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『クジラの災難』

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2006年4月19日

 4月9日、屋久島から種子島を経由して鹿児島港に向かっていた高速水中翼船が、佐多岬の沖合で海中の未確認物体と衝突事故(?) を起こした。乗員・乗客110名全員が怪我をし、中には顔の骨が折れるなどの重症を負った人もいるという。大事故である。
 ところが、衝突した海中の物体が何であるか分からない。何故かと言えば、『悪かったな。オイ大丈夫か?』と事故の相手が名乗ってこないのだ。どちらに過失があるのか私は知る由もないが、事故の当事者が現場から立ち去った(?)のでは、『お前に過失がある』と言われても仕方がない。まさに当て逃げ状態である。
 何故名乗ってこないのか。あるいは名乗ってこられないのか。言われているようにクジラだとすれば無理からぬことだ。何しろ彼らは日本語が喋れないし、我々も彼らのコミュニケーション手段が十分に理解できていないのだ。しかし、仮にクジラが衝突の相手だとすると、ケガをされた方には申し訳ないが、水中翼船の方がチョットばかり分が悪いかもしれない。事故の当事クジラから、こんな捨て台詞が聞こえてきそうだ。

『俺が当て逃げだって?』
『 ふざけるな! 事故の被害者はこっちだぞ!』
『だいたい、他人(?) の海に入り込んできてスピードの出しすぎだ』
『陸ではスピード違反の取締りをするそうだが、海じゃ何故やらねーえんだ。片手落ちじゃねーか』
『おめーら人間は“時は金なり”かも知らねーが、こちとらは「テレサテン」とやらの歌じゃないが“♪海の流れに身を任せ♪”だ。金なんかいらねーや』
『俺らが余裕で避けられるくらい“ゆっくり走れ”っていうんだよ!』
『それが、おめーらがよく言う“お互い様”というやつだろう』
『アンダー・ウォーター・スピーカーだとかいう聞きなれないやつで俺の嫌いな音を出しているそうだが、それでも仲間との衝突事故があるそうじゃないか』
『ゆっくり走ればそんなことは起こりゃしないんだ』
『分かったかい。それじゃアバヨ』

 『なかなか減らず口をたたくクジラだ』なんて冗談はさておいて、クジラだとするとかなりの傷を負っているのに違いない。下手をすれば致命傷になっている可能性すらある。ところが、事故海域に傷ついたクジラの姿は見えないというし、事故船舶への肉片などの付着もないという。だとすると、なにやらスパイ映画のようだが、事故の相手はクジラなどの生物ではなくてもっと物騒なもの、例えば、“日本近海を軍事目的で調査している潜水艦”である可能性も浮上してくるのではないか、と秘かに思っている。興味半分、不安半分で新しい発表を待っているところだ。でもその辺のところは、海上保安庁と自衛隊に任せるとして、四方山話はやはりクジラだということで話を進めていこう。
 ところで、クジラだとすると、いったいどこへ行ってしまったのだろう。傷ついたまま深海に姿を消してしまったのだろうか。地上に比べて視界の悪い水中に住むクジラは、視覚よりも聴覚が発達し、身近なイルカで良く知られているように、音波を使って障害物や餌を認識したり、仲間同士のコミュニケーションをしたりしている。特にザトウクジラのオスが求愛のときに出す音は、「クジラの歌」として知られ、条件がよければ海中に潜って耳を澄ますだけで聞くことが出来るという。このようにクジラにとって聴覚は生きていく為に重要な機能だ。これが十分機能しないということは、彼らにとって死を意味することになる。
 クジラにとっては極めて重要なその聴覚器官を、人間が行なうある活動で損傷させているのではないかという。アメリカ海軍の艦船が潜水艦探知用に発する水中音波探知機(ソナー)の音が原因と見られるクジラの大量死や大量迷走が起こっていたというのだ(2006年4月15日、YOMIURI ONLINE)。ソナーの音量は、低周波ソナーで双発のジェット戦闘機並み、中周波ソナーでロケット並みのごう音だという。
 最大ボリュームにして歌っているであろう熱烈な求愛の“ラブソング”でさえ、我々人間が耳を澄まして聞こえる程度の音量だ。そこまで聴覚の発達したクジラに対して、耳をつんざくようなすさまじい音量を聞かされたら、彼らの聴覚器官に損傷を与えることは容易に想像できる。子供の頃、“水中で石と石をぶつけて出す音”を潜ったまま聞いていると、えらく耳に響きビックリした経験を持っている人もたくさんいるだろうが、ソナーの音はそんなものではないのだ。音の直撃でも、致命傷になりかねない。

 読売新聞の記事(2006年4月15日、YOMIURI ONLINE)によれば、「アメリカ海軍は、クジラなどへの影響に配慮して環境保護団体との間でソナーの使用を制限する合意書を交わしている」とあるが、中国軍潜水艦の活発化に伴い日本近海は残念ながら合意書から除外されているという。それが原因で今回と同じような高速水中翼船の事故が多発している、とみている専門家もいるようだ。
 いずれにしても、大音量のソナーはクジラにとっていい迷惑だ。「クジラの災難」をなくし、ロマンチックな「クジラの歌」が深海に響き渡るためにも、『早く静かな海にしてくれ』と願っているはずだ。
 

【文責:知取気亭主人】

     


コブシ

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