4月29日からいよいよ今年のゴールデンウィークが始まった。“丁度田植えのシーズンと重なる農家の人たち”や“生き物を扱う職業の人たち”には気の毒だが、工場など比較的休みの取りやすい職場では、羨ましいことに9連休もあるという。そんな優雅な休みが取れる家族はほんの一握りしかいないのだろうが、テレビや新聞では、早速29日から海外に出かける人たちのニュースが報じられている。暇はあっても金のない我が身にとっては『そんなニュースはどこの国の話?』とばかり、山菜を取りに行ったり、海や川に遊びに行ったりするのがせめてもの楽しみだ。また、田舎を離れている人たちの中には、連休を利用して里帰りする人も多いだろう。いずれにしても、5月3日からは本格的な日本民族大移動が始まり、新幹線の乗車率や高速道路の渋滞情報がニュースの中心となってくる。
このように毎年恒例になっているゴールデンウィークや盆休み、あるいは年末年始の休みによる大移動は、日本全国で大変なエネルギー消費をすることになる。しかし、本人たちの意思で移動しているため、家族サービスで疲労こんぱいしてしまう世のお父さんを除けば、ある意味“楽しい移動”といってもいいだろう。ところが、世の中には時として本人たちの意思とは関係なく強制的に移動させられることがあり、悲しい運命を背負ってしまうことも少なくない。
日本の歴史の中では、戦時中の集団疎開がそうであろうし、悲惨なシベリヤへの抑留なども代表的な強制移動と言ってもいいだろう。そして、この二つの例を見ても分かるとおり、強制的な移動には必ず一般市民の力ではどうしよう
もできない不幸な動機がある。
今から20年前の1986年4月26日、ウクライナ共和国の首都キエフの北約120qに位置し、隣国ベラルーシとの国境に近いチェルノブイリ原発で、原子力発電史上最悪の事故が発生した。世に言われる「チェルノブイリ原発事故」だ。事故後、日本でも雨に含まれる放射能が観測され、「雨に濡れると白血病などになる。だから雨に当たらないように」と言われてから、もう20年も経つ。旧ソビエト連邦が崩壊(1991年末)する5年前のことだ。
この事故によって強制避難をした住民は、京都大学原子炉実験所の今中哲二氏の「チェルノブイリ原発事故」(http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/Henc.html)によれば、「事故直後に周辺30q圏から13万5000人(11万6000人という数字もあるそうだ)、事故の数年後より高汚染地域から数十万人」であるという。すごい数の強制移動だ。被害を最小限に食い止めるために必要な処置であったことは間違いないが、今でも原発周辺での立ち入り禁止区域は、4千平方q以上、およそ京都府に匹敵する広さがあるという(2006年4月26日、朝日新聞朝刊)。それだけの広さの土地が放射能によって高濃度に汚染され、無人となり、今なお人々の帰郷は許されないでいるのだ。
そればかりでなく、ウクライナ、ベラルーシ、ロシア各国で移住の対象となっているセシウム137の汚染密度が1平方q当たり15キュリー以上の面積は1万平方q余りに達し、汚染地域と認定される1キュリー以上の地域に至っては3カ国で約13万平方qに及び、600万人以上が住んでいるという(http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/Henc.html)。13万平方qといえば日本の国土(37万平方q)の約1/3というとてつもない広さだ。そして、このとてつもない広さの汚染地域に住む子供に甲状腺癌などの発症が目立っているという。立ち入り禁止区域では今なお放射能が高濃度で残留しており、半減期が30年のセシウム137のように20年経った今では事故直後の60%ほどになっているものもあるが、逆に増え続けている放射能粒子もあるという。例えば、プルトニウムの一部の崩壊によってできるアメリシウムは、放射能の強さがピークを迎えるのは2056年だという(2006年4月26日、朝日新聞朝刊)。
いずれにしても、一旦原発事故が起こると、深刻な放射能汚染は広い範囲に及び、しかも長期間にわたり影響を受け続けることになる。したがって、原子力発電所はどのような状況下でも十分な安全性を保っていることが重要である。たとえそれが地震発生時でもある。
今年の3月、能登半島の付け根付近に位置する「北陸電力志賀原発2号機」の運転差し止め判決が出された。「耐震設計に問題あり」として出された判決だ。国の原子力委員会が原発の耐震性の基準を定めた「耐震設計審査指針」が、策定(1978年)から30年近くも経っており、その間阪神淡路大震災や新潟県中越地震の発生や科学技術の発達により新たな知見が得られているにも拘らず、その知見を反映した設計になっていない、というのが裁判所の判断だ。
確かに、今現在行なわれている耐震補強では、最も新しい知見が反映されているとは言い難いようだ。東海地震の想定震源域に位置する「浜岡原発」は、1、2号機が耐450ガル、3〜5号機は耐600ガルと古い基準で造られているため、1000ガルにも耐えられるように補強工事が始められている(2006年3月10日、YOMIURI
ONLINE、中部発)。ところが、2004年10月23日に発生した新潟県中越地震では、その1000ガルをはるかに超える1715ガルの地震動が十日町で観測されているのだ。しかも、新潟県中越地震のマグニチュード6.8に対して、想定される東海地震はマグニチュード8を超える巨大地震だ。震源の深さも距離も大きく関与することは確かだが、果たして1000ガル以下で済んでくれるのか、大いに不安が残るところだ。
もし仮に1000ガル以上の地震動に襲われたら……。オッと、そんな想像はやめておこう。とにかく、浜岡原発に限らず現在運転中の55基の原発全てが、チェルノブイリのような事故を決して起こすことがないよう、徹底した安全対策、耐震対策を採ってもらいたい、と願うばかりだ。 |