いつの頃からか定かではないが、規則正しい生活習慣を身に付けさせる親の口癖として「早起きは三文の徳」が、日本の家庭では良く言われてきた。イヤ、正確に言えば「言われていた」といった方がいいのかも知れない。夜遅くまで塾などに通っている今の子供たちにとっては無縁の言葉となっているようだが、昔の日本人は早く床に就くことと併せて、子供のころから「早寝・早起き」を呪文のように言われてきたものだ。そして、携帯やテレビゲームなど夜更かしをする遊び道具がない時代であったことも幸いして、私たちが子供の頃は実に良くその言いつけを守っていた。親が朝早くから働いていたことも影響していただろう。特に農家の人は早かった。
私の家は農家ではなかったが、比較的寝起きは早かった。朝の6時には母の仕事を手伝っていた記憶がある。その早寝・早起きを実行するに当たって、私がまだ子供だった頃母が毎日のように唱えていた“独り言とも呪文ともとれない言葉”が耳に残っている。『寝るより楽なことはない。浮き世の馬鹿は起きて働く』である。そしてこの後、『おやすみ』と言って、眠りに就くのである。イガグリ頭の頃は私もよく口真似をしていたものである。
確かに今考えても、夜勤で働いている人達には失礼だが、病気でもない限り「寝るより楽なことはない」というのは真実だ。一日の疲れを取るには、“のんびりと入る風呂”と“十分な睡眠”が何よりの特効薬だ。そういった意味では、誰が考えた言葉か知らないが上手いことを言ったものである。
ただ、子供の頃はどれだけ寝ても寝足りないもので、特に遊び疲れた翌日など起こされないでいるといつまでも寝ていたものだ。私も、持って生まれた素直な性格(?)のお陰でその特技が失われないまま成長してしまったためなのか、大学に入って夜更かしをする癖が付いたことが原因なのか、あるいは多分これが本命だと思うが仕事のやりすぎなのか、そのいずれが正解かは詳らかにできないが、社会人になっても朝が弱く寝不足状態は暫く前まで続いていた。当然朝は目覚まし時計が頼みの綱だ。
ところが、50の声が聞こえ始めた頃から、目覚まし時計にその能力を十分発揮させることがなくなってしまった。鳴る前に目が覚めるようになってしまったのだ。下手をすると早朝の5時くらいから目が覚めるようになってきた。「寝るのにも体力がいるため、歳を取ると長い時間寝ることができなくなってくる」というそうだが、悔しいかな最近になってその体力のなさを実感するようになってしまった。先日も、熟年男性4人でホテルに泊まったのだが、4人ともモーニングコールの時間(朝6時)には既に起きていたと、朝食は「早朝になると自然と目が覚めてしまう話題」で持ちきりだった。まさか寝るのが大好きな私がこんなことになるとは思っても見なかった。いつまでも寝る体力があった子供の頃が懐かしい。
かように私としては朝寝ができた子供の頃が懐かしいのだが、惰眠を貪るのは余り宜しくないようで、子供にとっては早寝・早起きがとても大事なことが分かって来た。昔から言われている「朝御飯は必ず食べさせる」も加えて、「早寝・早起き・朝御飯」に代表される家庭での生活習慣と学力の関係が脚光を浴び、文部科学省も今年度から取り組みを始めたという(2006年9月25日、朝日新聞朝刊)。
同新聞に掲載された「山口県山陽小野田市がこの春始めた[生活改善・学力向上プロジェクト]」によれば、市内の全小学生約3700人を対象にした検査の結果、寝る時間が「午後8〜9時」の学力が最も高く、それ以降は遅い子ほど成績が下がるとの結果が出たという。しかも、朝食をいつも食べない層は学力テストばかりでなく知能検査の数値も良くないという。
この結果を読むと、第146話「子供を救え」で紹介した本「脳内汚染」(文芸春秋、岡田尊司著)の帯に書かれていた「子供部屋に侵入したゲーム、ネットという麻薬」がグッと現実味を帯びてくる。早寝早起きを阻害するもっとも大きな要因は、ゲームやネットの誘惑だろう。大人でも誘惑に負けてしまうのに、子供は尚更だ。せめて子供時代はこれらのIT麻薬とは無縁の生活を送らせるよう、親は注意を払う必要がある。
ところで、知ってのとおり脳が活動するには沢山のブドウ糖を必要とする。そして、ブドウ糖は注射でもしない限り食事を通して摂取するしか方法がない。したがって、午前中の授業内容を記憶していくためには脳を活性化させなければいけない訳だから、必然的に朝食を取る必要があることが分かる。仮に、1時間目は僅かに残った前日のエネルギーを使うことができたとしても、昼食前の授業はエネルギー切れで殆ど頭に残らないはずだ。
また、高校野球の甲子園大会で、朝一番の試合となったチームは早朝の5時頃起きて体調を整えるという。目が覚めてから、3時間経ったあたりから血の巡りが良くなり体が動くようになることが理由だという。1時間目から授業に集中するためには、3時間前までとは言わないまでも、少なくとも1時間〜2時間前までには起きることが必要だ。そういったことを考えると、やはり「早寝・早起き・朝御飯」は理に適っていることが良く分かる。
そして、早寝にはもう一つの徳がある。睡眠時間が短い幼児は、肥満の中学生になるリスクが高くなるというのだ(2006年6月26日、朝日新聞朝刊)。つまり、早寝をして長い睡眠時間を取ると、中学になったとき肥満になるリスクを低減することが出来ることになる。因みに、9時間未満の3歳児は、11時間以上の3歳児に比べて、リスクは約1.6倍だという。
このように見てくると、「早寝・早起き・朝御飯」には、学力、知能、肥満、その他まだまだ沢山の徳がありそうだ。そろそろ夏の疲れも取れた頃だろう。朝の弱いあなた! 3文は勿論、4文、5文の徳を得るために、親子で「早寝・早起き・朝御飯」を実践してみては如何だろうか?
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