食品業界に激震が走っている。賞味期限を巡る問題やら材料の詐称問題、果ては売れ残り商品のリユース問題などで、連日テレビや新聞を賑わしている。業界では数年前の雪印乳業事件以来、自浄能力を発揮して消費者の食に対する不安を払拭する努力をしているものだ、と思っていたのにこの有様だ。年明け早々にペコちゃんを泣かせてしまった「不二家事件」、例の錬金術ならぬ怪しげな錬肉術で世間を驚かせた「ミートホープ社事件」などなど、今年に入ってから出るわ出るわ、次から次へと不正が明るみに出てきている。しかも、今話題の中心になっている「赤福」に代表されるように、それなりに知名度があり、発売以来顧客に支持されてきた商品に不祥事が相次いでいる。業務拡大を急ぎ過ぎたのか、それとも業績が順調に推移したための慢心なのか、残念ながら、ここ数年多くの先達が繰り返してきた失敗の先例に学び取ることは無かった。
もっとも、幸いなことに食中毒は起こしてはいない。ただ、表示と実情が異なっていたり、賞味期限が過ぎた商品を再び材料として使ったりしていたことなどが、批判の的となっている。事件の殆どは、内部告発によって不祥事が明るみに出ているわけだが、確かにその内容は一種の詐欺だ。しかし、「賞味期限」そのものにも問題がありそうだ。
既に報道されているように、食品に関する期限表示としては、「消費期限」と「賞味期限」があり、それぞれ意味する概念が違う。
「消費期限」は、JAS法によると、「容器包装の開かれていない製品が表示された保存方法によって保存された場合に、摂取可能であると期待される品質を有すると認められる期限」と定義され、製造日、または加工日を含めて概ね5日以内に急速な品質の低下が認められる食品について用いられる。
一方、「賞味期限」は、「容器包装の開かれていない製品が表示された保存方法によって保存された場合に、その製品として期待されるすべての品質特性を十分に保持しうると認められる期限」と定義され、主に長期間(5日以上)衛生的に保存できる加工食品に用いられている。5日を境に使い分けているみたいだが、「摂取可能である」とか「期待される品質」などの曖昧な表現が多く、読んだだけでは何を基準にしているのかよく分からない。どうやら、品質があるかどうかの科学的根拠、例えば細菌の数だとかいった“裏付け”というべきものがないらしい。口に入るモノなのに結構曖昧だ。
“綾小路きみまろ”風に茶化してしまえば、「賞味期限の切れた女房に、消費期限の切れた亭主」なんてフレーズが思わず飛び出してしまいそうだが、ことはそんなに単純ではない。どこの家庭でも同じだと思うが、日曜日などに冷蔵庫を開け何か無いかと探していると、賞味期限が数日前やら数ヶ月前の食材が見つかることが良くある。ひどいモノになると、「数日過ぎただけか、とよく見たら賞味期限の日付は去年だった」なんてこともある。冷凍室に鎮座まします食材や缶詰などは、“保存期間が長くなればまろやかになり旨味が増す”と勘違いしているわけでも無いのに、数年モノのヴィンテージにお目にかかることもある。
そういったモノでも、私のように逞しい消費者はすぐに捨てたりしない。“パッと見”で悪くなっていなければ、臭いを嗅いだり舐めたり、目、鼻、舌の感覚を総動員して最終確認を行う。そして、大丈夫と判断すれば、例え賞味期限を大幅に過ぎていたとしても、殆どの食材は、無事食材としての生涯を全うすることになる。つまり、余程悪くなっていなければ、賞味期限に関係なく食べているということだ。
ただ、「どのような状態が悪くなっているのか」を知らないと大変だ。例えば、肉や魚が糸を引くようになったら悪くなっている証拠だが、“糸引き納豆”が悪くなると、逆に糸を引かなくなる。生卵を割ったときに、臭いは悪くないのに黄身が崩れてしまうのも、傷んでいる証拠だ。こういった“食材が悪くなった時の状態”や“食材が新鮮な時の状態”を良く知らないと、「これは悪くなっている」との判断が付かないことになる。臭いもそうだ。食材独特の“食べ頃の香り”を知らないと、クサヤなどは食卓に上らせてもらえない。
敢えてやる必要も無いのかもしれないが、このような学習は消費者が自ら経験して学び取らなければならない。しかし、魚や肉などに代表される生鮮食料品でさえも、冷蔵庫や包装技術の発達により、傷んだ食材にお目にかかる機会もめっきり少なくなった。そういった意味では、冷蔵庫の中に忘れられている“遙かに賞味期限を過ぎた食材”も、多少なりとも存在意義があるというものだ。それこそ「賞味できるか、できないか」を、身を持って体験できる貴重な食材となっている。
「賞味期限」とは、こと左様に“保管状況“や“消費者の体調”、そして“勿体ない”の意識などによって、かなりの誤差があるものだと思っている。しかも、表示されている日にちは、ある程度の安全を見込んでいる筈だ。したがって、夜中に酒のつまみをウロウロと探すことの多い私などは、記載されている賞味期限を参考程度にしか考えていない。最後に頼るのは、やはり自分の味覚、嗅覚、視覚だ。ただ現実的には、そういった個人の資質に頼らなくても、もう少し客観的に判断できる基準が必要だろう。そうしないと、一発芸でアッという間にテレビから消えていく“お笑いタレントの賞味期限”同様、“メーカーとしての賞味期限”を維持していくのは至極大変だ。
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