈没し、多数の死者・行方不明者を出した。乗客乗員約1,400人のうち、犠牲者は1,000人を超えるのではないかとの見方も出ている(共同通信、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060206-00000005-kyodo-int)。
何せ遠く離れた事故のため、情報は新聞記事やインターネットに頼らざるを得ず、もどかしい限りだが、これまでの情報からすると、船長の“判断・対応の悪さ”や“責任放棄”が被害を拡大させたのではないかと見られている。
助かった乗組員らの証言によると、「車を積んだデッキ付近で火災が発生して、消火作業中に浸水が始まり、船体が傾いて沈没に至った」という(共同通信、同上)。ところが、「火災が発生してもそのまま航海を続けた」と証言する乗客もいる。また、ロイター通信が生存者の証言として伝えるには、「火災が発生した際、乗組員が救命胴衣を着用した乗客に対して『心配ない』と言って脱ぐように指示したうえ、いざ沈没しかけると船長らが真っ先に救命ボートで脱出した」という何とも破廉恥な疑惑も浮上している(2006年2月5日、YOMIURI
ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)。とんでもない話だ。ただ、船長の安否は依然不明らしく、真偽のほどは定かではない。
船自体が35年前に建造された老朽船だったことや、エジプト大統領の報道官が述べたように「十分な救命ボートが備えられていなかった(客室係の証言では94隻)」ことなど、複数の要因が重なって大惨事になったことは間違いないだろう。しかしながら、報道されているように、「船長や乗組員が乗客の救出をせず真っ先に避難した」のが事実だとすれば、もはやこれは事故ではなく犯罪だ。
真実を確認する術を持たない身であるから、これ以上の言及は避けるが、今回のフェリー沈没は、昨年9月末に根室市沖で発生したイスラエルの貨物船による「サンマ漁船当て逃げ事件」(7名死亡)に続く船の重大不祥事で、誇り高いはずの「海の男の正義」も海の藻屑と消えてしまったようだ。おかげで、私のように「船長」という威厳に満ち冒険とロマンを感じさせる響きに憧れた人にとって、その威厳もすっかり地に落ちてしまった。洒落ている積もりではないが、『海の男が海に落ちないで地に落ちてどうする!』と叫びたい気分だ。
「乗員乗客の避難・退船を最後まで見守って、船と共に沈んでいく」、あるいは「沈み行く船に惜別の敬礼をしている」そんな崇高な船長の姿は、映画や小説の中だけの話になってしまったのだろうか。地上の世界ではモラルハザードが声高に叫ばれ始めて久しいが、海の世界でもどうやらモラルの崩壊が始まっているようだ。「いやいや、船長の多くはまだ海の男のロマンと正義を持っていて、今回の船長は特別さ」と信じていたいのだが……。
ところで、今回の事故のニュースを読んでいて、思い出したことがある。「遭難した客船から救命ボートで避難する際、先に乗っていた乗客に降りてもらい、代わりに女性や子供を乗せようとするとき、文化や国民性の違う国々ではさて何と言って納得させるか」という何やら今回のフェリー遭難事故にそっくりな状況を題材にして、国民性の違いを端的に言い表している文章だ。
実は、フェリー沈没のニュースを知り、船長の疑惑が報道されたときから、今回の四方山話はこの文章と組み合わせて書くことに決めていた。ところが、内容は大体覚えているのだが、出典を一向に思い出せない。妻も動員して我が家にある本を調べてみたが見つからない。友人に言われてインターネットでも調べてみた。ところが、同じような内容の文章はいくつか見つかるのだが、私の覚えているものと少しずつ違う。
そうこうしているうちに、とうとう締め切りも間近に迫ってきてしまった。もうこうなったら仕方がない。あやふやな記憶のまま書くしかない。ただし、原文とは違うところがあるかもしれないので、その辺は平にご容赦願いたい。また、引用文献を紹介できないことを、作者、ならびに出版社(?)にお断りしておく。
登場する国は、イギリス、ドイツ、ソ連(ベルリンの壁崩壊以前と記憶している)、アメリカ、そして我が日本だ。まず、イギリス人は『紳士諸君、紳士のお手本を示すときがきた。レディーファーストですぞ』と言い、ドイツ人は『規則で決まっています。降りてください』と規則を盾に取るのだそうだ。まだ共産主義だったころのソ連では『船長の命令だ。命令に背くものは処罰する』と強権を発動し、アメリカ人なら『スポーツマンシップにのっとり降りてくれ。皆ヒーローになろう』と協力を要請するという。では、日本人の場合は何と言うかというと、『皆さん降りるようですよ』と囁くのだそうだ。言い得て妙だ。
ところで、今回の沈没したフェリーの船長だったら何と言っただろうか。さしずめ『降りろ。これは我々のボートだ』とでも言うのであろうか。 |