最近、ウナギの身辺が賑やかだ。土用の丑の日(2007年は7月30日)が近づきつつある中、いずれ「かば焼き」の値段が上がるのではないかとの噂が、ウナギ好きや関係者の間を駆け巡っている。欧州連合(EU)が、「資源枯渇の恐れがあるシラスウナギ(ウナギの稚魚)を守る為、2009年から漁獲規制を導入し、漁獲した一定割合を中国などに輸出せず欧州の河川に戻すよう義務付ける」と発表したからだ。これだけ聞くと「日本の食卓には関係ない」と思ってしまいそうだが、今や食材の取引は思いの外国際的で、欧州から輸出された稚魚が中国で養殖され、やがて「かば焼き」に姿を変えて日本に輸出されているのだという。まるで、「アモイ⇒アメリカ⇒ロシア⇒北朝鮮」と、地球をぐるっと一周した「凍結解除された北朝鮮関連資金」の流れと同じだ。
また、ウナギと同じ食材で言えば、最近回転寿司にも沢山出回るようになったマグロも同じだ。世界のどこで獲れても、最後は最大消費地の日本にその多くが輸出される。東南アジアで養殖されているエビもそうだ。こうしてみると、日本人の旺盛な食欲は、「世界各地の漁業資源を枯渇させてしまうのではないか」と要らぬ心配をしてしまうほど大量の買い付けを行っており、しかも調達先は世界中に広がっている。もし食材に産地の国旗を付ければ、日本人の胃の中は恐らく万国旗で一杯になるだろう。賑やかなことに、何時も万国旗はためく運動会状態だ。
しかし、こんな事をいつまでも続けていれば、いつかしっぺ返しがくるに違いない。エタノールの生産にトウモロコシが利用されるようになって、トウモロコシを原料とする商品が値上がりしている。ある蔵本の話では、日本酒に添加する醸造アルコールはコーンスターチ(トウモロコシの澱粉)から造られているのが多いそうだが、その醸造アルコールも上がり始めたという。ビールもやばい。そんな現実を知ってしまうと、「しっぺ返しは近い」そんな予感がしてならない。「これまでの何倍、何十倍という値段になってしまい庶民の食卓から多くの食材が消えてしまう」何てこともありうる話だ。そうなったとき、「食べるものがない」と悲嘆しないように、今のうちから粗食に耐える訓練をしておく必要がありそうだ。
オッと、あらぬ方向に行ってしまった。話をウナギに戻そう。中国は欧州産シラスウナギを大量に買い付けていて、そしてその多くを日本に輸出している。何しろ日本は世界のウナギの7割を消費するウナギ大好き国で、2006年は約3万5千トンのかば焼きを中国から輸入したという(2007年6月6日、日経産業新聞)。胃袋の数、つまり人口から言えば世界(2006年で約65億人)の1/50にも満たない日本が、13億を超える人口を要する中国を差し置いて世界の7割を消費するとは驚きだ。
では、「消費量が日本より少ないから、中国ではウナギを食べないのか」というとそういうわけでもない。中国でもウナギは食べる。私も何回か食べた事がある。北京で食べたウナギの中華料理は、豪快にぶつ切りした切り身の鍋料理だったと記憶している。やや泥臭さが残った料理だった事もあり、また食べ慣れていない事もあって、好き嫌いで言えばやはり「かば焼き」に軍配が上がるが、味はともあれ、日本の十倍以上の人口を抱える中国でも、ウナギはれっきとした食材として使われているのだ。
なのに、何故養殖したその多くを日本に輸出するのだろうか。多分、中華料理の食材は豊富で敢えてウナギにこだわる必要もない上、自国で販売するよりかば焼きに加工して日本に輸出したほうが高い価格で売れるからだろう。でもそのおかげで、日本ではどこのマーケットに行っても「かば焼き」を買い求める事ができる。ウナギ好きとしては、大変あり難い事だ。
ウナギはその生態が良く解明されていないうえ、鮭のように卵から孵化させて育てることにまだ成功していないのだという。したがって、安定して供給する為には稚魚(シラスウナギ)を捕獲して養殖するしか手立てがない。欧州産は小太りで細身の日本産と見た目にも違うのだが、庶民が気軽に食べる事ができるとなると見た目より価格が大事で、大量に中国で養殖(養鰻)された欧州産ウナギに頼らざるを得ない。店頭では「中国産」と表示されているが、実は元をたどると欧州産のウナギを食べている事になるのだ。
ところが、この欧州産シラスウナギは、乱獲によって約20年前の2%程度まで激減したのだという(2007年6月6日、日経産業新聞)。これでは「規制しよう」というのも無理はない。一方、日本ではどうなのだろうか。日本でも確実に減っているのだと思う。稚魚のうちに獲ってしまうだけで、バランスを考えて保護しなければ減るのは当たり前だ。コンクリート護岸や堰など、遡る河川の環境もウナギには住みやすいとはお世辞にも言えない。
また日本では、ウナギに限らずイワシやアユの稚魚を「シラス」、あるいはハゼなどの稚魚を「イサザ」や「ドロメ」などと呼んで食べてきた。カルシュームたっぷりで食べやすいから、子供からお年寄りまで好んで食べる。ウナギやアユのシラスはさすがにお目にかかった事はないが、イワシのシラスは我が家でも良く食卓に上る。そのイワシのシラスですら、家内の話では昔に比べると随分高くなったという。漁獲量が減ったのだろう。イワシの不漁も話題になった。やはり、ウナギに限らず稚魚を大量に獲るのは、資源保護の面からすると問題だ。百歩譲って、自然淘汰される分だけ獲ったにしても、今度はそれを餌にする魚の餌を横取りしてしまうのだから、矢張り問題は残る。難しい事はわからないが、限りある漁業資源を維持していくためには、何事も程々にする必要がありそうだ。
そんな頭がこんがらがりそうな事が浮かぶ一方で、欧州産シラスの記事を読んだ途端に、「ウナギも我が家の食卓の絶滅危惧種になるか?」と思ってしまった我が身がいじらしい。
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