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『いじめと日本人』

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2006年10月25

 またも悲惨な事件が新聞、テレビを賑わしている。“いじめ”を苦にしての小学生と中学生の自殺、そして京都で起きた3歳児餓死のニュースだ。似たようなニュースを四方山話で何度取り上げたことか。こうもひっきりなしに起こると、「日本人の体の中には “いじめ”のDNAが刷り込まれているのではないか」とさえ思ってしまう。
  幼児虐待に関する本を良く読んでいる妻によれば、虐待も含めた所謂“いじめ”は決して日本人だけに留まらないという。例えば「Itと呼ばれた子」(デイヴ・ペルザー著、田栗美奈子訳、青山出版社、三部作)には、実の母親による凄まじい虐待が描かれているという。確かに、“いじめ”はアメリカやヨーロッパなど先進諸国でも多いと聞くが、同様な事件が日本国内でこれだけ次から次へと起こると、日本人特有の性格ではないかと思ってしまう。

 子供の社会の中では“いじめ”は今に始まったことではなく、我々が子供の頃(昭和30年代)にも結構あった。取っ組み合いの喧嘩も多かった。もっと遡って私が生まれる前の戦時中には、子供の世界ではなく大人の世界でも“いじめ”があったようだ。若い頃観た「二等兵を主人公にした映画」には軍隊の中の“いじめ”が描かれていたと記憶している。また、最近読んだ「水木しげるのラバウル戦記」(ちくま文庫)では、理由もなくビンタをやられる新兵の様子が本人の手によって軽妙に描かれている。軍隊の中の“いじめ”は代々受け継がれていくものらしく、新兵をいじめる古参兵士自身もまたいじめられた経験を持っているのだろう。まるで「しごきを部の伝統としているクラブ活動」のようなものだ。このように戦時中や我々が子供の頃にも“いじめ”はあることはあった。ただ今と違うのは、行き着くところにいってしまう前にこれを止める人間が多少なりともいたということだ。
 我々が子供の頃は、ガキ大将が結構この役目をしていた。近所の大人も、喧嘩をしていると良く止めに入ってくれたものだ。学校では、真っ先に教師がこの役を担うことになるはずである。本来でいえばそうあるべきなのだが、信じられないことに今回福岡県筑前町で起きた中学2年の男子生徒が自殺した事件では、本来止めるべき教師が主犯で“いじめ”をしていたというから仰天である。あってはならないことだ。
 母親が教師に相談した内容を他の生徒の前で暴露し、それをネタに言葉による“いじめ”を始め、結果周りの生徒も加担したという。保護者や生徒の相談事を他人に漏らすことだけでも教師失格なのに、それだけでは事足らず言葉の暴力まで振るうとは何事だ。最低の人間だ。しかも、子供同士による“いじめ”であればまだしも、大人、それも教師による生徒への“いじめ”とは、幼児虐待と同じ「弱いものいじめ」の構図そのものだ。
 こうした“いじめ”には必ず何らかのサインが出ているものだが、この事件ではそのサインに教師の誰一人として気が付かなかったこと、そして「教師によるいじめの実体」を学校側が把握できていなかったことが、信じられないし大いに悔やまれる。と同時に、クラスメイトの中に勇気ある生徒がいなかったことも悲しいことだ。

 ところで、この教師が自殺した生徒の家を謝罪に訪れた時の様子がニュースで流れていたが、教師には両親の悲痛な叫びが届いたのだろうか。そして、自殺という最悪の手段を選ばなければならなかった生徒の心情を、多少なりとも理解することが出来たのだろうか。その原因を作ったのが自分だったと、分かっているのだろうか。確かに涙は流していた。しかし何故か空虚に感じてしまう。
 一方、いじめを、そして自殺を食い止めることが出来なかった学校側は、どこに問題があり今後どのようにしていったらいいか、その解決に向け真剣に取り組んで行ってくれるのだろうか。ニュースで流れる教育委員会や学校側の対応を聞いていると、この教師個人の責任に帰して終結させてしまうのではないかと不安になってしまう。

 文部科学省による「生徒児童の自殺の統計」では、1999〜2003年度にいじめが原因で自殺した小・中・高等学校の児童・生徒の人数は不思議なことに全てゼロとなっている(http://www6.plala.or.jp/fynet/5tokei-monbukagaku-kodomo-jisatu.htm)。自殺者総数がいずれの年度も120名を越えているのに、いじめが原因となっていないのである。家庭の不和など家庭の事情、学業不振やいじめなどの学校問題、そして精神障害や病気等による悲観などの原因を抑えて、自殺原因のトップは「その他」である。これが実に原因の55%以上にもなっている。つまり半分以上が「その他」で片付けられているのだ。普通、統計を取る目的は規則性や傾向を把握して、効果的な対策を立案することが出来るようにすることのはずだが、これでは目的が叶うはずがない。
 穿った見方をすれば、学校も教育委員会もそして文部科学省も、「いじめによる自殺」を「責任を問われるいやな出来事」と捉え、自分たちに責任問題が降りかかってこないように原因のすり替えをしているとしか思えない。この統計を見る限り、とても正面から取り組んでいるとは思えない。
 真の原因をハッキリとさせて、前途ある若者の自殺を減らす効果的な対策を早急に立てる必要がある。そのためには、原因のすり替えはやるべきではない。そういった「責任逃れ」や「臭いものには蓋をしろ」的な考え方そのものが、知らず知らずのうちにいじめを助長していることになる。それが正に日本人のいじめの本質なのかもしれない。     

【文責:知取気亭主人】

     
デイヴ-さよならItと呼ばれた子
【編著】デイヴ・ペルザー
【翻訳】田栗美奈子

出版社】: 青山出版社
ISBN】: 4899980000
【発行年月】:
1999/12
【ページ】:
394 p
【サイズ】:
単行本 19(cm)
【本体価格】:
¥1,890 (税込)

『水木しげるのラバウル戦記』
【編著】水木しげる

出版社】: 筑摩書房
ISBN】: 448003286X
【発行年月】:
1999/07
【ページ】:
232 p
【サイズ】:
文庫 15 x 11(cm)
【本体価格】:
¥998(税込)

 

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