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『汚染住宅につき帰宅禁止を命ずる』

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2007年2月14日

 先月の末あたりから我が家で厄介なものが猛威を振るっている。しかも目に見えないものだから始末が悪い。
 1月30日(火曜日)、次女が勤務先から前触れもなく早退してきた。それが事の始まりだった。妻と当事者である次女の話を総合すると、次女の災難、つまり事の顛末はこうだ。
 その日、元気よく出勤したものの、昼頃から熱が出てきて気持ちが悪くなってきた。楽しみにしていた仕事関係の会合(「実は楽しみにしていたのは会合の内容ではなく、その時出される食事だ」とは本人の弁)をキャンセルして、フウフウ状態で帰ってきた。その晩、体温を測ると40℃近くもある。次の日、我が家の主治医に診てもらったところ、貰い好きが災いしたのか、ご丁寧にも「インフルエンザと扁桃腺炎の二つに罹っている」と診断された。おまけに、ハッキリとした症状のなかった妻もインフルエンザ検査で疑陽性だったという。
 「妻もダウンか?」と心配したのだが、幸いなことに調合してもらった薬やインフルエンザウィルスの増殖を抑える薬が効いたのか、妻はその後もインフルエンザらしい症状も出ることなく、最終的に2週間を超える長期間を孤軍奮闘乗り切ってくれた。やはり、母は強かった。
 オッと話が横路にそれた。次女は二つの症状の影響なのか解熱剤を飲んでも38℃台までしか熱は下がらず、朦朧とした状態が5日以上も続いた。再び出勤できるようになるのは、早退から数えて8日後の2月7日(水曜日)となってしまう。その間、当人以外の家族は感染力の強いインフルエンザウィルスに良く耐え、高熱を出すものはいなかった。当然のことながら、下熱と共に我が家を襲った今年最初の騒動も沈静化するものと思っていたのだが……。

 ところがである。次女が体調を崩して早退した日から丁度1週間後の2月6日(火曜日)、あろうことか今度は長男が、「喉が痛い、熱が出た、目が充血している」と勤務先の病院で診察を受け帰ってきた。診察の結果、インフルエンザは陰性だったのだが「咽頭炎」と診断された。『妹のウィルスではない』とホッと安心していたところ、同僚から『ウィルス検査は陰性かもしれないが、感染して間もないと正確な結果が出ない場合もあるから、もう一度受診したほうが良い』と気になる忠告を受けたそうだ。
 次の日、真っ赤な目を診てもらうべく、近くの眼科医院に行った。そこで我々家族がこれまで聞いたことがないウィルスの名前を聞くことになる。アデノウィルスだ。妻からその連絡を受け、「アデノイド」が扁桃腺辺りを意味すること(咽頭扁桃を指すが、肥大という症状を含んで使われることが多い)を知っていたので、喉のどこかに取り付くウィルスだとは直感で判断できたのだが、そのウィルスが惹き起こす症状については分からない。聞いた本人も心配になったのだろうインターネットで自ら調べてみたという。
 調べて分かったことだが、一般には馴染みのない名前だけれども、インフルエンザに次いで人から検出されることが多いウィルスだという。医師仲間では馴染み深いというのに患者側が知らないのも片手落ちだということで、長男と診察してくれた眼科医の話も交え、そのウィルスの特徴を紹介しておく。

 アデノウィルスはインフルエンザのように季節性がない。つまり、冬ばかりでなく季節を問わず感染するという。しかも現在までに49種類も見つかっているというからビックリだ。また、その症状もインフルエンザのように限定的ではなく、軽い風邪程度から症状が強い扁桃腺炎や結膜炎、重篤になる危険性が高い肺炎、さらには胃腸炎などバラエティに富んでいる。厄介なのは、抗生剤が効かないため対症療法にならざるを得ないということと、免疫力がつきにくいため何回も発症することがあるということだ。
 感染力も発症する病気によっては、インフルエンザ同様可成り強いようだ。眼科に行ったときのことだ。息子の目を診た医師は、すぐに「アデノウィルス」だと見立て、『次回は土曜日、他の患者さんにうつらないよう診察が終わった後の12時半に来てください』と告げたという。インフルエンザに罹った娘でも言われたことがない指示を聞いて、感染力の強さにビックリしてしまった。そして、医師のこの一言が今回の表題を決断させることになる。
 「インフルエンザウィルスとアデノウィルス、我が家はこの2種類のウィルスに汚染されている」と判断した私は、月曜日の夜から外泊していた次男に、『泊めてもらえるのだったらもう暫く泊めてもらいなさい。帰ってこないほうがいい』と帰宅禁止を言い渡した。このときは言葉のとおり暫くのつもりだったのだが、帰宅禁止命令は被害者の増大と共にやがて長女にも波及することになる。

