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ハッピーマンデー制度のお陰で、つい先日長い正月休みが明けたところなのに、また3連休が訪れてきた。『ラッキー!』と素直に喜びたいところだが、実は少々複雑な心境だ。休みボケがなかなか抜けない上に、忘れかけていた寝正月のノンビリとした気分が甦り、折角取れ始めた脂肪がこの3日間で旧の木阿弥となってしまったのだ。体重を減らすには結構苦労するのに、増えるのは苦もなく本当にアッと言う間だ。こうなると、飛び石連休となっても良いから、“曜日”ではなく以前のように“日にち”で祭日を決めていたときの方が、健康管理としてはありがたい。ただ、気分的にはやはり3連休が良い。
1月15日は「小正月」と言われ、暫く前までは「成人の日」として祭日となっていた。つまり、“日にち”で休みが決まっていたのだ。その昔「元服の儀」が行われていた事に由来して、1948年公布・施行の「祝日法」によって決められたものだが、ハッピーマンデー制度で2000年から1月の第2月曜日が「成人の日」となり、この年から土曜日が休める人は3連休を取る事ができるようになったわけだ。今年は14日がその日に当たり、休みとなった(総務省の発表によれば、今年成人式を迎えた人は135万人)。ただ、休みが連続してとれることは良いことなのだが、先程の健康管理の難しさに加え、長い間慣れ親しんできた伝統行事や風習の日にちが何日に変更になったのか、毎年頭を悩ます事になる。
小正月に行なわれてきた、正月飾りを焼いて清める「左義長」(東日本では「どんど焼き」と言うらしい) ――ところによっては15日以外にも行なわれる――もそうだ。『ハッピーマンデーの第2月曜日だ』と思い込んでいるのに、『○○神社では日曜日らしい』などと聞こえてくると、『エッ、いつも行く△△神社もそうなったのかな』と確認に行くことになる。毎年の事なのに、記憶装置が疲れ気味なこともあって、この時期になるといつも同じことに悩まされ同じ行動をすることになる。1年に1回しかないから覚えられないのも仕方ないのだが、それ以上に、以前の「左義長」では楽しめた風習が今ではもう楽しめなくなってしまったため、魅力が半減してしまったのが大きい。
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私が住む町会は、昭和40年代初頭に開発された比較的新しい団地のため、寺も神社もない。初詣や左義長などは、近くにあって古い集落が管理している小さな神社を利用させてもらっている。したがって、左義長など祭事の日時は勿論、誰が当番をやるかなど細かな取り決めは、集落に住む氏子の人達に委ねられ、我々の町会は一切関与していない。その為か、残しておきたい古き良き風習が、最近見られなくなってしまった。私が氏子に入っていれば、声を大にして存続を訴えたのだが……。
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「左義長」は知っての通り、注連飾(しめかざり、七五三飾とも書く)や古いお守りを燃やして清めたり、書き初めを燃やして字の上達を願ったりする正月の風物詩だ。前に住んでいた家のまん前にあった神社では、地元の人たちがこの火で餅を焼き、一年の無病息災を願っていたのも懐かしい。時代が変わったとはいえ、残しておきたい伝統行事の代表的なものだ。中でも、テレビニュースなどで流れる田舎の「左義長」は風情があって良い。我々の町会が利用させてもらっている神社も小さな氏神様で、訪れる人も少ないこともあって、炊きあげる火も写真に写っているようにこぢんまりしている。それが却って手作り感を感じさせ、私は好きだ。神職がいない為、火を管理するのは氏子の若手が中心となってやってくれる。以前は、私の同年輩が結構参加していたのだが、世代交代をしたのだろう、一昨年あたりからとんと見なくなった。それと同時に、私が惜しむ風習が無くなってしまったのだ。
無くなった風習とは、「左義長」に訪れた人たちへの振舞い酒だ。酔っ払うほど沢山振舞われる訳ではないが、神社の境内で飲む酒は、寒さも手伝ってか、身も心も凛としてくるような気がして私は好きだった。断っておくが、タダ酒が飲めるからだけではない。勿論、多少あることはお察しの通りだが、たった湯呑み一杯の酒で何となく身が清められたような気がしたのだ。それが無くなってしまった。時代の流れとは言え、返す返すも残念だ。
どうやら飲酒運転の取締りが厳しくなって、自主的に取り止めたようだが、私のように多少遠くても歩いてくる人には残しておいて欲しかった風習だ。まあそれは叶わぬ願望としても、古き良き伝統行事が少しずつその輝きを失っていくような気がして、一抹の寂しさを感じてしまう。しかし現実問題としては、2006年8月25日の深夜に福岡市の「海の中道大橋」で起きた悲惨な交通事故が飲酒運転によるものであることを考えると、「酒を出さない」という根本的な飲酒運転予防対策は必要なことなのかも知れない。
仕方がない。せめて家の中だけでも、私にとって都合の良い我が家の伝統は守り抜いて行くことにしよう。「それが日本の伝統文化を守ることにきっと繋がるはずだ」と強く心に念じているのだが……。
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