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『老人の反乱、日本の危機』

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2007年12月5日

手元にチョット危ない題名の本がある。「暴走老人」(藤原知美著、文藝春秋)という。サングラスで目元の皺を隠し、ヘルメットで薄くなった頭を覆い、そして赤いツナギに身を包み颯爽と爆音響かせ街中を暴走しているヤンキー爺ちゃん、そんなシーンを想像させるタイトルだ。しかし、決して老人達が徒党を組んで暴走族を組織しているわけでもないし、勿論ランニング姿で街中を爆走しているわけでもない。最近増えてきていると言われる、「困った問題行動を起こす老人」を扱った本だ。  

とある雑誌でこの本のことを知り、変わった題名に惹かれ一月ほど前に買い求めた。いずれ読もうと思っていたのだが、雑誌や新聞の間に挟まり、本の存在そのものも忘れ私得意の積読となっていた。ところが、先週日本中を騒がせた「香川県坂出市の祖母と二人の女児が殺された事件」の犯人が61歳の“いい歳”をした男だった、との報道で本を思い出し急遽読んでみた。坂出の事件も、私の中では、「分別があるはずの“いい歳こいたオッちゃん”がなぜ?」との思いが強い。考えてみれば、最近やけに老人が惹き起こす事件が増えてきている。本の中で示されているデータによれば、1989年(平成元年)に9,642人だった「刑法犯で検挙された65歳以上の数」は、2005年には4万6,980人に激増している。この間の高齢者人口の増加が約2倍というから、その増え方の凄さが分かろうというものだ。一体、老人の中で何が起こっているのだろうか。

 

そんな思いを持ちながら読んでいるうちに、半年ほど前の出来事を思い出した。妻と買い物に行ったマーケットでのことだ。マーケットの前で地元産野菜の即売会をやっていたのだが、品の良さそうな初老の男性が店の人を相手に突然大きな声を出し始めた。確か4、5百円の買い物だったと思うのだが、代金を支払い、品物を受け取ると、ハッキリとした声で『領収書を出しなさい』と言い放った。ビックリした店員が『レシートではだめですか?』と答えると、突然『商法で決められていることができないとは何たることだ。そうやって所得や消費税をごまかすのだろう。けしからん』と大きな声で罵倒し始めたのだ。

扱う商品は全て野菜で、一人当たりの客単価はせいぜい数百円ほどの小商いだ。しかも、どうみても家庭で消費するものばかりだ。その上常設の店でなく仮設の店舗であることを考えれば、領収書を発行する準備もしていないし、そのニーズも恐らく無いだろう。そんな状況であるにも拘らず、その初老の客は周囲の目も憚らず怒りを露にしていた。

今冷静になって振り返ってみると、恐らく怒りの矛先は誰でも良かったのだろう。しかも領収書がないことは、ある程度予測していたのに違いない。怒りをぶつける切っ掛けがほしかっただけで、お客に対して口答えできない弱い立場の店員であれば、誰でも良かったのではないだろうか。しかし、何の憂さを晴らしたかったのだろうか。なぜ年寄りはこんなにも切れやすくなったのだろうか。そんな私の疑問は、この本を読むうちに氷解していった。

 

この本には、私たち夫婦が経験したと同じような、あるいはそれ以上に不可解な「キレるお年寄り」の具体例が紹介されている。路上でお年寄り同士が胸ぐらをつかむ。税務署で窓口の女性を怒鳴り散らす。病院でイチャモンをつける。これまで私たちが老人に抱いていた、「人は齢を重ねるたびに性格が丸くなり、お年寄りは優しくておとなしい」といったイメージとは程遠い姿が浮かび上がる。かと言って、全てのお年寄りが問題行動を起こしているわけでは勿論なく、“優しくておとなしいお年寄り”も沢山いる。しかし、この本を読む切っ掛けとなった坂出の事件に見られるように、お年寄りが事件を起こしニュースになるケースが目立ってきた。

著者は、疎外感や孤独感がお年寄りを追い込んでいるのだと見ている。第230話でも書いたように、近年の日本では、地域での結びつきが弱まり「地域力」が大きく低下してきている。地域力の低下によってお年寄りを支える地域の輪は欠け、一人住まいのお年寄りにとって必要な、「愚痴を聞いてくれたり、寂しさを紛らわしてくれたりする相手」がいなくなってしまう。すると孤独な老人は、いたたまれない孤独感を味わうことになるのだ。

また、余りにも便利になった身の回りの生活用品を使いこなすことができないため、それらを自由に使いこなしている現実社会の中で、自分への腹立たしさと共に悲哀や疎外感を感じることになる。パソコン、携帯電話、電子レンジ、全自動洗濯機、どれをとっても、過去の体験に大きく依存した生活をしているお年寄りにとって、これらの機械は複雑すぎて自ら自由に扱うことはできない。お年寄り世代一歩手前の私でも、それら電子機器の一部の機能しか使い切れていない。テレビのコマーシャルで流される便利な生活とは程遠い生活を余儀なくされ、“疎外感”が深く静かに心を冒すことになる。

一言でいってしまえば、こういったストレスがお年寄りを切れやすくしているのだと、著者は分析している。お年寄り達が暴走してしまう社会、これは“日本の危機”の予兆ではないだろうか?

【文責:知取気亭主人】

     


『暴走老人!』

【著者】藤原 智美


【出版社】 文藝春秋
【ISBN】 978-4-16-369370-5
【ページ】 214p
【サイズ】 18.6 x 12.6 x 2.4 cm
【本体価格】 \1,050(税込)
 

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