 話を戻すと、こう判断したのも無理からぬほど症状は重い。長男の症状をインターネットの情報に照らし合わせると、プール熱と呼ばれている咽頭結膜熱のようだ。「高熱が3〜7日持続し、喉の痛みを訴え、目も真っ赤に充血する」とある。確かに、喉が痛いといって普段なら飲める番茶も受け付けなかった。目は正にウサギの目のように真っ赤で、「充血ではなく出血だ」との説明を受けたという。学校伝染病に指定されていて、主要な症状がなくなった後も2日間は登校禁止となるほど感染力は強い。抗生剤が効かないためか、症状はなかなか改善されず、特に高熱に対しては内服薬の解熱剤が殆ど効かない。坐薬を使ってやっと数時間だけ38℃台に下がる状態であった。
 その症状を見ながら「他の家族に感染しなければいいのだが」と案じていたのだが、豆まきをやらなかったせいなのかその不安が見事に的中してしまう。3人目の被害者は、2人の世話をやり続けている妻ではなく、汚染された中で「内側から消毒する」と変な理由をつけて晩酌を強行していた私になってしまった。

 汚染の影響は、静かにそっと歩み寄るように表れてきた。長男が発症してから二日後の2月8日(木曜日)、朝起きると喉が痛い。『コリャッ、ヤバイ!』と急いで“イソジン”でうがいをし、出勤したのだがなんとなく痛みが取れない。Oさんに“イソジン”を買ってきてもらい会社でもうがいを励行した。ところが、帰宅時間が近づくにつれ節々がだるくなってきた。帰る頃になると体全体が熱っぽくなり、いやな思いが頭をよぎる。早めに帰宅して早速体温を測ると、38℃近くもあるではないか。平熱が35.5℃前後の私にとってはしんどい筈だ。
 大好きな晩酌も止め、すぐ床に就いた。しかし、我が家に巣くう厄介者はどうしても第3の犠牲者が必要とみえる。その夜、体温は徐々に高くなり39℃近くになった。夜中に汗で濡れた下着やパジャマを着替えようと起きた途端に、悪寒で体がガタガタ震えて止まらない。そんなことを2度繰り返し、よく眠れぬまま朝が来た。しかし、朝になっても38℃から下がらない。結局その日(2月9日)は会社を休み、病院に行くことにした。
 11時頃、(掛かりつけの医院が休みのため)次女とも長男とも違う病院で診てもらったところ、インフルエンザは陰性だという。『多分、ただの風邪でしょう』という妙ににこやかな院長の診断を信じ帰宅した。調合してもらった薬を飲み、1時間ほどすると37℃台まで下がってきたのだが、『ヒョッとしたら明日にはケロッと治っている』と思い始めた夕食あたりから再び熱が上がり始めた。
 丁度その頃、長野に住んでいる長女から『前から言っていたように、10日から12日の連休を利用して帰りたいんだけど大丈夫?』との確認があった。私が3人目の犠牲者となった話をして、可哀想だったが彼女にも帰宅禁止命令を出した。

 結局、私の高熱も3日続き、4日目の2月12日(月曜日)になり、やっと平熱に近い35.8℃にまで下がってくれた。まだ喉に多少の痛みが残るものの、娘や息子に比べればこれでも超特急の治癒だ。こうして心配していた四方山話も書けるようになったのである。
 ところが、よくよく考えてみると何だか合点がいかない。寝込んだ3人は同じ屋根の下で生活し、基本的な症状の「高熱と喉の痛み」は一緒だ。しかも、長男だけが結膜炎を患ったという一点だけを除けば、「咳も鼻も出なかった」というところまで一緒だ。ところが、診断された病名は3人とも違う。そんな事ってあるのだろうか。強いて違いを挙げれば、診察していただいた医師が3人とも違う、という点が一番大きな違いなのだが……。

 症状の重かった長男も、喉の痛みと目の充血は少し残っているが、平熱になり元気を取り戻しつつある。このまま元気になり妻も次男も発症しなければ、2週間に及び我が家を汚染している厄介者達も一掃され、帰宅禁止命令を解く日も近い。快気祝いが待ち遠しい!

【文責:知取気亭主人】

     

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