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『食卓の絶滅危惧種』

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2006年5月31

 先日、久し振りに家の近くにある回転寿司に行った。旧来の寿司屋に比べるとネタの真偽に多少不安はあるものの、明朗会計でとにかく安いのが魅力だ。寿司の方が勝手に回ってくれるおかげで、以前のように勘定のときに“目を回す”ことはなくなり、比較的手軽な値段で寿司が食べられるようになった。しかも、手前味噌になるが金沢の回転寿司はネタも新鮮で、店によっては旧来の寿司屋に比べても遜色のないほど旨い。回転寿司の店が少ない長野で暮らしている長女が帰省すると、『魚が食べたい』と言って時たま出かけることになる訳だ。
 皆が食べているのを良く観察していると、面白いもので同じ家族でも好みの違いがあり、子供たちは脂が乗ったブリやマグロなどを好んで食べ、家内は経済的にできているのだそうで脂の少ない赤味の魚や茄子漬をよく注文している。茄子漬は旧来型の店ではなかったと記憶しているが、家内に言わせると寿司のシャリととても合うのだそうだ。そう言えば、子供からお年寄りまで客層の幅が広がったせいか、茄子漬以外にもカルビーや蛸サラダなど回転寿司ならではの変わったネタも増えてきている。
 一方私はというと、生ゲソと共にサバ、アジ、イワシの所謂「光りモノ」と言われる青魚が大好きで、必ず注文する。これらの魚は生でよし、しめてよし、焼いてよしの万能魚で、これを肴にチビリチビリとやるのが私にとって至福のときだ。ところが、困ったことに安い魚の代名詞だったこの“光りモノ三兄弟”が、暫く前から漁獲量の減少と共に高級魚の仲間に近づき、だんだん私の箸から遠ざかるようになってきている。特に、イワシ、中でもマイワシが不漁で高値が続いている(家内談)。
 このままでいくと、庶民の食卓を飾ってきたこれらの魚が、クジラと同じような運命をたどり、やがて家庭では料理されることがなくなってしまうかもしれない。既に我が家では、“特売日以外の牛肉”と共に「食卓の絶滅危惧種」に指定されている。滅多にお目に掛からなくなってきているのだ。

 そのマイワシに関して、5月24日の朝日新聞朝刊に目の玉が飛び出るようなニュースが載った。「東京・築地市場で23日、千葉県産の特大マイワシが1匹当たりに換算するとなんと約1,150円で取引され、昨年同期と比べて2.5倍以上になった」というのだ。新聞では「国産のイセエビ並みになっている」と表現しているが、まさにビックリする値段だ。
 数年前からイワシが高くなったと家内から聞いてはいたが、こんなに高いとは驚きだ。かなり高級な昼飯が食える値段だ。しかも仲買での価格であるから、我々庶民の口に入る頃には2,000円以上の値段になってしまうのだろう。とても庶民の味方の回転寿司には登場しそうもない。
 「そうは言っても」と思い、回転寿司の店長に“噂のイワシ”があるか聞いてみた。てっきりないと思っていたのだが、それが何と『ある』と言う。ところが、よくよく聞いてみると、イワシはイワシでもマイワシではなくウルメイワシを使っていて、しかも「値段もさることながら、石川で獲れるマイワシは東京の築地に行ってしまい、地元ではほとんど出回らない」と言うではないか。もう既に高級魚扱いだ。
 同じイワシでも、“煮干にされ、だしに使われるカタクチイワシや“丸干しにされる事が多く、これが茶碗酒の肴によく似合うウルメイワシは、高値安定してはいるもののマイワシほどの異常さではないという。それでは何故マイワシがこれだけ高値になってしまっているのだろうか。不漁による品薄が原因であることは間違いないが、もう一つ踏み込んで何故 不漁なのだろうか。
 魚の専門家でもない私がその答えを見つけることは到底不可能だが、ここに今から約20年も前に今日のマイワシの不漁を予測した本がある。海洋サイエンティスト(魚類生態学)の河井智康が著した「イワシと逢えなくなる日」(角川ソフィア文庫)だ。『大好きなイワシが食べられなくなるなんて嘘だろ!』と何年か前に読んだ本だ。今回のこの騒動(?)で思い出し、久し振りに本棚から引っ張り出してきた。

 河井が本書を執筆した1988年は、マイワシの漁獲高が約450万トンと、史上最高を記録した年なのだそうだ。そんなとき既に今日の漁獲高激減(農林水産省によると、昨年の漁獲量は2万8000トン)を予測していたのだから凄い。
 河井によれば、今日のマイワシの減少は「魚種交代」で説明が付くという。日本近海は、マイワシ、サンマ、アジ、サバを主役として、ある周期で豊漁となる魚種が交代するというのだ。マイワシの次はサンマ、そして次はアジの順番だという。しかも、マイワシは70年から100年くらいの周期で豊漁、不漁が繰り返されており、40年ほど前の1965年には1万トンも獲れず、「幻の魚」とまで言われていたという。40年前にも今日と同じような不漁になっていたとは驚きである。
 そう言われれば、確かに昨年はサンマが豊漁であった。どうやら河井の言うところの「魚種交代」が、海の中で深く静かに、そして確実に行なわれているのに違いない。これから暫くは、「食卓の絶滅危惧種」に指定されたマイワシに代わって、サンマとのお付き合いを深めることになりそうだ。

 ところで、この四方山話を書いている5月30日にいやなニュースが飛び込んできた。本の著者河井智康氏が死亡したというニュースだ。しかも殺人放火の疑いがもたれているらしい。詳しいことはまだ分からないが、謹んでお悔やみを申し上げたい。(合掌)

【文責:知取気亭主人】

     
「イワシと逢えなくなる日」河井智康 『イワシと逢えなくなる日』
【著者】河井智康

出版社】:角川ソフィア文庫
【ISBN】:
4043489021(2001/08)
【ページ】:
261p
【サイズ】:文庫:
(cm) 15
【本体価格】:\660
(税込)
 

 

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