2月10日午後8時(日本時間11日午前4時)の開会式に始まった「第20回冬季オリンピック競技トリノ大会」も、26日の最終日まで残すところ1週間を切った。史上最多となる80カ国・地域から集った選手によって、これまたこれまでの最多となる7競技84種目で激しいメダル争いが続いている。残念ながら、金メダル獲得に一番近いと期待されていたスピードスケート500mの加藤選手を始め日本人選手の頑張りも後一歩及ばず、これまでのところメダル獲得の選手・チームはいない。日本人選手ではないが、今回のトリノで私が注目していた選手も、残念ながらメダル獲得はならなかった。
誰に注目していたかは後で述べるとして、冬季オリンピックがこれほどまで面白いとは思ってもみなかった。それには、どうやら二つの理由があるようだ。
理由の一つは、勝負の醍醐味を楽しめる種目が増えたことだ。これまでは、とにかく「速い者・遠くへ飛んだ者が勝ち」というすごく分かりやすいけれど競技方法は単純な種目が多かった。ところが、今回から複数の選手が同時に競技する種目が増え、“駆け引き”や“一瞬のうちの逆転”などスリリングなゲームをより多く楽しめるようになった。
二つ目は、雪と氷というどちらも滑りやすく安定性に欠ける非日常的な条件の下で競技を行うため、転倒などのアクシデントが起こりやすく、「思わぬ結果になる」という意外性がゲームを更に面白いものにしてくれていることだ。特に、最近新しく始まった種目の中にアクシデントが多く、面白い。
代表的なものとしては、今大会から採用されたスピードスケートの団体追い抜き(チームパシュート)やスキーの団体スプリント、あるいは長野大会から正式種目となったスノーボードハーフパイプなどが挙げられる。しかし、私の中でのベストワンは、雪上のモトクロスと言われているスノーボードクロスだ。
スノーボードクロスは、予選は1人で滑り単純にタイムだけを競うが、決勝トーナメントでは4人1組で同時にスタートし、各組の1位、2位が勝ち上がる仕組みだ。曲がりくねった狭いコースを如何に速く滑り降りるかを競う種目で、転倒や接触などで一瞬に順位が入れ替わり、スリリングなレースを楽しませてくれる。例えばスタートの良し悪しやコース取りは順位に大きく影響するし、選手同士の位置取りなどによっては他の選手の転倒に巻き込まれてしまう場合もあるので、レースの結果を大きく左右する要素がそこかしこに在りスタートからゴールまで目が離せない。女子の決勝はまさにその典型的なレースとなった。
ゴール直前のジャンプまで圧倒的な速さで金メダル間違いなしと思われていたアメリカのジャコベリス、勝利を確信したのだろう、最後のジャンプで「ファンサービスです」とばかりにハーフパイプの選手が見せる技を披露した。そこまではよかったのだが、信じられないことに着地に失敗してしまったのだ。必死に起き上がり再び滑り始めたジャコベリスの脇を、2位に付けていたスイスの選手が抜き去って行く。手が届くところまで手繰り寄せた金メダルは、一瞬のうちに銀メダルに変わってしまった。
競技場の歓声とアナウンサーの驚きの実況に興奮した人も多いはずだ。金メダルを逃した彼女には申し訳ないが、本当に面白いレースだった。ゴールするまで勝者が分からない競技ほど面白いものはない。これまでのオリンピック種目にはない、興奮度ナンバーワンの競技だ。
一方、新しく始まったものではないが、「氷上のチェス」と呼ばれているカーリングも違う意味で面白い競技だ。他の多くが速さや高さ、回転など“動”を競う競技だとすると、カーリングは“静と声”を競う競技だといっても良い。花崗岩のストーンを滑らせるその姿勢やゆったりとした動きは、スキーやスケート、スノーボードにはないもので、なんとなく知性を感じさせるが、ストーンが一旦手から離れてしまうとそれまでの静寂を打ち破るような大きな声が飛び交うようになる。そのギャップが面白い。また、他の競技と違い、体格の差が成績にほとんど影響しないのもよい。そして、メダル候補のカナダやイギリスを破った日本女子チームの健闘も興味を抱いた大きな要因だ。
このように、これまでの冬季オリンピックに比べると結構楽しんで競技を見ているのだが、肝心の日本の成績が芳しくない。惜しいところまではいくのだが、メダルまで手が届かない。今はまだ同情的な記事が多いが、このままメダルなしで終わると「本番に弱い」とか「実力はこの程度」などと酷評されることになる。私が注目していた選手も、前回のソルトレーク大会で失敗し、酷評された選手の一人だ。
名前をジェレミー・ウォザースプーンという。カナダのスピードスケートの短距離選手で、長野大会では清水宏保選手に敗れて銀メダル、金メダル確実といわれた前回はスタート直後に転倒して着外となり「重圧に負けた」とカナダの新聞に書かれたという。今回も500mでは9位に終わりメダルを手にすることができなかった。アメリカにも、期待されながらその度に転倒して、なかなか勝てなかったダン・ジャンセンという選手が昔いた。このように、本番で実力を発揮できないのは日本人ばかりではなく、欧米の選手にもいるのだ。だから、重圧に負けそうになることを恥じることは何もない。それよりは、どのようにしたら勝てるようになるかを考え実行することだ。
そういう意味では、非常に示唆に富む本がある。芳賀繁著「失敗の心理学 ミスをしない人間はいない」(日経ビジネス文庫、日本経済新聞社)だ。芳賀はその本の中で、「失敗の原因を何のせいにするかによって、その後の成功や失敗の繰り返しを占うことができる」と、興味深い説を唱えている。
心理学的な実験によれば、失敗したときに次の四つの言い訳、@不運、A能力不足、B他人や外的条件、C努力不足の中から、ある言い訳を選ぶ傾向の強い人は、同じ失敗をあまり繰り返さないし、失敗した後に成功する可能性も高いという。もうお気付きだとは思うが、それはCだ。努力不足は、他と違って自分さえ頑張れば変えることのできる要因だ。
スポーツの世界では体格や体力、あるいは運動能力など、基本的に備わっていないとダメなものもあるが、最後のところは「自分の努力が足りなかったから勝てなかった」と考え、これまで以上に努力する人に勝利の女神は微笑んでくれるのだろう。今回のトリノ大会を総括するにはまだ早すぎるが、日本選手の皆さんには、今回の苦戦をバネに、次回のバンクーバー大会には是非立派な成績を収めてもらいたいと願っている。 |