昔の人の観察眼はすごい。今ほど科学技術が発達していない時代にあって、自然の営みをよく観察し、その現象を日々の生活の中に巧みに取り入れることによって、実に上手く自然と付き合ってきた。特に農家の人は、長年にわたる経験から、農作業に関わりが深い気象現象の特異日などを暦と関連づけ、不作や凶作を防ぐ超長期の民間予報として伝えてきた。ところが気象観測機器の発達により科学的データが豊富に利用できるようになった近年では、戦時中と違い誰でも最新の気象情報を手に入れることができるようになり、その上天気予報も比較的よく当たるようになったため、言葉だけが残りその重要性が薄らいできたものが少なくない。例えば農家の厄日とされた「二百十日」や「二百二十日」などもほとんど耳にしなくなった。特に都会ではもう死語になってしまったのかもしれない。
立春(2006年は2月4日)から数えて二百十日目に当たる9月1、2日の頃は、丁度稲の開花期にあたるのに台風が近づくことが多く、度々被害を受けた経験から昔の農家の厄日とされてきた。品種改良が進み早場米が主流になった現代では、収穫時期が早くなったため9月初めは開花期ではなく収穫期にあたるようになってきたが、そういった時代の変化はあるものの、それでも昔の人の観察眼は大したもので、科学が発達した現代でも毎年のようにこの頃になると本土に近づく台風が増えてくる。因みに、今年の「二百十日」は9月1日だ。
「二百十日」前後の日々は、昔の農家の人にとって次の一年を生きていけるかどうかを左右する重大な時季だったに違いない。その名残だと思われるが、北陸には台風による大風を鎮める祭りが今も残っている。歌謡曲にも歌われ「越中おわら風の盆」として有名な富山県の旧八尾町(やつおまち)で催される祭りは、毎年9月1日から3日に掛けて行なわれ、現代でこそ観光的色彩が濃くなってきたが、正に「風の神を鎮め豊年を祈る行事」として行なわれてきたものだ。哀愁を帯びた胡弓の音には、確かに神の怒りを鎮める効果があるのかも知れない。
ところで、何故「二百十日」を過ぎると台風が近づくかといえば、日本を覆っていた太平洋高気圧の勢力が衰えることが大きく関与している。9月の声を聞くと、台風の日本上陸を阻んでいた太平洋高気圧の勢力が徐々に弱まり始め、フィリピンや台湾方向に進み中国大陸に上陸していた台風も少しずつ北方に進路をとって日本の本土に近づくようになる。そうなると、それまで心配していた真夏の日照りに代わって、台風の進路に一喜一憂する日々が2ヶ月ほど続くことになる。
台風が襲来するとなると、主食である米への被害は勿論、秋に収穫時期を迎える果物への被害も心配の種だ。そして、真夏の間暫く静かであった河川の氾濫や土砂災害のニュースも頻繁に登場するようになり、雨の降り方や風の吹き方に気を揉むことになる。「太陽の季節」から「台風の季節」へ、その節目が二百十日というわけだ。
長年の経験に裏づけされた民間予報はやはり正確なもので、丁度「二百十日」のその節目のときに、台風に関する興味あるニュースがカーラジオから流れてきた。台風が変身したというものだ。イヤ、正確には「台風に名前を変えた」と言うべきだろう。
8月21日に北太平洋でハリケーンとして発生した熱帯低気圧が、日付変更線を越えて東経側に入って来たため「台風」に名前を変え、「台風12号」と呼ばれるようになったというものだ。まさか、台風も変身することがあるとは知らなかった。
インターネットからの情報によれば、1951年の観測以来、台風12号と同じように日付変更線を越えたために台風に名前を変えたケースは、これまでに今回を含め16回あったという(2006年9月2日、YOMIURI ONLINE)。台風はフィリピンの東側から日付変更線までのマリアナ諸島を中心とする海域で発生するものとばかり思っていたが、どうやら発生域もその後の動きも思った以上に奔放のようだ。
また、ラジオからは、「台風12号の勢力が強いために、南鳥島に常駐している気象観測所の職員が、アメリカから返還されて観測を開始して以降初めて島から避難退去をした」という、驚きのニュースも報じられていた。昨年ニューオリンズに壊滅的な被害を発生させた「カトリーナ」に匹敵する勢力が一時あったということと、進路となる海域の海水温が28度と高温であるため、強い勢力を保ったまま日本列島に近づく可能性が高かったことによるらしい。ハリケーンの大型化が懸念されていることからすると、今後も有りそうな話だ。
ハリケーンもさることながら、地球温暖化に起因すると思われる海水温の上昇によって、これまで以上に強い勢力の台風が発生したり、発生数が増えたり、そして日本本土の極近いところで発生するようになったりと、台風銀座と呼ばれる地域に住む我々日本人にとっては誠に迷惑な事態が顕著になってきた。台風の季節が続くこれから10月一杯までは、台風情報に目が、耳が離せない。ただただ秋の味覚と晩秋の紅葉が楽しめる、そんな平穏な秋になってもらいたいものである。
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