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『女房詞と亭主詞』

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2006年12月20日

 先日、車の運転中に聞いていたラジオから面白い情報を入手した。「視聴者から寄せられたことばに関する質問に解説者が答える」、という趣向の番組でのことだ。その質問と答えが面白かったので皆さんに紹介したい。
 視聴者から寄せられた質問は、『私は、汁物をよそうものを杓子(しゃくし)、ご飯をよそうものをシャモジ、と区別して呼んでいます。ところが、どちらもシャモジと呼んでいるという人もいるようですが、どちらが正しいのですか』、というものだ。そう言われてみると両方の呼び方とも聞いたことがある。ただ、「杓子」はここ暫く聞いたことがなく、我が家ではてっきり両方ともシャモジと呼んでいるものとばかり思っていた。ところが、家に帰って妻と娘に確認したところ、『家では、汁物用を“お玉”か“お玉杓子”と呼び、ご飯用をシャモジと呼び区別しているわよ』、と娘からお叱りを受けた。知らぬは亭主ばかりなりとはこのことで、どちらもシャモジと呼んでいたのは私だけだったようだ。
 そんなこととはつゆ知らず、ラジオを聞きながら、「杓子と呼ぶことなどほとんどない。昔母親が使っていたような記憶がないではないが、せいぜい神社参詣前に手や口を濯ぐ(すすぐ)ときに使う柄杓(ひしゃく)が音感的に近いな。やはり、“杓子”と“しゃもじ”はどこかが違うのだろう』と思い始めたところ、解説者から面白い説明があった。

 そもそも“しゃもじ”は“杓子”の女房詞(にょうぼうことば)で、同じものを指しているというのだ。女房詞とは、広辞苑によれば、「室町初期ごろから、宮中奉仕の女官が主に衣食住に関する事物について用いた一種の隠語的なことばで、のち将軍家に使える女性から、町家の女性にまで広がった」とある。何故そうしたのかは詮索しないこととして、要するに自分たちだけに通じる暗号ことばを作り上げたことになる。
 その女房詞には、三つの作り方というか、所謂変形方法があったという。一つ目は、元々あったことばの後ろを省略して「もじ」を加える方法だ。質問されていた「シャモジ」も、「しゃくし」の後半“くし”を省略して代わりに“もじ”を加え、「シャモジ」と言われるようになったものだ。また、腹が減ってどうしようもないことを表す「ひもじい」もその方法で出来上がったものだという。元々は「ひだるし」であったものから“だるし”を取って“もじ”を加えて「ひもじ」になり、それを活用させたのが「ひもじい」だ。
 「もじ」が後ろに付いているということで、爪楊枝そのものや爪楊枝や櫛などに使われる木のことを「くろもじ」と呼ぶことを思い出し、調べてみたが、これはどうも「女房詞」ではないようだ。難しいものだ。

 二つ目の作り方は、元のことばの頭に“お”を付け、後ろを省略する方法だ。例えば、冷たい水を表す「ひやみず」の後半部分“みず”を省略して“お”を付けると、食堂や喫茶店で良く出される「おひや」になる。聞けばなるほど納得だ。この方法の別の例として、元のことばも女房詞も、今でもしっかりと使われているものもある。
  飲んべえなら、『今の季節、これを食べながら屋台で“一杯!”なんていいね〜エ』と思わず声が出てしまうものだ。元のことばは「でんがく」、そして女房詞は“お”を付け“がく”を取って「おでん」だ。『おでんと田楽は違う』という意見も聞こえてきそうだが、元は一緒の意味だったのだ。
 この方法については、私が調べたもう一つ別な例も紹介しておこう。「鳴らす」の連用形を名詞化したものが「鳴らし」、これに“お”を付け、“し”を省略すると「おなら」となる。「なるほど」と感心すると同時に、このように文学的に説明されると、あの「おなら」が少しも臭わないような気がするから不思議だ。子供の頃、「宮中ではおならのことを放屁と言っていた」と聞いたことがあるが、我々にとっては放屁のほうが珍しく、隠語のような響きがある。時代が変われば“ことば”も随分変わるものだ。

 三つ目は、品物の特徴の後ろに「もの」を付け加える方法だ。例えば、ほうれん草やキャベツなど野菜類を総称して「青もの」と呼んだり、沢庵など臭いのするものを「香のもの」と呼んだりする方法だ。他にも味噌汁や澄まし汁などを総称する「汁もの」や「和えもの」、あるいは「酢のもの」、「煮もの」、「光りもの」、「生もの」、「乾きもの」、「干物(ひもの)」などなど、料理や食材に関して「もの」がつく場合が多い。その全てが女房詞なのかどうかは定かでないが、台所に関することばで「物」という漢字が付くのは、大概そうなのかもしれない。

 このように、今でも日常使っていることばの中に「女房詞」が数多く残されている。ではこれに対して、「亭主詞」ではどんなものが残っているのだろうか。実は、広辞苑で調べても「亭主詞」なるものはないのだ。どうも「女房詞」に対応する「男性が作り上げた暗号ことば」は存在しないようなのだ。男尊女卑が激しかった時代であったから、隠語的ことばを使う必要がなかったのだろう。もっとも、少し前まで亭主がよく使っていた「オイ」、「風呂」、「メシ」、「寝る」などは、「二文字だけを残して後は全て取る」という方法で徹底的にスリム化した「亭主詞」の代表だと思っているのだが……。     

【文責:知取気亭主人】

     

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