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『学校が大変だ!』

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2007年10月24日

10月17日のasahi.com(http://www.asahi.com/national/)に、『「運動会の旅費返せ」無理難題252件公表 大阪市教委』の見出しで、笑うに笑えない記事が掲載された。以前から時々ニュースになっていた、「教師や学校への無理難題」の具体例が、大阪市教育委員会によって公表された、というものだ。記事によれば、大阪市の全小中学校を対象に行ったアンケート調査で、小学校から152件、中学校から100件の事例が集まったといい、その中のいくつかが紹介されている。  

運動会が雨天中止。遠方から来た祖父母の旅費を返せ。
校則を守るかどうかは生徒の自由。注意するな。
中学受験を理由に、「子供の生活リズムに合わせた登下校をさせろ」
校内で転倒した生徒の保護者から「二度とけがをさせないと念書を書け」

など、耳を疑いたくなるような注文ばかりだ。正に無理難題だ。これを読んでいて、ある人物の顔が思い浮かんだ。少し前まで新聞・テレビ・週刊誌の一面を賑わしていた、亀田一家の家長、亀田史郎氏だ。彼のこれまでの言動や、彼が書いたという「闘育」の文言を断片的に聞いていると、無理難題を持ちかける側のイメージとダブってしまう。他方、学校に対する無理難題の内容を読むと、何回読んでみても“弱い者いじめ”としてしか思えない。弱い者イジメとなると、先の世界タイトルマッチで『内藤はいじめられっ子やろ、俺はいじめっ子や……』、と言ったという挑戦者の罵詈雑言が、脳裏にチラチラと浮かんできてしまう。要するに、最近とみに増えてきた「教師や学校への無理難題」を聞くと、本人たちに“野放図だという自覚”がない点で、どうしても亀田家の騒動と重なってしまう。

 

教師や学校への無理難題は、押しつける本人の心情やその背景に納得しない限り、“弱いものいじめ”としか映らない。そんな現象がいつの頃から顕在化してきたのだろうか、最近ではその内容がエスカレートして教師や学校だけでは対応できなくなり、「苦情処理ではないけれど弁護士を通じて対応する学校もある」ということがニュースにもなった。『ヤレヤレ、いやな時代になったものだ』と思っていたところ、先の記事が目に留まったというわけだ。そして、今回の四方山話の題材として取り上げようと色々と調べていくうちに、学校への無理難題を研究している先生がいて、自らの研究成果をまとめ本にしたことを知った。大阪大学大学院教授の小野田正利氏だ。早速、彼の著書「悲鳴をあげる学校」(旬報社)を買い求め、読んでみた。

 

小野田氏は、学校に寄せられる無理難題が急増している現状に、「社会が壊れ始めている」との危機感を持っているという。私もそのとおりだと思う。『公園で遊ぶ子供の声がうるさい』と苦情を言う住民が増えているなどと聞くと、『これでは、少子化も仕方がないな』と思ってしまう。やはり、社会はもう既に音もなく壊れ始めているのだ。

著書の中で作者は、無理難題を“イチャモン”と上手い表現を使い、イチャモンの具体例や押し寄せる学校の現状を紹介するとともに、なぜイチャモンが増えているのかその背景を解きほぐし、そしてどうしたら打開できるかを保護者と教師・学校に提言している。単なる“イチャモンをつける保護者非難の本”ではない。イチャモンが増えている背景には、大人の抱えているストレスが増大してきている現状がある、と作者はみている。イチャモンをつけるのが、保護者ばかりではないからだ。先ほどの公園の話もそうだし、『部活の練習の声がうるさい』など、学校や公園などの周辺住民との摩擦も増えているという。そういった苦情を受け、中には松山市の中学校野球部のように、住民との話し合いの結果、…私からすると異様な情景だが…、掛け声を出さないで黙々と練習しているところもあるという(YOMIURIONLINE http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071022i1w5.htm)。一挙手一投足に気合を入れる大声はいざ知らず、指導するときの声はどうしているのだろうかと、心配になってしまう。

確かに、体調が悪くて寝ている場合や夜勤の人などには、大きな声は気になるだろうし安眠妨害にもなるだろう。しかし、もっと違う解決方法があるのではないだろうか。そんな視点で書かれているのが、先の「悲鳴をあげる学校」だ。何とか解決する手立てを見つけないと、最後には“教師の心”が壊れてしまう。本書には、そんな教師の心模様を表現した、面白くも悲しい言葉が紹介されている。「のむ、うつ、かう」だ。

「のむ」は、酒を飲まなければやってられないほどのきつい状況を、「うつ」は鬱病の欝で精神的に追い詰められている状況を表し、そして「かう」は宝くじを買って大金が当たったら学校・教師を辞めたる、という意味だという。その心情は分からなくもない。兎にも角にも、教師も学校も大変だ。こんな話題ばかりだと気が滅入ってしまう。しかし、日本もまだまだ捨てたものではない。10月18日の朝日新聞朝刊の石川版に、そんな心温まる囲み記事が載っていたので、最後に紹介しておこう。

 

富山県との県境に近い石川県津幡町の河合谷小学校(児童13人)が、来春廃校されようとしている。そんな事態に、学校存続の声があがり、通学区域を越えて町全体に広がり多くの署名が集まったという。少子化の中、学校の統廃合は良く聞く話だが、この小学校はチョットばかり事情が違う。今から約80年前の1926年、「当時の河合谷村の全村民が禁酒を決断し、酒を飲んだつもりで毎日5銭ずつ5年間積み立て、改築費を工面した」という美談の謂れがあるのだ。

まだ、存続が決まったわけではないそうだが、“イチャモン”をつける大人たちが、当時の村人の「子供たちへの愛情」と「学校教育への期待」、そして「地域での共存の熱い思い」を少しでも持っていてくれたら、壊れたかけた社会も修復されるのではないかと思うのだが……。

【文責:知取気亭主人】

     
『悲鳴をあげる学校』
親の“イチャモン”から“結びあい”へ

【著者】小野田正利

出版社】:旬報社
【ISBN】: 978-4-8451-1003-2

【ページ】: 175
p
【サイズ】:
18.8 x 13 x 1 cm
【本体価格】:\1,470
(税込)
 

 

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