毎年全国の高校野球ファンを熱狂させる8月は、高校球児の熱い戦いに故郷への強い愛着を感じる時であると同時に、広島、長崎の両市に原爆が投下された辛い記憶が蘇る時期でもある。そして、多くの犠牲者を出した太平洋戦争がようやく終わりを告げた鎮魂の季節でもある。あれから既に四半世紀が過ぎ、日本人の多くが戦争を知らない世代になってしまったが、それでも毎年暑い夏が来ると当時を偲ぶ特集番組が放送され、反戦、反核の気運が高まる。そして、今年も8月15日には62回目の終戦の日を迎える。
近年は比較的静かな8月6、9日だったと記憶しているが、今年は核廃絶を強く訴えていた前長崎市長が凶弾に倒れたこともあり、これまで以上に反核の声が大きく感じられる。そんな中で、先月以来反核のニュースやキャンペーンで必ずやり玉に挙げられているのが、「しょうがない」発言で物議を醸した久間章生前防衛相だ。「彼の発言は反核の意識が無く、被爆者の気持ちを逆撫でしている」と被爆地の人々、中でも被災者や遺族の間で痛烈な批判を浴び、先の参議院選挙で与党が惨敗した原因の一つとなった。本人や仲間内の弁明もいろいろと聞こえてきたが、何をどう釈明しても不用意な発言であった事に間違いはない。
一瞬にして何十万人もの“市井の人々(非戦闘員)”の命を奪い、原爆症との永く辛い戦いを強いている原爆が、「しょうがない」の一言で片付けられたらたまったものではない。どんな事があっても、原爆を“戦争を終わらせるための有効な武器”と認めてはいけない。久間発言は、その危険な考え方を是認しようとしているのだ。それに気付いていないとすれば、被爆国の大臣として資質に欠けると判断されても仕方がない。それにしても、原爆を落とされ、しかも今なお原爆症で苦しむ被爆者がいるこの国の大臣は、どこの国の国民に顔を向けて原爆の正当性を論じていたのだろうか。
国をリードしていく大臣たちの影響が色濃く出たのか、12日(日曜日)のテレビ番組を見ていて『原爆への認識は其処までヒドイのか!』とビックリ仰天した話がある。ドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」の中で、街行く若者に『8月6日は何の日か知っていますか?』とインタビューしている場面で、『地震?』などと答える人がいて、広島に原爆が投下された日であることを知らない若者がいるというのだ。昭和20年8月6日、原子爆弾が人間を殺す為に人類史上初めて使われたというのに、しかもそれが日本の広島だったというのに、そのことを知らない日本人がいる。中学校や高校で教えないのだろうか。それとも退廃した教育の成せる業なのか。この国の行く末が心配だ。
確かに、日本史を知らなくても生きていくのに困らないだろう。しかし、日本の歴史や文化・伝統、あるいは日本人としての誇り、これらを教えなくてどうして愛国心が育まれると言うのか。高校野球で出身県の代表校を応援するのも、また地域の伝統行事に参加するのも、親や先輩から伝えられる歴史や文化を絆として地域への強い愛着があるからだ。愛国心も同じだ。
世界の中で日本人としての誇りを持って生きていく為には、そして世界の国々と共存共栄していく為には、「大学受験には必要ない」として切り捨てられてきた歴史教育を、しっかりと学んでおく必要がある。“鎖国時代が終わり西洋化への道を邁進し始めた明治”から“多くの国々で戦火を交えた第二次世界大戦”まで、そして戦後の復興時代を加えた“近代史”を客観的な視点で捉えた歴史教育がどうしても必要だ。特に第二次大戦と原爆については、近隣諸国や交戦国との関係も含め、自分の意見を堂々と言える知識を身につけておく必要があると考える。
そのためには、実際に戦争や原爆を体験した人の話を聴いたり本を読んだりすることが、重要だ。しかし、体験を聴く機会は滅多にない。そこで、釈迦に説法を承知で、私がこれまで読んだ本の中から『名作だな』と思った8冊を選び、皆さんに紹介する。もし読んでないものがあったら是非この夏休みにチャレンジしていただきたい。なお、何故中途半端な8かと言えば、「ハッピーのハ」と「末広がり」に通じるからで他意はない。
(1)に紹介した「はだしのゲン」は漫画本になっているので小学生低学年にも読めるし、それ以外の本も中学生以上にはお勧めだ。夏休みの宿題として、一冊読んでみては如何だろうか。そうそう、久間前大臣にも是非お薦めする。
(1)「はだしのゲン」 |
中澤啓治著・絵 |
(株)汐文社 |
コミック版、全10巻 |
(2)「火垂るの墓」 |
野坂昭如著 |
新潮文庫 |
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(3)「黒い雨」 |
井伏鱒二著 |
新潮社 |
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(4)「野火」 |
大岡昇平著 |
新潮文庫 |
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(5)「慮人日記」 |
小松真一著 |
ちくま学芸文庫 |
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(6)「昭和16年夏の敗戦」 |
猪瀬直樹著 |
文春文庫 |
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(7)「あゝ祖国よ恋人よ きけわだつみのこえ」上原良司著 中島博昭編 信濃毎日新聞社 |
(8)「流れる星は生きている」 |
藤原てい著 |
中央公論新書 |
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この他、「ヒロシマ日記」(蜂谷道彦著、法政大学出版局)や「空白の天気図」(柳田邦男著、新潮社)もお勧めの本だし、映画にもなった「大本営が震えた日」とかミッドウェー海戦やインパール作戦を扱った本など戦史に関する多数の本が出版され私の好きなものもある。しかし、今回は敢えて戦史を扱った本は基本的に省く事にした。ただ、(6)の「昭和16年夏の敗戦」だけは、開戦気運が高まる中で冷静に、そして客観的に敗戦を予測していたプロジェクトチームがあったことを知ってほしく、例外として紹介する。この(6)を除けば皆戦争の体験者が書き表したものだ。戦争や原爆がどれだけ悲惨で、戦争がないということがどんなに素晴らしい事なのか、感じ取って頂ければ幸いである。
なお、(5)の「慮人日記」は四方山話の第102話「終わらない戦争」で、(6)の「昭和16年夏の敗戦」は第61話の「都合の悪い情報の受け止め方」で、更に(8)の「流れる星は生きている」は第164話「影を慕いて」でその内容を少し紹介しているので、どんな内容か確認したい方は参考にして頂きたい。
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