最近、大惨事一歩手前の重大事故が続いている。7月16日に発生した新潟県中越沖地震によって柏崎刈羽原子力発電所が被災し、国民を震撼させた。結果、国際原子力機構(IAEA)の査察を受ける事態となった。続いて、8月1日には衝撃的な映像と共に伝えられた米国ミネソタ州ミネアポリスで橋が崩落し、そして8月20日には、沖縄県の那覇空港で中華航空機が駐機場でエンジンから出火・炎上する飛行機事故が発生した。死傷者を出したのは落橋事故だけだが、それも考えようによっては、「良くあの程度で済んだ」と言っても過言ではない。紹介した3件のどれをとっても、一歩間違えば大惨事になっていてもおかしくない事故だ。ただ、少しだけ運が良かっただけだ。
こういった重大事故のニュースを聞くと、いつも思い出す本がある。畑村洋太郎の「失敗学のすすめ」(講談社)だ。畑村は、本書の中で「社会を発展させた三大事故」と題して、機械設計に携わる技術者にとってつとに有名な世界の三大事故を紹介し、「これらの事故がその後の技術の進歩に大きく貢献した」としている。その三大事故とは次のようなものだ。
一つ目は、ミネアポリスと同じ橋の事故だ。国も同じ米国で、ワシントン州タコマで起きた吊り橋の崩落事故だ。1940年に完成したタコマ橋は、完成からわずか4ヵ月後に、たった秒速19メートルの風で崩落してしまう。「誰がタコマを落としたか」(川田忠樹著、建設図書)など、この事故に関しては多くの本が出版されており、機械設計に限らず橋梁の分野でも有名な出来事だ。この事故により「横風による自励振動」という、建設当時はまだ“未知”であった現象が解明され、その教訓が本四架橋を始めとする近年の長大橋の設計に生かされている。
偶然だが、二つ目も、今回事故を起こしたものと同じ種類ものだ。飛行機の事故だ。1952年に世界初のジェット旅客機コメットが路線就航したが、2年後の1954年、飛行中の2機が相次いで空中爆発を起こした。徹底した原因調査の結果、タコマの場合がそうであったように、まだ十分に解明されていなかった「金属疲労のメカニズム」がより詳細に解明され、その後のジェット旅客機の隆盛に大きく貢献している。金属疲労破壊の身近な例としては、針金を同じ場所で繰り返し折り曲げると、やがて硬くなって切れる現象がそうだ。繰り返し荷重を受ける鋼製の橋にとっても、金属疲労は厄介な問題となっている。
三つ目は、それまでのリベット継手に代わり、溶接技術を駆使して効率よく製造された船の事故だ。第二次大戦中に米国で大量に(約4,700隻)
建造された、リバティー船と呼ばれる輸送船(排水量約1万トン程度)が、1942年から1946年にかけて不思議な破壊事故を度々引き起こし、その数はなんと全体の四分の一にも達した。事故はある特徴を持っており、北洋で、しかも寒冷期に数多く発生していた。調査の結果判明した事故の原因は、鋼が低温になると粘り強さを示す靱性(じんせい)が無くなって脆くなり、やがて外圧に絶えられなくなって発生する「低温による脆性(ぜいせい)破壊」と、「リベット用にあけた穴の効用」の知見がなかったことであった。いずれも、“未知”の問題であった。
このように、畑村が紹介した三つの事故は、徹底した事故原因の追求により、それまで“未知”であった現象が解明される契機となった。未知から既知になることで、今では機械や建設の世界を中心に、大変重要な技術として社会の発展に大きく貢献している。その背景には、「同じ失敗を繰り返すまい」とする関係者の熱意が、事故という失敗を教訓に変え、「失敗は発明の母」とさせているのだ。
ところが、関係者に熱意がないと、「失敗は失敗、それ以外の何ものでもない」として片付けられてしまい、残念ながら次の教訓とはなり得ない。畑村によれば、失敗を次の教訓として生かしていくためには、“失敗原因の分類”が重要だと説いている。そして、設計における失敗原因を大きく10個に整理・分類している。下の図は、畑村が本の中で示した「設計における失敗原因の分類」を、私が抜粋・加筆したものだ。
@の“無知”から始まって時計回りにIの“未知”まで、こうやって改めて原因を分類してみると、確かにその対策はより具体的になる。では、冒頭に紹介した三つの事故の原因は、どこに当てはまるのだろうか。
最初の原発の事故はいくつかの失敗が輻輳しているので、ここでは、本体が自動停止した現象と、想定以上の揺れに襲われたことについてのみ検証する。まず、本体の自動停止は、予定どおり地震直後に制御棒が挿入され、暴走を防いでいることから、失敗ではなく成功と判断できる。次に、想定以上の揺れに襲われた点や付属施設の被災は、まさにDの“調査・検討の不足”と言えるだろう。ただ、政府主導で行われた耐震基準や活断層の調査基準などは、Iも含めてFからHの原因が根深くあるような気がしてならない。
次に、ミネソタの橋はどうだろうか。ハッキリとした原因発表がないので私の独断と偏見になるが、維持管理上のミスではないかとみている。従って、『これだ!』と特定は出来ないが、異常の見落としや情報の連絡不足、あるいは異常の矮小化した見方や管理調査の不足など、AからDまでの原因が一番怪しいと思っている。
最後に飛行機炎上事故は、どれに当たるのだろうか。ワッシャーと呼ばれる“緩み止め具”を製造段階でつけ忘れた可能性が、指摘されている。しかも、取り付けるフレームにはナットの直径以上の穴が、またセットされる部品にはナット直径と同じくらいの大きな穴が開いていて、ワッシャーがなければ、ボルトはナットがついたまま脱落しかねない状態だったらしい(2007年8月31日、朝日新聞朝刊)。新聞記事だけ読めば、素人でも「やばそうだな」と感じる状態だったのは想像に難くない。
何れにしても、手順書に従って作業を進めている筈であるから、組立作業から見た場合の失敗原因は、部品を一つ付け忘れている以上、Bの“手順の不順守”であることに間違いはない。一方、川上の機体設計段階まで遡ると、ナットが落ちる危険性のある孔を設計したことは、Cの“誤判断(考え足らず)”、若しくはDの“調査・検討の不足”に当たる。
ところが、最も川下の組み立て職員の知識に着目すると、「飛行機のように振動する機械にボルトで部品を取り付ける場合、必ずワッシャーを使わないと、やがて緩んでしまい最悪部品が脱落する」ということを知らなかったと判断せざるを得ない。こうなると@の“無知”が原因となる。設計段階で失敗を犯しても、組み立て職員が「この状態は危険だ」と判断できる知識を持っていれば、最終段階でチェックが出来、今回のような致命的な事故は防げていた可能性がある。その意味では、その作業に関する“無知”の撲滅も大切な対策の一つと言える。このように、着目する視点によって原因は異なってくる。その対策も自ずから違ったものになってくる。
科学が発達して様々な現象の解明が進んでいる。その一方で、新たな「未知」の現象が発見され、そして解明されていく。これからもこの繰り返しが行なわれていくのだろう。英国の歴史化トインビーは「人間とは歴史に学ばない生き物である」と言ったが、致命的な失敗を犯さない為にも、我々は失敗に学んでいきたいものである。
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