「平成18年豪雪」と命名された今冬の大雪もようやく終わりを告げ、時々寒の戻りはあるものの、各地から桜の便りが届き始めた。待ちに待った春の到来だ。春の足音が大きくなるにつれ、巷では華やかな衣装に身を包んだ学生の姿が多く見られるようになって来た。卒業式のシーズンだ。そして、4月に入ると今度は入学、就職と続き、3月から4月にかけての約1ヶ月間は、日本が一年でもっとも華やぐときだ。
また、この時季に転勤など人事異動を行なう企業も多く、そのような企業で働く人にとっては色々と気疲れをする季節でもある。そして、人事異動が自分の希望と一致したものであれば晴れやかで幸せな気分に浸ることができるが、反対に希望通りでないと不安と失望感、時には他人に対する悔しさや腹立たしさに悶々とした日々を送ることになる。
何はともあれ、多くの人にとって3月、4月は人生の節目のときだ。そして、何かにつけ酒を飲む機会が増えるのもこの時季だ。嬉しいとき、楽しいとき、悲しいとき、悔しいとき、その時々に優しく寄り添ってくれるのが酒だ。酒は、「百薬の長」とも「憂いの玉箒(たまばはき)」、あるいは我々のような酔っ払い仲間や酔っ払いを持つ家族の間では「キチガイ水」、昔の僧侶仲間では「般若湯(はんにゃとう)」とも呼ばれ、多くの人に愛されている。少し嗜むだけで人生を大いに豊かにし、食事をより美味しくさせてくれる。その上、上手く付き合えば健康増進にも役立つという優れものだ。私もこよなく愛しているひとりだが、付き合い方が結構難しい。
ほろ酔い加減でやめとけばいいのだが、“理性のブレーキ”は思いのほか効きが悪く、知らず知らずのうちに深酒となってしまう。そうなると「過ぎたるは及ばざるが如し」の例えどおり、健康増進どころか、肝臓を始めとする大切な臓器に負担をかけ、不健康な翌日を迎えることになる。そして、これが毎日続くと、やがて財布も家庭も体もボロボロとなってしまう。アル中だ。しかし、飲酒が影響を与えるのは、どうやら体だけではないようだ。
飲酒は精神的にも大きな影響を与えているようで、厚生労働省研究班から「飲酒と自殺について」という、私のような酒飲みにとっては恐ろしくも大変興味深い研究成果が発表されている(http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/31/alcohol_suicide.html)。
研究を始めた背景には、1998年以来自殺者の数が年間3万人を超え、その犠牲者の多くが中年以降の男性で生活習慣の役割が重要だと考えられていることにある。科学的根拠に基づいた予防措置を取ることができないか、と研究をしているという。
岩手県二戸や秋田県横手、あるいは茨城県水戸、沖縄県宮古など全国の9保健所管内に住んでいた40歳から69歳の男性4万3383人を対象に7〜10年追跡調査した結果、調査期間中に168人の自殺者が出たそうだ。それを飲酒量別に6グループに分けたところ、ある傾向がつかめたという。
グループ毎の細かな数値は報文(上記アドレス参照)を見ていただくとして、私にとって都合のよい分け方をすると、おおよそ次のようになる。
@ 時々(月に1〜3回)飲む人の自殺リスクを1とする。
A 全く飲まない人の自殺リスクは2.3と意外に高い。
B 定期的に、且つ1日当たり日本酒換算で3合以上飲む人は2.3とこれまた高い。
要するに、一番自殺リスクが低いのは、適度に飲酒をする人だということだ。もっとも報文には、「定期的に飲む人では、飲酒量の多いグループほど自殺リスクが高くなる傾向が見られた」との一文もあるので、気になる方は一読をお勧めする。ただ、私なりに都合の良い解釈をすると、“適度とは1日当たり日本酒換算で3合まで”ということになり、「それ以下の飲酒量におけるリスクの差は誤差である」と勝手に理解している。したがって、3合までは心身ともに健康増進の妙薬と考えているし、理性のブレーキも多少不安はあるものの効きは良いものと信じている。ただし、3合がどちらの範疇に入るかは、そのときの体調と懐加減による。
ところが、飲酒によって理性のブレーキが急激に効かなくなる人は、自らの命を絶つリスクばかりでなく、他人を巻き込んだ事件・事故を起こすリスクもグンと高くなってくる。その典型は、「当て逃げ、ひき逃げ事件」を起こす不埒な輩だ。飲酒運転をして事故を起こし、捕まるのが怖くなって逃げてしまうのだが、これだけ騒がれてもニュースは後を絶たない。
そんな中、「2003年3月に茨城県益子町で女子中学生2人が死亡したひき逃げ事件」を起こした受刑者と、遺族との間で和解が成立したとのニュースを読んだ(2006年3月15日、YOMIURI
ONLINE、http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060315it15.htm)。その和解内容が目を引いたのでここに紹介したい。
和解では、次の3つの約束が盛り込まれたという。
@ 一生酒を飲まない。
A 出所して1年後から15年間、毎年の盆と彼岸の年3回、事件現場を清掃する。
B 上記期間中、社団法人「被害者支援都民センター」(東京都)に毎月1万円を寄付する。
和解金の額は明らかにされていないそうだが、遺族にとってはこの約束を守ることによってのみ、犯人の深い反省が確認できるというものだ。それでも遺族の深い悲しみが消える訳ではない。
自殺にせよ、ひき逃げ事件にせよ、いくら酒好きだからといって“酒の魔力”に負けてしまってはダメだ。理性のブレーキをしっかりと効かせ、「好い加減」のところで杯を置くのが酒を愛する左党としての基本だと心得るべきだ。私も、「3合がどちらに入る」などと次元の低いことを言わず、リスクを低く抑えるためにもこの基本を肝に命じ、これからも長いお付き合いをしていきたいと思っている。 |